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宴章 零鋼〜初陣〜

 グングニル第一撃が直撃し、旅館が混乱に陥っている頃。

 死神の娘が一人、崩壊した廊下の中をのろのろと歩いていた。背中には自分よりも大きい男をおぶっている。


「うう……なにこれ……。準くん起きてよぉ……」


 じわりと浮かんだ涙をローブの袖で拭う。

 先程まで休憩に使っていた食事処は、倒れた柱の下敷きになっていた。爆音に驚いてすぐさま準を連れ出したから助かったのだ。

 いや、助かったと言うにはまだ早かったかもしれない。

 廊下はどこから出火したのか、すでに炎に包まれていた。熱さに襲われ、恐怖心を煽られた死神の目に再び涙が浮かぶ。

 いつも助けてくれる里原準は、まったく起きる気配がない。彼の命は死神に託されていた。

 死神は何度も涙を拭い、一歩一歩前に進む。


「閻魔さん、夜叉さん、みんなを探さなきゃ……」


 誰でもいい。不安を取り除いてくれる誰かと巡り会いたかった。

 腰を曲げた状態で立ち止まり、よいしょと一度準を背負いなおす。いつもは逆だった。地獄から帰る際、眠る死神を彼がおぶってくれた。大きな背中。大好きな背中。伸びた襟足から香る彼の匂いも死神は大好きだった。


 鬱気味な心情になりかけた時、ズゥン…と廊下が揺れた。


「え……?」


 どこが揺れているのかと死神は周囲を見回す。

 もう一度重い響きと共に天井から砂埃が降った。揺れは上の階のようだ。

 さらにもう一回の揺れ。

 揺れも音も、一回一回大きくなっており確実に死神と準の居る一階に迫ってきていた。

 ズゥゥン……! と激しい揺れ。降ってくる埃の量も多かった。

 そして、ついに一階廊下の天井を突き破り、そいつは落ちてきた。


『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 雄叫びのような音を出し、そいつは重い身体を地面から立たせる。

 死神は言葉を失った。

 たしかに〈そいつはそこに居る筈なのに、そこにはなにもなかった〉からだ。

 ただ、ゆらりと一部の景色が少しだけ揺れたのはわかった。

 見えない何かが落ちてきたのは確実だ。

 その恐怖と戦慄に死神の足はすくんだ。ギィギィとなにかが軋む音も聞こえる。


「は……あ……」


 ズン。

 膝を震わせる死神の視界に映ったのは足形だった。重々しい音と同時に砂ぼこりの上に足形が現れたのだ。

 やはり何者かが居る。そしてそいつは見えない。

 足跡が増える。明確に死神と準の方へ向かって。


『Encount. Check... Accord with CATASTROPHE. Next instruction』


 機械音声が死神の前から聞こえてきた。

 どうやら自分たちを観察し、判断しているようだと死神は感じた。

 死神の感じたことは正しく、見えない者は次の行動に移った。


 ノイズ音を出しながら隠していた姿を現したのだ。そいつはやはりそこに居て、カメレオンのように姿を周囲の景色と同化させていたのだ。

 もっとも、高度な技術を用いたその擬態はカメレオンのそれと比較にならないが。


「な、なに……こいつ」


 人間の大人より一回り、いや二回りは大きな巨体が死神の目の前に現れた。

 赤紫色の身体はメタリックな輝きを放ち、こいつが機械だと一目でわかった。しかしながら見た事もない形で、顔面装甲の奥に赤く光るカメラアイは一つ、滑らかなボディは鎧のような形をしていた。

 人型を保ちつつもそれは決して異形の域を出ない。そんな外見をした機械だ。

 そいつの肩に記された型式番号のような文字を死神は読んだ。


「戦略傀儡兵……零鋼(ぜろはがね)……」


 ラビット・ジョーカーの禁断倉庫から奪われた――彼曰く化け物――の名が、そこに刻まれていた。

 怪しみはしたものの行動はしなかった死神は、ここで初めてこいつは敵だと確信した。

 あのラビットが化け物と称した相手だ。死神に勝ち目など無い。

 逃げるしかなかった。


『………』


 零鋼は無言でもう一歩足を踏み出した。

 その重い足音を耳にした死神は、無我夢中で魔法を放つ。


「じゅ、重力結界! メガ・グラビトン!」


 紫の結界が零鋼を包む。

 倍加された自らの体重により、廊下ごと深く沈んだ。

 ただこれで安心などできるわけがない。死神は重力魔法を放つのと同時に、準を背負って走り出した。

 一度うしろを振り返る。


『………』

「ひっ」


 零鋼はなんともなしに沈んだ廊下の縁に手をかけ、登っているところだった。

 つまるところ、まったく効いていなかったということだ。

 もう後ろは振り向かず、死神はただ走った。


 走って逃げる中で彼女は信じられない光景を目にした。

 破壊業者の機動歩兵が、血まみれのエリート餓鬼の襟首を掴んで引きずるように飛んでいたのだ。見つからないように進んでいると、その光景はあちこちで見られた。


「あれって……機動歩兵ってやつだよね……。破壊業者はみんな……敵にまわってるよ……」


 死神はパニックに陥りそうだった。

 寸前のところで抑えていられるのは、背中におぶった準を肌で感じているからだろう。

 背後から化け物機械の雄叫びが聞こえ、壁を破壊したと思われる揺れが起きると死神はまた走り出した。

 彼女は方向音痴かつ、今や廊下は瓦礫で塞がれているところもあったりして、なかなか人が集まりそうな場所に出ることができなかった。


 廊下の角を何度か曲がったところでピタリと死神は足を止める。


(……!)


 ビリビリと強烈な殺気を感じたのだ。それは前の曲がり角からで、零鋼ではない。

 戦闘に慣れない死神でも強いと感じる殺気は今までなかった。

 とてつもなく危険な何かが、あの角の先に居る。

 後ろからは零鋼。

 少女は身動きがとれなくなってしまった。


(どうしよう……)


 殺気を放つ何かはこちらへ向かっているらしく、ビリビリとした感触が一層強くなった。

 ガチャガチャと音を鳴らしながらついに殺気の持ち主は廊下までやってきた。


「ギャハハハハハ!」


 真っ黒なフルフェイスのヘルメット。黒いボアジャケット。黒いパンツ。

 スカーフが巻かれた腰には二丁の拳銃が備わっていた。さらには大きな棺桶などというものを背中に担いでいる。

 死神はその姿に見覚えがあった。


「ベルゼルガ!?」


 男はベルゼルガという名の破壊業者だった。通称、破壊愛好家。

 以前、死神と準の前に立ちはだかり、激闘を繰り広げた相手である。

 ベルゼルガは死神の方を向くと、両腰のホルスターから拳銃を抜いた。


「ギャハ、見つけたぞチビ! 久しぶりだなぁ! デストロイ久しぶりだ! ギャハハハハハ!」


 片方の銃をくるくると指で回しながらベルゼルガが近づいてくる。殺気の持ち主はこの男だったのだ。

 そして彼女も先程、破壊業者が現在どのような立場にいるかを見たばかりだった。


 ベルゼルガは銃を持ち上げ、死神の方に向ける。

 そしてズドンと発砲し、銃口から煙が上がった。


「――うっ!」


 反射的に目を閉じた死神だったが、不思議なことに痛みはない。ベルゼルガは狙いを外したのだろうか。

 否。

 彼の放った弾丸はちゃんと標的に着弾していた。


『ギュ……オオオオオオオオオオオ……』


 死神の背後で零鋼のうめくような機械音声が響いた。見ると廊下の壁に叩きつけられた巨体が地面に伏しているではないか。

 すぐに前を向き、死神はベルゼルガを見た。


「ギャハハハハハ! おら何をボケッとしてんだよ〈護衛対象〉。さっさと逃げんぞコラ。聞いてんのかコラ。デストロイのろまだなオイ」

「ど、どういうこと?」


 ベルゼルガは答えず、死神の後ろまで歩くと彼女を、背負っている準ごと軽く蹴飛ばした。

 行けということだろう。

 破壊愛好家は銃口を零鋼に向けてそちらを見据えている。


「地獄門までの敵は片付けた。てめえはそこまで歩くだけだ」


 そこまで言って、ベルゼルガは弾丸を放った。

 が、零鋼は巨体に似合わぬ速さで横転して回避する。ヘルメットからヒュウ、と口笛が漏れた。


「悪くねえ相手だ。バラバラに壊してやる」



 銃声や爆音を背に、死神は歩きだす。

 廊下の先には、なぜか人間の少女が一人立っていた。

 黒く長い髪の少女は目を丸くして死神の方をじっと見ていた。正確に視線をたどれば、死神の背中に背負われた人物を見て目を丸くしていた。


「……じゅ、準兄?」


 その子が漏らした科白に死神はひどく驚いた。

 え? と死神が言葉を返すとその少女――里原神楽は鋭い目で近づいてくる。そして眠る準の頬にそっと手を当てた。

 哀しそうに彼の顔をしばらく見つめ、それから髪を撫でる。死神の方など見向きもせず神楽は準だけを自分の世界にとり込んでいた。

 義理の兄は目覚めない。

 痛ましいものを見るような目を虚空に移し、神楽はため息を一回。

 そのまま準から離れ、ベルゼルガの方へ歩いていった。


「なにやってんだ! 遅ぇぞ〈破天荒〉!」

「その名であたしを呼ぶなっての馬鹿ベル!」


 ベルゼルガと破天荒と呼ばれた神楽は隣合わせに立ち、口で喧嘩をしつつも零鋼から視線を外さなかった。

 死神はというと、離れた場所から二人と一機の様子をただ観察していた。自分と準を追いかける零鋼という戦略傀儡兵。自分を護衛対象と呼んで助けてくれたかつての強敵。そして準に馴れ馴れしく触れ、兄と呼んだ謎の少女。

 その戦いぶりを、死神は目に焼き付けた。



『Acquisition Enemy(敵捕捉)』


 零鋼の足元が消える。水に浸かるように足から胸、頭部へと消えてゆき、完全に全身が見えなくなった。再び迷彩を起動したのだ。


「ほー。光学迷彩ね」


 ベルゼルガは珍しいものを見たかのような反応を示しただけで、特に動揺せずに銃を構えた。

 鼻で笑って引き金を引く。


「俺には見えるぜ?」


 弾丸が放たれる。

 それは見えない敵に着弾し、火花を散らせた。

 彼のヘルメットはただの頭部防護用に被っているのではない。

 彼は銃器を武器に使う戦闘スタイルをとる。拳銃、突撃銃、狙撃銃、グレネード、携帯ミサイル問わず戦況に応じて使い分けるいわば銃のプロフェッショナルなのだ。

 戦場も問わない。敵も問わない。

 故に彼のフルフェイスヘルメットには暗視ゴーグル・熱源探知式赤外線ゴーグル・双眼鏡・生体センサー・無線・任務ナビゲートAI・任務地マップ登録システムetc...と、多彩な機能が備わっているのだ。

 熱を発しない機械などまず存在しない。ベルゼルガの目には零鋼の姿がはっきりと映っていた。


『Damage(損傷)』


 零鋼は光学迷彩の装置を破壊され、姿を晒す。その身体からは勢いよく空気の漏れる音が小刻みに鳴っていた。

 見ると肘や膝など、あらゆる箇所から噴射口が飛び出している。腕はエネルギーに包まれ、バチバチと音をたてていた。


「来るぞ破天荒!」

「わかってる!」


 敵は鋼でできた身体を折り曲げ、各部の人工筋肉が膨れ上がる。


『conbat command (戦闘命令)。 rapid act Lv1 (急速行動壱型)』 


 ジェット噴射によって板埃が舞い散る。

 踏み込みと同時に巨体が――消えた。

 反射を含むあらゆる神経の伝達速度をゆうに超える速さで移動したのだ。

 零鋼は目標を捕捉していた。

 ロックオンした標的達は判断通り速さに反応できていない。

 攻撃成功確率が最も高いポジション――視覚・意識ともに向いていない位置――に移動したところで、零鋼はエネルギーの迸る腕を引いた。


『attack』


 が、ここで零鋼のAIに予期せぬ事態が発生した。

 ロックオンモードに入っていたグリーン状態の視界がレッド(危険)に変わったのだ。

 AIというものに感情はないが、もしあったのならそれは動揺と表現されるだろう。AIの命令進行状態に異常が発生し、判断が鈍る。

 レッド状態のAI画面に表示されたのは〈行動不能〉の文字。

 そう。

 零鋼は身動きが取れない状態に陥っていた。腕や脚はもちろん、頭部、腹部、胸部、腰部になにかが絡まっている。


「あはっ、簡単に引っかかった」


 そう笑うのは里原神楽。

 彼女は長く口の広い袖から、何本もの紐を垂らしていた。それらは柱や突起物を介して戦闘域全体に張り巡らされている。蜘蛛の巣のようだった。

 零鋼はその罠に自分から飛び込み、見事に絡まってしまったのだ。

 細かな障害物も識別できるAIがこれほど広域に渡って張られた紐に気付かないわけがない。だが事実このように紐によって捕縛されている。

 つまり。

 零鋼がベルゼルガと神楽の死角へ飛び込む瞬間、蜘蛛の巣を張ったとしか考えられない。

 里原神楽という少女が使役する〈抜線術〉ならそれが可能だった。


「おお、すげえ。ホントに引っかかってんじゃん」


 拳銃で肩を叩きながらベルゼルガが感心する。

 神楽は張られた紐の一本を指でつまむと、弦楽器を扱うように弾いた。


「どんなに力が強くても、この世に働く力をうまく利用すればあたしはこれっぽっちも力を使わずに捕縛できる」


 何度もジェット噴射であがいても抜けられない零鋼に、神楽は説明を始める。


「力学よ。滑車、振り子、位置エネルギー、運動エネルギー。これらの原理を上手に使えば無敵の鎖が完成する。アナタがその例ね。抜けだそうとする力は分散され、しかも元の倍の力で引っ張られる。どう頑張っても無駄」

「……だそうだ。ギャハハ」


 ベルゼルガは二丁の拳銃――ドゥーエ・シリンダー――を構え、呪詛エネルギーを溜める。

 彼の持つ驚異の生体兵器、タタリガミの能力だ。大気中の呪詛を収束・集束し、弾丸に変えることができる。

 神楽が捕縛し、ベルゼルガが強烈な一撃を見舞う。

 未だ負けを知らないコンビネーションだった。


『ギ……』


 零鋼の右腕が肘から離れ、撃ちだされた。


「ロケットパンチは想定外ね」


 暢気に平坦な口調で呟く神楽を抱えたベルゼルガが跳躍して零鋼の腕を避けた。

 そのまま腕に銃弾を一、二、三発と撃ちこみ着地。

 だが零鋼はまだ攻撃の手を緩めない。

 切り離された腕の断面からリボルバー式に針が撃ちだされる。


「ったく全身武器だな」


 それらも撃ち落としたベルゼルガ。

 ただ、この攻撃リズムに神楽は不信感を募らせた。たしかに絶え間ない攻撃ではあるが、この零鋼の高性能を考えるともっと速い攻撃を繰り出す事が出来るはずだ。

 なのに撃ち落とせる速さで攻撃を仕掛けてくる。

(何が目的? まるであたし達の目を攻撃に向けさせているみたい)

 怪しみながら動けない零鋼をじっと観察する神楽。

 ふと視線を別の方へ移し、彼女の抱いた不安は現実のものとなった。


「ちょっと!!」


 神楽の叫ぶ先には――準を背負った死神。

 死神はまだ気づいていない。

 背後にふわりと現れた、二つの、黒白二色の〈日傘〉に。

 ベルゼルガと神楽が反応した時には既に遅かった。


「らん、らららん……」

「らんら、らんららんらんらん……」


 互いの攻撃の手が止み、しん、と静かになった廊下に歌が響いた。

 透き通った音色だ。


「白百合は命捧げます」

「黒百合は心捧げます」


 現れた傘がくるくると左右対称にゆっくり回転する。

 そのシンメトリーが妙に艶やかだった。


「零は総て」

「総ては零」


「闇に彷徨う愛しあの人」

「闇に語らう愛しあの人」


 その傘の裏から、二つの影が見えた。

 着物を着た二人だ。

 片方は黒。もう片方は白。

 どちらの着物にも百合が描かれていた。


「白百合」

「黒百合」


「我ら〈双百合〉」

「我ら〈双百合〉」


「闇に咲いた道しるべ」

「闇に咲いた道しるべ」


 チリン、と二つの傘についた鈴が鳴り、その音だけで二人の存在感を際立たせた。

 双子の女は白い肌を笠に隠し、妖艶で大人びた雰囲気を醸し出していた。


 白い着物に身を包んだ白百合が、笠をくるんと回す。


 すると――死神の背中に乗っていたはずの準が消えた。


「え……!?」


 驚きの声をあげる死神を見て、クスリと小さく笑った黒百合が傘を回す。


 すると準の姿が現れた。

 しかし、現れた場所は巨大な手の上。

 突如出現したのは準だけではなかった。赤いカラーリングを施された機体、カデンツァも準と共に姿を見せたのだ。準の乗った手の上には、なんと捕縛されていた零鋼まで乗っているではないか。

 ベルゼルガも神楽も呆気に取られていたが、赤い機体を目にした破壊愛好家が前に出る。


「イーグル……ジョーカー!」


 黒い男を確認したパイロット、イーグルは呼びかけに応じた。


〈おや。ベルゼルガ、どうしてそちら側に居るのだ〉

「んだと?」

〈破壊業者はまるごと天国に雇われている筈だが〉

「!?」

〈知らなかったのか……。ああ、そういえば貴官は専属だとか聞いたな。ならば納得だ〉

「破壊業者が全部……」

〈貴官の敵になるということだな。中には貴官の教え子も居るだろう。銃撃・局地戦闘教官ベルゼルガ・B・バースト〉


 さすがのベルゼルガも動揺を隠せなかった。

 破壊業者は雇われ仕事ゆえ、同業同士の戦いも少なくない。だが全員が敵に回ったという状況は初めての事だった。


「お話は」

「終わりました?」


 話を打ち切らせて双百合がカデンツァの手に乗る。

 残された神楽とベルゼルガ、そして死神は茫然とそれを見上げた。


「零鋼ちゃんを相手にあそこまでやるとは御見事でした」

「でも詰めが甘い」


「里原準様……いえ、惨劇のカタストロフ様は返して頂きます」

「彼は宴の主役であり、最凶の称号保有者ですから」


 死神と神楽が同時に駆けだす。

 無論、二人は準を取り返す為に。


「準くんを返せー!」

「準兄は渡さない!」


 重力魔法と、捕縛の紐が双百合に向って飛ぶ。

 が、二人の目の前でそれらは弾かれた。空気の壁があるかのように、あの二人には届かなかった。紐はもちろん、魔法まで。

 後方からベルゼルガがチャージした弾丸を撃つ。当たれば相当なダメージを与えることのできる強烈な一撃だ。


「無駄です」

「無駄です」


 それもまた弾かれ、廊下の天井を爆砕した。

 双百合、零鋼、準。その四人を手に乗せるカデンツァ。

 謎だらけにも程がある。

 準が攫われる理由もわからない。

 死神は大鎌を出した。


「どうでもいいから準くんを返せダブルオバサン!」


 …暴言を吐いた。

 そしてベルゼルガが爆笑した。

 神楽もちょっと笑った。


「ダブ……!」

「オバ……!」


 双百合は大きなショックを受けていた。

 この二人、実は成人に達していない。年齢は18、9くらいだろう。

 無論生まれてこのかたオバサンと言われた事もなく、オバサン的要素も皆無。

 むしろ惚れ惚れする美しさを備えている。

 だが死神からすれば年上なので……そう呼んだのだろう。


 双百合は頬を軽く痙攣させながらも、笑顔を保っていた。

 それが怖かったりもするが。


「とにかく……この方はもともとこちら側の存在」

「私達……〈No.13(ナンバーサーティーン)〉を率いる方です」


「貴方達は招待されていないと思いますが」

「運命が招くならそれも良しです」


「ではごきげんよう」

「ではごきげんよう」


 四人を回収したイーグルの駆る機動歩兵はスラスターで舞い上がり、既に大穴の空いていた天井へ消えてしまった。

 準を奪われた死神は力なく地面にへたりこみ、カデンツァが昇った穴を空虚な眼差しで見ていた。


「準……くん」


 そんな気力を失った少女の前に、神楽が立った。

 神楽は黒い垂れたローブの襟を片手で掴んで引き上げる。そして死神の頬をおもいっきり叩いた。


「……!」

「お前さえ居なければ準兄はこんな事にならなかった!」


 鋭い口調で言い放つ。


「……」

「準兄はこんな世界に関わって苦労した筈だ。あの人はお前なんかと出会わなければ幸せに暮らせた。あたしの義兄さんは、みんなから慕われる存在なんだ」

「違う……もん」

「は?」


 死神はキッと神楽を睨み、叫んだ。


「準くんは私の隣がいいって言ってくれた! 楽しいって言ってくれた! 私と準くんの過ごした日常を何も見てないくせに、勝手なこと言わないで!」

「こ、この……!」


 互いの怒りがピークに達しようとした時、ベルゼルガが間に割って入った。

 喧嘩の仲裁と言っていいのだろうか。

 いや、死神と神楽の眉間に突き付けられた銃口は、仲裁というよりむしろ脅迫めいていた。


「そこまでだデストロイあほ共」


「ぐ……」

「ぬ……」


 妙に低く冷たい口調で告げられ、二人は押し黙らざるを得なかった。




◇ ◇ ◇




〈なんてこった……〉


 魔剣ドミニオンは瓦屋根に突き刺され、回転する魔法陣と、倒れた三人を見て狼狽した。

 血だまりの中に倒れ気絶する夜叉を閻魔が助け起こしているが、目を開ける気配がない。割れて転がった仮面が血だまりに浸っていた。歌舞伎と白狐も同様だった。


〈ん?〉


 一瞬、空に赤いモノが飛んでいくのを見たドミニオンだったが、もう一度見た時にはもうなかった。

 そんなことよりグングニル第二撃を放とうとする魔法陣の方が今は重要である。


〈閻魔! グングニルがもう一回来るぞ!〉

「わかってる……」

〈どうすんだよ!〉


 もはや魔法陣の回転は最大速度に達しており、いつ撃ちだされてもおかしくない状態だった。

 ゆっくりと夜叉の傍らから立ち上がった閻魔は、ドミニオンを引き抜く。

 そのまま魔法陣の真下まで歩いた。


〈……やっぱ、これしかないよなー〉

「……おう」


 ケラケラと笑うドミニオンを構えた閻魔は、静かに目を閉じた。

 魔力を魔剣に送る回路を繋げているのだろう。


〈悪いが大量に吸わせてもらうぜ〉

「おう」

〈来るぞ……〉

「おう」


 閻魔とドミニオンはグングニルに攻撃をぶつけるつもりだった。旅館を守る為には、方法はそれしか残されていない。

 魔剣に送られた閻魔の魔力は共振し、辺りに覇圧が漂った。

 魔法陣からグングニル第二撃が放たれ、その神の槍は閻魔に向かって伸びてくる。

 二人は息を合わせた。


〈断罪の刻!〉

「断罪の刻!」


 振った大剣から、グングニルと同等ともとれる大きさの黒い波動が飛び出す。

 反動で閻魔の足は屋根に埋まった。


〈最 終 審 判!〉

「最 終 審 判!」


 神槍と最終審判。

 二つがぶつかり合い、地獄旅館の瓦が衝突箇所を中心に剥がれ飛んだ。

 光の柱を受けとめるドミニオンにピシリと罅が走る。


「もう少しだドミニオン……! 耐えてくれよ」

〈余裕だろ。俺達を嘗めんなって感じだよな〉

「フハハ! おう、そうだな」


 光の柱グングニルが細くなっていく。

 閻魔とドミニオンは、最後まで防ぎきった。

 地獄旅館の大将としてこれ以上ない働きであり、本人は当然の仕事だと思っていた。


 ただ――グングニルを防いだ代償は大きかった。


 ぼろぼろと魔剣が刃先から崩れはじめている。

 ドミニオンの最後の時だった。


〈やれやれ……〉

「ドミニオン!」


〈まったく、最後まで魔剣使いの荒い相棒だったよお前は〉

「悪かった」


〈らしくねえな、笑って反抗してくると思ったぜ〉

「いや、マジでお前には頼りっぱなしだった」


〈魔剣は使われてなんぼだ〉

「そうか」


〈俺ぁ楽しかったぜ。俺を扱えたのはやっぱ閻魔だけだ〉

「だろうな」


〈ワハハハ!〉

「フハハハ!」


〈じゃあな閻魔!〉


 魔導社製の意志を持った魔剣。ドミニオンは閻魔の手の中で砂となり――消えた。

 ぐっ、と拳を握り締めた閻魔は無理矢理笑顔を作る。


「これからやる事がたくさんあるってのに……お前が居なくなったら……困る……だ…ろ……」


 ふわっ、と白い髪を揺らし、閻魔はその場に倒れた。




◇ ◇ ◇




 グングニル第二撃を最後に、地獄旅館への強襲はひとまず終わりを迎えた。

 だが、残ったものは多く、大きい。

 復讐に燃える者。過去とのけじめをつける者。奪われたものを取り返す者。

 これらを残したまま、連中は去っていった。

 裏切った天国。無差別に攻撃を仕掛ける狩魔衆。天国に雇われた破壊業者。そして――新たに現われた勢力No.13。

 連中の目的は何なのだろうか。

 宴に招待された運命の者達は、それぞれの思惑を胸に、反撃の狼煙をあげようとしていた。

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