表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕はここにいるよ【前編】

作者: 川路 利義
掲載日:2015/04/30

未だに妻は、死んだ息子の遺影を胸に挟んだまま動かない。彼女は子供のように、ウッウッとすすり泣きをしながら、6畳1間の空間でペタンと座り込んでいる。目の前には、息子が好きだった果物がずらりと並び、カピカピになった白ご飯と、冷めた味噌汁が埃を被って置かれていた。


「まだそこで、泣いていたのか…?」


彼女は顔を上げ、僕の顔を見る。夕焼けに染まった彼女の顔は、とても酷いものだった。

涙で目は真っ赤に晴れ上がり、寝不足の為か目元には黒いクマがある。艶のあった黒髪は水気を無くし白髪が生え、まるで山姥のようだ。食事も喉を通らないまま、やつれ果てた姿は目に痛い。以前のような明るく、清楚な彼女の面影はなかった。


「だって…今日はあの子が死んで…5年が経ったのよ…‼︎

私達の、大事なあの子の…ウッ、ウウゥゥゥ…‼︎‼︎」


遺影には、元気な男の子が活発な笑顔を浮かべていた。まるで、写真が生きているかのように。ガラスは、彼女の流した涙で水垢が出来ていた。

だがもう、死んだ息子は戻ってこない。母親である彼女は、もともと体が弱く子供を産めない体質だったのだ。命を懸けて産んだ息子が、一瞬で命の灯が消えたことを、未だに受け入れたくないのだろう。


僕は、何も言えなかった。悔しくて、この現実が嫌で、身体がどうかなってしまう。

ポツリと足元に一滴の雫が垂れた。見てられない。彼女の姿をこれ以上、見たくない‼︎


握っていたカバンを投げ、彼女の元へ歩み、ガシッと正面から抱きついた。以前抱いた時の、滑らかな肌の質感はなく、骨が当たりすぐに折れそうな強度だった。

だが、そんなことはどうでも良かった。僕の愛した人が、目の前で泣いている。そのような弱った彼女に夫である僕が、何も出来ないことに悔しさを感じた。僕も涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。しかし、男としてこの言葉を伝えたかった。


「僕がいるじゃないか…」


耳元で囁く。鼻声が混じり、上手く言葉に出来ない。


「僕が、夕美(ゆうみ)の側にいる‼︎ 君は僕が愛した最愛の女性なんだ‼︎ だから…君の弱っていくそんな姿は、見たくないんだ…」


うわぁっと、大声で響き渡るように泣いた。自分でも歯止めが利かなかった。もう、どうだっていい。このまま、彼女と涙が流れ尽きるまで泣いてしまいたい。彼女も僕の背中に手を回した。真ん中にいる息子がまるで「泣かないで」と言っているみたいだ。それが余計に心にグサリと刺さった。


夕陽は沈み、辺りは薄暗くなろうとしていた。薄っぺらいドアの向こうから声が聞こえた。僕達は泣き止み、心を落ち着かせ耳をすますと、徐々に声が大きくなっていく。


「父さん、母さん、何処にいるの?ここにいるの?居たら開けて。」


父さん、母さんと呼ばれ、僕達は耳を疑った。まさか、息子か?いや、彼は死んだ。5年前に、事故で他界したはずだ。現実に死人が戻ってこれる訳がない。僕の頭の中にクエスチョンマークがひたすら飛び交っていた。


(まもる)……?守なの…⁉︎あの子が、帰ってきたの⁉︎」


彼女の顔に生気が宿り、目に力が入った。彼女は僕を跳ね除け、ドアへ走った。フラフラと立ち上がり、何度もコケそうになりながらも、ドアへと近づいていった。僕も後をついていく。彼女はドアに顔を近づけ、声の主と話した。


「守‼︎‼︎ 父さんと母さんは、ココよ‼︎ あなたが帰ってきて、本当に嬉しい‼︎ 」

彼女が叫ぶと、声の主は返事を返した。


「その声は、母さんだね。良かった。安心したよ。そうだよ、守だよ。もう、2人から決して離れないからね。僕はここにいるよ。」


声変わりしていないのか、いかにも少年っぽい感じは残っている。しかし、この言葉の冷たさはなんだろう。妙な寒気に襲われた。まだ、ドアは開いていないのに。


やがて、ドアが開き少年の姿が現れた。夜となって、明かりが逆光で暗くて、全体の姿を捉えることは出来ない。

しかし、目玉はギラリと僕達を睨んでいたように思えた。


「ただいま、父さん。母さん。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ