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宴章 表裏、始動。

 長い長い廊下。消失点が定まってしまうほど先が見えない。

 魔導社医療施設の入院棟はとても大きかった。両側に病室の扉が並び、二本の渡り廊下が横から貫通している。入院棟三階廊下の端の壁に、二人がぼんやりともたれかかっていた。


「見てよバンプ。ここから見える病室、ぜんぶ地獄旅館の人たちでいっぱいなんだよ……」

「うん。彩花さんも……」


 死神と吸血鬼は廊下端の窓から差し込む光を背に浴び、延々と長い廊下を眺めた。

 床も壁も天井も、すべて白色。時々看護係と思われる者が出入りする以外は誰も現れず、しんとしている。

 病室はすべて空なのではないかと疑ってしまうほど静かな空間だった。

 あの賑やかな地獄旅館に居た者達ばかりだというのに。


「彩花さん、どう?」


 死神は空を見つめたまま、ぼそりと呟いた。

 ん……、と反応したバンプの顔もぼんやりとしており、しかしその目はずっと遠くにある一つの扉を一心に捉えていた。


「あそこで寝てるよ。大丈夫だった。でもまだ油断はできないってさ。聖剣で斬られた傷はすぐ塞がったけど」


 死神はほっとすると同時に、ひどく哀しい目をした。


「ヴァルさん、なんで……」

「僕にもわからない。だけど事実あの人は彩花さんを刺したんだ」

「うん」

「ロシュは……準くんを取り戻しに行くんだよね」


 言われ、死神の顔がさらに曇る。唇を噛み締めた彼女の胸の奥に、鉄の塊のようなものがずしりと落ちる感覚がした。

 二人は歩きだす。

 怪我人達の眠る病室を次々と通り過ぎながら、ゆっくりと白い廊下を進んだ。


「助けはないよ」


 バンプが呟き、死神が頷く。


「閻魔さんも居ない。ラビットさんも居ない。夜叉さん、白狐さん、歌舞伎さんも居ない。彩花さんも居ない。準くんも居ない」


 ぽつりぽつりと、まるで小さな粒を並べるかのような小声でバンプは呟く。

 死神はただただ頷き、バンプと歩みを進める。

 そして一本目の渡り廊下が交差したところで、二人は足を止めた。


「ギャハハ、おいおいなんだぁ? デストロイ辛気臭ぇな」


 ベルゼルガが渡り廊下の壁にもたれかかっていた。

 腕を組み、死神と吸血鬼を見て笑っている。彼の隣には里原神楽も立っていた。


「助けてくれる人はだぁれも居ねぇ。だったら指くわえて泣き寝入りするか?」


 死神と吸血鬼は首を横へ振った。

 結構だ、とベルゼルガは笑いながら神楽の頭に手を乗せ、ヘルメット頭を二人の方へ近付けた。


「今回はてめぇらの側にこの俺が付いていることを忘れんなよ。俺だけじゃねぇ。神楽もだ」


 頭に手を乗せられた神楽は無言のまま。ただ鋭く死神を睨み付けていた。

 死神もまた神楽に敵意のある目を向ける。

 この二人は準を巡って絶望的に仲が悪かった。


「四人……だね」

「ん?」


 吸血鬼がベルゼルガを見上げながら言った。

 決して弱気な声ではなく真逆の、強気な色を帯びた声だった。だからベルゼルガも少々驚いた。


「四人で、あいつら倒すんだね」

「ギャハハ! おうよ、四人で敵を全部デストロイだ」


 親指を立てたベルゼルガはそのまま下へ向け、自分の首を掻き斬るジェスチャーをして見せた。


 その時だった。

 更に奥の、二本目の渡り廊下から、一人分の足音が聞こえた。

 カツカツと音を鳴らしてこちらへ歩いてくる。

 入院棟三階の廊下に立った四人はその音に耳を澄ましていた。


 ……一体、誰が予想できただろう。

 〈彼女〉がこの場に姿を現すなどということを……。


『ウフフフ。追加で五人……でも宜しいでしょうか?』


 彼女は墜落した筈だった。

 消息不明となっていた筈だった。

 神槍の直撃を受け、誰も生きているなどとは思わなかった。

 だがその女――ジャッカル・ジョーカーは確かに四人の目の前に存在していた。

 ボキボキと首や拳の関節を鳴らし、腰に手を当てて廊下に立つ。


「死んだ筈の……ジャッカル」


 四人の声が揃い、死んだことにされていた女はクスクスと笑った。

 深遠なる混沌の淵から這い上がってきたかのような、猛絶な気迫を身に纏っている。


「死んでたまるものですか」

「で、でもダイダロスは墜落したって……」

「ええ。見事に」


 ヴァンパイアの狼狽した問いに、彼女はしれっとした顔で答える。

 ベルゼルガはそんな彼女を見て鼻で笑った。


高高度(ハイフィート)から墜落しても死なねえのかよお前の身体は。ボス・ジャッカル?」

「あら。心外ねベルゼルガ。私だけでなく、私の兵もあの程度じゃ死にません。あまりパラダイス・ロストを嘗めないことです」

「……で、魔導社に助けてもらったってことね」


 神楽がぶっきらぼうに言った。

 ジャッカルは初めて見る神楽をまじまじと見つめ、それから死神の方を見つめる。両手を顔の前で合わせた。


「まあ可愛らしい」


 ジャッカルの言葉を無視してベルゼルガは話を進めることにした。

 が、さすがに物騒な話をするには場所が場所。

 五人は移動することにした。


 医療施設一階の、人少ない空間。

 そこで破壊業者として異界各地について詳しいベルゼルガを中心に、話が始まる。

 無論、反撃の計画だ。たった五人だが。


「結局のところ、俺達はデストロイ同じ目的で動いているといってもいい。まあ綿密には違うんだが。そこの死神はあの里原準を探す。俺と神楽はこのチビ死神についていくよう誰かに依頼された。そこの吸血鬼は……ヴァルキュリア討伐か。で、ジャッカルは言うまでもなく報復だろ」


 各々、ベルゼルガの読み通り頷いた。


「なら簡単だ。まずは場所がハッキリしている天国。ここをデストロイする。んで里原がそこに居ればオッケーだが、居なかった場合はフライヤあたりを叩けば居場所を吐くだろう」


 おおまかな行動予定はこれだけのことだった。ようは天国へ行き、それぞれ目的を果たす。

 言ってみればこれだけなのだが、常人が聞けば百人中百人が馬鹿げていると言う行動予定だ。


「さあ、問題はここか――」

「問題だらけでしょう!」

「いて!」


 神楽のツッコミチョップが黒いヘルメットに炸裂。

 死神とバンプはそれを見て(やっぱり里原家だ……)とか思っていた。


「いてて、わかってるっての。あー、まずな、天国ってのは地上にない」


 ぽかんと口を開ける神楽、死神、バンプ。

 ジャッカルは知っているのだろう。顎に手を当てたまま聞いていた。

 ベルゼルガは人差し指を突き立てた。「空だ」


「しかもその下は海。つまり天国に行くには空を飛んでいかなきゃならねえ」


 な? とジャッカルの方を見る。

 彼女は頷いて腕を組んだ。


「ええ。そこで私の船、ダイダロスの出番……と言いたいところですけど。グングニルのおかげでぽっかり穴が空いちゃいまして」

「だが手は残ってる筈だろ?」


 ベルゼルガは確信を持った口調で言う。

 まるでジャッカルが参戦する事は想定していたとでもいうかのように。もしかしたらこの男の頭の中では、既にいろいろと計画が練ってあるのかもしれない。


「ウフフ、どうやらお見通しですね。ダイダロスの後継機。高速艇〈ルシファー〉が使えるかと」

「ギャハハ、じゃあそいつを使って天国まで突っ込む」

「突っ込む!?」

「たった五人でもさすがに……!」


 死神と神楽が想像しただけでひるんだ。

 たしかに防衛体制を整えている天国に突っ込むのは無謀と言える。

 ベルゼルガは自分のヘルメットをコンコンと叩いてみせた。


「そこで俺の出番。そこのチビ死神は一瞬だけ見た事があると思うし、ジャッカルは魔導社襲撃の時に確認してると思う」

「《デストラクト・ディザスター》ですね」

「《デストラクト・ディザスター》!」


 漆黒の破壊愛好家は頷く。

 首を傾げるバンプと神楽にベルゼルガは説明を始めた。


「呪詛エネルギーを最大チャージ状態で撃つ俺の大量破壊攻撃だ。神楽も俺がブレイクショットと呼ばれてることを知ってるだろ」

「知ってるけど……見た事はないわあたし」

「戦場でコイツをぶっ放せば確実に敵陣は分散する。しかも超長距離から撃てる。だからこいつを撃った後、ジャッカルの高速艇で一気に天国に突っ込む」

「そ、そんな滅茶苦茶な」

「おいジャッカル、高速艇の乗組員を確保できるか?」


 ジャッカルは少しだけ考えた後「可能です」と答えた。

 もはや全員が、この後ベルゼルガの言う事を予想できていた。


「突入後、高速艇は俺達五人を投下。ハードな局地戦闘となるが俺とジャッカルを信じろ。破壊業者や雑魚は相手にするな。フライヤ、オーディン及びセントフォーナイツをぶっ叩くんだ」


 作戦などとは呼べない作戦。

 死神も神楽もバンプも、正直不安を拭いきれずにいた。

 そこでジャッカルの言葉が付け足される。


「フライヤは狡賢い子です。潜入よりむしろ正面突破の方が安全でしょう。それに聖騎士は正面から攻めてくる相手に敬意を表わす筈。皆さんが思っているより、危険は避けられます。それに私……最硬と、ベルゼルガという最狂が手を組んでいるのですよ」

「ギャハハハハハ! 称号保有者二人が味方に付いてもまだ怖いとは言わせねえ」


 今日何度目かもわからないぽかーん顔が、死神とバンプの顔に張り付いていた。

 今初めて聞いたのだ。

 ベルゼルガが最狂の称号保有者だということを。

 これから戦場へ赴くというのに呆けた顔で固まる二人に、呆れながら笑うベルゼルガ。


 医療施設の隅っこで画策するこの五人。

 死神、ヴァンパイア、ベルゼルガ、神楽、ジャッカル。

 たった五人。

 相手にするのは巨大な敵である。それも正面から。

 時間をかければ戦力を集めることもできただろう。

 しかし、この五人にはわかっていた。それでは遅い。時間との勝負でもあるのだと。

 長年潜伏していた者達が一挙に攻めてきたということは、なにか思惑があるのだ。だから時間をかけてはいられない。

 連中の真意。それが何かはわからないが、報復するだけではこの戦いは終わらないだろうと心のどこかで覚悟している。


「まずは高速艇ルシファーの回収だ。行くぞ」


 と、ここでジャッカルが「待って」と言った。

 別棟で収容されているパラダイスロストの兵士に挨拶してからにしたいのだという。

 彼女はパラダイスロストという傭兵集団の指揮者であり、パラダイスロストという家族の中心でもあるのだった。

 四人の傍を離れ、一人入院棟の別棟へと歩き出したジャッカルは誰も居なくなったところで自分の着ぐるみを撫でながら呟いた。


「ラビット……貴方は一体どこへ」


 廊下のガラス窓に映ったジャッカル頭。細い身体つきの彼女は一見傭兵には見えない。

 その外見的印象が一層強まるくらい、ガラスの中の着ぐるみ頭の女性はひどく物憂げな雰囲気を醸し出していた。


「貴方までとり憑かれているのですか。魅せられたとも言うのでしょうか。ジョーカーの悪い癖。〈ジョーカーの酔狂〉に、貴方も含まれてしまったのですね。空に魅せられたイーグルのように、ラビット、貴方ほどの男にも魅せられる対象があるというのですか……」


 ジャッカル頭の鼻先は斜め下を向いている。俯き気味に呟いていた。


「酔狂の連鎖……貴方は何かを追い求め、私は――」


 ここまで言って、ぼんやりしていたジャッカルはハッと我に返った。

 着ぐるみの中の顔は、真っ赤に高揚しているのだが外からではわかるはずもない。

 目の前の見えないモヤを振り払うように、廊下でぶんぶんと腕を振る女が一人。


「んな、何を言っているんですか私は!」


 馬鹿馬鹿しい。

 きり、と前を見据え背筋を伸ばし、再び彼女は歩き出す。

 ベルゼルガの読み取ったジャッカルの行動目的は、実は違うのかもしれない。

 本人も気づいていないが。





 ◆ ◆ ◆





「それで、準の方は」


 力強く、覇気のある声色。

 喉が金属でできているかのような音質で彼は言った。

 

「はい。指示通りに」

「はい。指示通りに」


 六角形の透明なパネルが無数に張りつめられた床。パネルとパネルの間には少し隙間があり、光の線がそこを走っていた。

 どこか未来的な雰囲気のある部屋である。

 パネルは踏むとポウと輝き、小さな音を奏でる。新しい楽器のようだった。

 その部屋の中心には惨劇と双百合が立っていた。


「いかがですか惨劇様?」

「10年前と何一つ状態に変わりございませんが」


 惨劇の両隣で、黒百合と白百合は頭を下げてそう言った。

 惨劇は腕を持ち上げ、手を開く。甲を掌を交互に、舐めるように眺めてから満足そうに頷いた。


「クハハ。いいぞ、懐かしい身体だ。ああ。悪くない」


 光栄至極、と双百合は胸に手をあてて呟いた。

 惨劇のカタストロフはもう、里原準ではなくなっていた。元の身体に戻ったのだ。

 その姿は人間とはかけ離れた、魔人もしくは怪人という言葉がふさわしい。

 硬いゴムの質感を思わせる肉体は大きい。筋骨隆々としており、身体の色は黒とも紫とも区別しがたい独特の色をしていた。

 言うならば――闇色。

 その身体の上に軍服のような服と上着を羽織る。マントのように脛まで隠す長い軍服は一層惨劇の威圧感を増幅させた。

 なにより威圧感と恐怖を煽るのは彼の顔だろう。

 仮面と兜が融合したようなものを被った頭部には目も鼻もない。ただ一つ、口があるだけなのだ。

 その口がまた異様で、耳まで裂けている。歯をむき出しにしてにたりと笑っているようで、目と鼻が無くそれだけなのだから奇妙だった。

 後頭部の、兜の隙間から溢れだす大量の長い髪は真っ赤で、血に染まっているかのようだ。

 これが惨劇のカタストロフ。最凶の真の姿であった。


 惨劇は軍靴をカツンと鳴らし、部屋の中に備わる大きな椅子に座った。

 脚を組み、肘をつき、立てた拳で頭を支えた。

 前に立つ双百合をじっと眺める。


「……双百合」


 ビクリと、呼ばれた二人の女は肩を動かした。


「……二人とも、大きくなったな。あの頃はずっと幼かった。綺麗になったぞ」


 言われ、二人の白い頬がほんのりと赤く染まった。


「No.13も俺と、お前達だけになっちまった。みーんな、ラグナロクで散りやがった。たしかにあいつらは文字通り一騎当千だった。だが一騎に対して万を超える大軍じゃあ……な」

「皆さんも惨劇様の復帰を喜んでいますよ」

「あの頃の私達は戦えなかった」


 でも……。

 双百合は声をそろえて言った。


「今度こそ、お力に」

「今度こそ、お力に」


 惨劇は頷き、無い瞳で遠くを見つめた。

 散っていった部下達の顔をひとつひとつ想い描いているのだろうか。


「あいつらは……俺を待っている。そう思わないか?」


 双百合はぶんぶんと首を横へ振った。

 そんな二人に惨劇は不思議そうに首を傾げる。


「そんなことありません」

「私達は皆さんから頼まれました」


「……?」


「《惨劇を守るのはお前達だ》と」

「私は……私達は忘れない……。喉を血に濡らして届けた皆さんの想いを」


 そうか。惨劇は呟き、ピッと二本指を立てて双百合を指す。

 そのまま掌を返し、手首のスナップをきかせてクイと二本の指を自分側へ引き寄せた。

 すると、双百合が見えない力に背中を押され、惨劇の座る椅子へと倒れ込んだ。

 それを腕で支える椅子の主。

 文字通り――両手に華といったところか。


「なら最期まで頼むぞ。頼りにしている」

 

 目を泳がせ、どう言葉を返していいのか迷っているのだろう。有難うございますと返すだけでは陳腐な気がしたのだ。それほどに惨劇の言葉は二人にとって嬉しさを極めていた。

 惨劇自身は黙り込んだ二人を特に気にせず、手を一度叩いた。


「さあ、時間が無い! 連中をここへ集めろ! 顔合わせといこうじゃないかクハハハハハ」



 ◇ ◇ ◇



 床に敷き詰められた六角形のパネルは数枚浮き上がり、部屋の中心に大きなテーブルとして形を変えた。

 もとは床だったものなので当然物を乗せることはなく、格好だけでもらしくなっただけだ。もっとも、椅子に座った惨劇は足を乗せる台として活用しているが。

 パネルでできたテーブルを囲うように、天国の最高権力者と、狩魔衆の頭目、No.13のメンバーが揃って立っていた。

 全員が惨劇の方を見ている。


「クハハ、六角形のテーブル。六角卓を囲むこのメンバーならば、異界を手中に治めることも容易いだろうな」


 愉快に笑う惨劇は、足を組み直してそれぞれの顔を見回した。

 両隣に控えた双百合。右からフライヤ、修羅、零鋼。そして――No.13の新入り二人組。


「よう、新入りのディーラーズ」


 惨劇が声を掛けると、二人は少し頭を下げた。

 その二人に顔はなかった。のっぺりとした、凹凸のないモノで頭を覆っているのだ。それはマジックミラーのように黒いガラス玉を思わせる。

 額部分にそれぞれ〈スペード〉と〈ダイヤ〉のマークが描かれていること。背丈の微妙な違い。それ以外二人はそっくり同じ格好をしていた。

 スペードのマークが描かれた一人は、腕を上げた。


「また……貴方と……戦える」


 そう言って空を握り締める。惨劇に向けられたスペードの言葉にダイヤも頷いた。

 新入りであるが、惨劇の戦友。それがディーラーズ。


「おうよ同志達。俺たちの最後の戦いだ。さて――これからなんだが」


 フライヤと修羅に目を向ける。


「天国は次の激戦区になるだろう。守り固めとけよ」

「……大丈夫。こっちにはオーディンがあるもの」


 不敵に笑う少女。この中で最も若く幼いが、この娘こそ天国という機関を統べる最高権力者、フライヤ・プロヴィデンスその人なのだ。

 彼女の自信を惨劇は鼻で笑い

「まぁいいが」と呟いた。

「精々頑張ってくれ」

 次に漆黒の忍。修羅はこの部屋に来てからずっと腕を組んで黙っていた。


「修羅。狩魔衆とは別行動になるな」


 こくり、と頷く。


「……地獄を襲うという共通の目的があったから手を結んだのだからな」

「だな。けど今後も互いの行動は互いの為になる」

「我が目的は……成り行き次第では惨劇殿の益にはならんが」


 惨劇はケラケラと笑った。何を言っているんだといわんばかりに膝を叩いて笑った。


「それでも構わねえよ。俺は一人の逸材――修羅という忍に興味を抱いたんだ。その男が導く狩魔の行く末を、一番近くで、特等席で見られるんだぜ? 俺ぁそれだけで満足だ」

「ははは」


 修羅は腕を組んだまま肩を震わせ、くつくつと笑った。

 思考が読み取れず呑気で明朗快活。実に面白い男。それが惨劇に対する修羅の印象だった。


「まぁ、予定を打ち合わせる必要もないわけだ。各々、自分達の意志に従って行動すればいい」


 また足を組み変えて、惨劇は手を叩いた。

 解散という合図なのだろう。

 フライヤ、修羅、零鋼、ディーラーズが部屋を出てゆき、部屋には再び惨劇と双百合だけになる。


「じゃあ、俺も動くとするか」


 惨劇は椅子から立ち上がると首を鳴らした。

 横に控える双百合の表情はとても穏やかで、楽しげである。

 魔人の後ろにくっつき、二人は閉じた傘をリズミカルに揺らして歩いていく。

 すべてを捧げ奉仕する。

 この方に附いてゆく。

 愛や恋とは違った、彼女達特有の感情がそこにはあった。

 自分達の存在理由がこの凶々しき魔人であり、身も心も委ねることで安心できる主人だった。誰よりも、何よりも強い最強の名を手に入れるのはこの主人であると信じて疑わない。

 惨劇のマリオネットとして生きようとする二人だったがしかし、惨劇がマリオネットとして扱ってはくれない。

 だから彼女達は特殊だ。

 奉仕の家系、華一紋の中でも群を抜いて特殊だ。様々な意味で。


 三人だけの時は素になる。大人びた雰囲気は作っているにすぎない。

 だから黒百合と白百合はまるで少女のように屈託のない笑顔で、惨劇の背中に飛びつき腕を回した。


「ん?」

 立ち止まり、首を後ろへ捻り二人を見下ろす最凶の魔人。

「おかえりなさい惨劇様」白百合が言い、

「もう離れません」黒百合が言った。

 惨劇は少しだけ黙り、奇妙な兜の下から息を吐きだした。


「クローに感謝するんだな。俺は奴ほど慈悲深くはない。そして……あの〈鴉天狗〉の為にも、この計画は完遂する」

「弔い……」

「合戦……」

「少し違う。だが忘れはしない。鴉天狗のケジメは、これから殺しに行くあの男一人に背負わせる。死神……ギルスカルヴァライザーにな」


 最後、抹殺対象の名を口にする時の惨劇の姿は憎悪の塊を思わせた。


「〈多数の死者が出た魔導高炉暴走事故〉をあたかも綺麗に処理したように偽装した大悪人が生きている。これだから運命や節理は大嫌いなんだ。伝説だと? 笑わせてくれる。奴はこの最凶、惨劇のカタストロフが直接葬り去る。永遠の混沌を彷徨わせる。行くぞ双百合……すべては……準の為に……」

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