抱えきれないほどの花束を
今でも鮮明に思い出すことができる。
吹き抜けた川沿いの景色を。朝焼けのなかで南に向かって歩いた道のりを。
雨が降ってきた。冬にはまだ早い季節だったが、もう肌寒い。
頬に伝う水滴は、雨に打たれたためだと思い込んだ。
無意識に足を向けていた。救いの手を求めていたのは、当時付き合っていた背の高い彼ではなかった。
古臭い顔の、古臭い言動や仕草が自然と身についている妙な男だった。
一度振っている相手だが、何故か無性に会いたくなった。
そんな家主を表現するかのような建物の前で立ち止まる。
何にも考えず、その玄関前を見つめた。曇り空を見上げた。
仰ぎ見てどれほどの時間がたっただろうか。
駆け寄る足音を耳にした。そして静かに歩いてくる男が泣いているのを確認して、私は笑った。
最初から変人全開だったよ!
無口気味なのにおかしな動作で失笑を誘ってたっけ。
好きになっては振られてばかりの印象が強い失恋男。
でも人柄が良いのはすぐにわかったから、お友達として付き合っていこうって思ってた。
あたしに告白してきたときも、恋人って柄じゃない気がしてごめんね、って断っちゃった。
そんな軽い考えは違和感に変わっていく。
じわじわと、でも確実にその思いは強くなる。
幼馴染どうしから抜けられなくて、なんとなしに別れたあいつとの間を取り持ってくれたとき、自分のことのように懸命だった。
しまらないにへら笑いでも、その目の奥はへらへらとは無縁なんだよね。
そして違和感は後悔だっていうことに気付いたとき、あの人はすでにあたしから一歩引いていた。
体育館裏で黄昏る変人に会いに行く。どうしてもその顔が見たい。
稀有な美人さんといるあの人を見たとき、最初の嫉妬が胸を焦がした。
その気にさせておいて、ひどいヤツだ!
ぽちゃっていう代わりの言葉で自分を慰めてすごす日々。
それでさえ目を逸らせないほどの大きい骨盤は、うちにとって忌避すべき部位だった。
デブって罵られたこともある。それは男の子だけではなく同姓からも言われていることに気付いていたけど、本当のことだし気弱だから言い返せない。
それでも好きな人ができた。同じ部の先輩だった。
不細工な自分を責めるばかりでばかりで行動できなかったある日、おかしな男の子と出会った。
隣でおねむしていた同級生は、うちをまじまじと観察して、「ブスとは思わん」ってはっきりと断言したんだ。
体が熱くなった。何かの啓示よねって勘違いするくらい、一瞬でその気になった。
何度も失敗していたダイエットの後押しをしてくれた。
一緒に買い物、一緒にご飯。
異性として相手をしてくれる唯一の同級生は、先輩と仲良くなるうちの様子をいつも近くで見守ってくれていた。
背中から感じる心強さで前へ出ることを覚え、学校でも素の自分でいられるようになっていく。
加速度的に周囲の見る目が変わる。
うちを見つけてくれた人は、そばにいながらも淡々としていつも通りだ。
たどりつきたい相手は誰なのか、目を閉じれば瞼に残るのは誰なのか。
触れたい相手は今日もにへらと笑っている。
「ほら、あそこで立っている。似合いもしない花束を三人分抱えているのがそうだ」
「あははは! 抱えきれてないじゃんか、もう落としそう」
「いつも通りのへらへらでほっこりするよねえ」
吐く息が白い。静かに降り注ぐ粉雪は、クリスマスイブとしての最高の演出になっている。
真っ先に飛びついていった小さい子を抱きしめた男は、花束を落として挙動不審になっていた。
待ち合わせ場所は古いアパート前の私有地なので、変な動きをしようとも問題はない。
問題は、冬になっても未だ妾である私の立場だ。
落とした花束を拾っている。母性本能豊かな白い子がそれを手伝っている。
賑やかな声ではしゃぐのは、小さい子のものだ。
かけがえのない奇人変人は前後から抱きつかれてもんどりうっていた。
混ざりたくなってそこへ飛び込む。曇天の黒い空が見えた。
奇妙な三位一体の関係だが、私は幸せだ。