淑女が目指した光の在り処
帰りの電車に揺られる三つの体と四つの魂。物理上僕は揺られていないという事になるかもしれないけれど、そんな事は瑣末な事だ。
窓際に座る川奈さん。その隣で、川奈さんの肩を枕変わりに眠る凛ちゃんが居て、正面にはイヤホンを嵌めて蹲っている五和さんが居る。なんか聞こえたぞあれ絶対お化けの声だろ絶対そうだろ二度とあんな場所行くか絶対行かない。と、お経みたいに呟く様は、小学生の時に流行ったおまじないを唱えているみたいでどこか愉快だった。
でも流石に、そんな五和さんの隣に座るのは気が引けて、僕は船を漕ぐ凛ちゃんの隣に立ったままで居た。
「そういえば」
ふと、気になった事を思い出して口を開く。
「どうして川奈さんは、大光司さんが養子だったって、知ってたの?」
川奈さんが登場した場面からして、あの話は聞いていなかったはずだ。
当時は瑣末な事と思い流していたけど、一段落したら途端に気になってしまった。
「ああ、それはな」
凛ちゃんの頭を撫でつつ、川奈さんは答える。
「大光司綾祢が依頼に来た時、私立の学校に通い始めたのは中学の頃からだと言っていたからだ」
「え? そんな事が理由?」
殆ど当てずっぽうじゃない?
川奈さんはひとつ嘆息し、どうせ説明するなら一から話そう、と、人差し指を立てる。
「まず、最初に事務所に来た時、彼女は扉にぶつかった。あれは、扉をすり抜けられると思っていたからだろう。あの事務所は霊磁場が高い、特殊な環境だからな。霊体では通る事が出来ないんだ。……同時に、すり抜けようとしたという事は彼女に、自分が死んでいる自覚があったという事にもなる」
やっぱりその段階から疑ってたんだ、と、川奈さんの猜疑心に呆れた。
「次に大光司綾祢は、土砂崩れに巻き込まれた時までは一人称で話していたにも関わらず、『大光司綾祢は発見された』と、その場面だけ三人称になった。発見されたのが他人だった事を、言外に伝えていたわけだな」
よく覚えてるな、と関心もした。僕は内容だけ聞いて、殆ど流しちゃってたのに。川奈さんは物覚えが悪い、という印象は、払拭すべきものだな、と思った。
「これらから、大光司綾祢――木島優莉は既に死んでいるのでは、と疑っていたわけだ」
そして、と、凛ちゃんの頭から掌を離した。寝返りを打つように身を捩じらせた凛ちゃんはしかし、再びすやすやと寝息を立てる。何時間も憑依させていたから、疲れたのだろう。
「次に彼女が生まれ持っての大光司綾祢では無く木島優莉だと判断したのは、さっきも言った通り、彼女が私立の学校に通い始めたのは中学の頃からだと言ったからだ」
ぱっと聞くと因縁じみた言い分にも思える。
でも、川奈さんなりの推理がそこにはあった。
「財閥の一人娘。普通ならば小学校から私立に通わせるだろう。放任の自由主義を謳うのならば、中学から私立に通わせる、というのも筋が合わない。だから、彼女は養子で、大光司綾祢となったのは中学生になる前後の事なのではなかろうかと判断した」
成る程。理詰めしきれていない感覚はあれど、判断材料としては確かに合理的だ。
「ケイに調べさせたら、養子の一人が死んでいる時期もその頃だった。それが木島優莉だったというわけだ。本物の大光司綾祢が死んだため、身代わりとして木島優莉が死んだ事になった。……一度の人生で二度も死ぬのだ。冗談にしては笑えないが、大光司財閥がそうせざるを得なかったのなら、私にどうこうする資格は無い」
「でも、そういうのって犯罪じゃないの? 告発すれば一発でアウトな気がするけど」
「そうするわけにはいかない事情があるんだ」
苦虫を噛み、それを無理矢理飲み込むような表情を浮かべる川奈さん。
「賠償金が請求されようと代表が捕まろうと、財閥自体が残れば問題は無いだろう。しかしそうはいかない。問題が起きれば責任として、財閥解体の危険も生じる。……大手の財閥が潰れると、連なる企業も潰れ、失業者が世に溢れ、下手をすれば経済情勢にまでダメージが及ぶ。大光司財閥にそこまでの影響力があるかは不明だが、少なからずの可能性は秘めているだろう」
「つまり、世のための悪、って事?」
「弁護するとな」
大光司財閥に私欲が無ければの話だが、と川奈さんは付け足す。でも確かに、そうなったら告発した正義が悪という見方をされてもおかしくない。
「それに、大光司財閥が潰れれば、木島優莉と木島華が育った孤児院も無事ではなかろう」
その言葉を留めに、僕は何も言えなくなった。
正義やら大義名分によって守られた悪。それは悪でありながら、多くの人を救っているといっても過言では無い。ある種の正義。
間違っているからこそ人間らしいのだ。
それが僕の持論。
間違えているから正しいのだ。
それが川奈さんの持論。
では、大光司財閥はどうなのだろう。大光司綾祢が、木島優莉が庇ったあの鳥籠は、いったい、何を是としているのか。僕には解らない。
「あとは、黒沢というメイドもヒントだったぞ」
気付かなかったか? と、僕に問う川奈さん。
「なにが?」
解るわけないじゃん。僕だよ?
「大江という執事も、事務所に来た大光司綾祢も、あのメイドを黒沢と呼んだ。しかし、屋敷に居た大光司綾祢は、まだ不慣れだったからだろう。彼女を黒沢と呼んだんだ。本当の読み方は『クロザワ』で、入れ替わったばかりだった新しい大光司綾祢は『クロサワ』と呼んでしまったんだ」
「……めざとい……」
あまりの細かさに気が遠くなった。
「ところでなんだが、お前はきっと勘違いをしているぞ」
ふと、悪戯っぽい笑みを浮かべて、川奈さんが僕を見た。
「なにを?」
勘違いなら僕の十八番だと思う。最近よくあるからね。
「大光司綾祢が、いや、木島優莉が、あの家を悪く思われないように庇った理由だ」
「そんなものがあるの?」
大光司さんの元々の性格とかじゃないの? 大光司さんは呪わない、的な。
「あるさ」
どこかおかしそうに頷く川奈さん。さっきまでしていた神妙な表情が晴れている辺り、真面目な話ではないのかもしれない。
「その黒沢が、大光司綾祢を思いとどまらせた張本人なんだ」
言われてふと、門の前で黒沢さんが呟いていた事の内容を思い出す。
黒沢さんは、青葉栄太同様、大光司綾祢の、いや、木島優莉の夢を知っていた。
「黒沢華。ケイに調べさせた経歴によると、大光司財閥に引き取られた養子でありながら、中学の頃からメイドとして働いていたらしい。引き取られる前の名は木島華。……本当に気付かなかったのか?」
え、なんでここで呆れたみたいな顔をするの? ちゃんと解ってたよ? 黒沢さんが華さんだってちゃんと知ってたよ?
でも、改めて言われてようやく、成る程、と思った。
大光司綾祢という人間になった木島優莉は、鳥籠の中に閉じ込められながらも大光司財閥を恨んだりしなかった。自由になりたいと言いながら、それでも恩義があるからと、恨まず、あまつさえ感謝までしてみせた。
彼女が庇ったのは大光司財閥じゃない。黒沢さんだ。そこを納得出来た。
でも、まだ解らない事がある。
「大光司さんはどうして、部屋のぬいぐるみに、自分達の前の名前を付けたんだろう」
部屋に置いてあった唯一の蛇足。二体のぬいぐるみ。優と華。大光司さんと黒沢さん。
大光司綾祢を演じてみせていた木島優莉が、どうしてそんなものを部屋に置いていたのか。
この問いに答えは出ないだろうな、と高を括っていたら、
「それもまた、彼女の願いのヒントだった」
川奈さんは答えた。
「誰かに気付いて欲しかったのだろう。自分ではなくなった自分に。変わってしまった自分を、見破って欲しかったんだ。彼女なりの、悲鳴だよ」
だから大光司さんは、見破ってくれた青葉栄太に恋をして、彼に着いて行こうとしたのだと。
だから黒沢さんは、逃げ出した大光司さんを咎める事なく、むしろ彼女の自由を願っていたのだと。
そして、それを部屋に置く事を許した大光司財閥もそうだ。大江さん然り、彼女の部屋に入り、ぬいぐるみを見る機会はあっただろう。
大光司さんが木島優莉だった事を知る人物ならば、誰にでも聞こえるようになっていた悲鳴。
黙らせるような事をしなかったのは、そのぬいぐるみを処分しなかったのは、もしくは改名を要求しなかったのはなんでだ?
――大光司財閥にも罪悪感があり、せめてその悲鳴だけでも認めていたからだとしたら?
「……ああ、なんだこれ」
話が終わった後に呟いた。
木島優莉は死んで、大光司綾祢として生まれ変わった。
自由を奪われた末に、逃げ出そうとして今度こそ命を落とした。
そんな結末なのに。
そういう悲劇なのに。
「……すっきりしないなー……」
誰も恨めない。恨まれていい人が居ない。だから、すっきりしない。
でも、呟く言葉と裏腹に、何故か胸にもやもやは無くて。
僕の呟きを聞いた川奈さんは鼻で笑って、凛ちゃんの髪を手櫛で整え始めた。
「そういうものだろ。現実なんて」
言いつつ窓の外に視線を逸らす。手は相変わらず凛ちゃんの頭の上。
しかし、
「いや」
自分の言葉を自ら否定するように、川奈さんは呟いた。
「存外、そうでも無いらしい」
その声から、表情が伺える。川奈さんは今、微笑んでいるのだな、と。
何かあるのかと、僕も川奈さんの視線を辿った。
車窓の向こうで、二羽の鳥が飛んでいた。
彼らは電車に追い越されて、瞬く間に姿を消す。
夕景に染まる外に、行く手を阻む物が殆ど無い、呆れる程広大な自然が広がっていた。
ここまで読んでくれた方が居るかは不明。しかし、それでも僕はあとがきを書く!
読んでくださったかた、激烈感謝です。ありがとうございます。
さて、作品としてはミステリーということになっていますが、ミステリーファンからすれば「なんじゃこりゃ」ですよね。解ります。十戒も七命題も二十則も、犯せるものは可能な限り犯しましたからねっ! これはミステリーではなくペテンですよ!
僕ってば叙述トリックやミスリードが大好きでして、つまるところクリスティーを敬愛しておりまして、しかしミステリーを書く能力が未だ備わっていなかったため、こうなりました。感情的な、超常的でありながらも現実的なミステリー。そういうのが書きたかったんです。まぁ、おかげでミステリーからかけ離れましたがね……。
でもぶっちゃけ、僕の中では一番気に入っている作品だったりします。公募用に十五作品以上。携帯小説では、短編を含めるとなんやかんやで百以上の作品を書いています。その中で、一番気に入っている作品です。
しっかーし、気に入っていれば認めてもらえるなんてはずもなく、大量に溢れ出る妄想を消費するためには、不人気順に終わらせていくしかないじゃないですか! 僕とて褒められたいんです! 少しでも人気な作品を残したいんです! ……お気に入りとか、感想とか評価とか貰えれば、これのさらなる続きも書けるかも……? なーんちって。なはは。
なーんて悲鳴は、大抵の人は聞いていないだろうな、と高を括っております。だから好き勝手書きました! へへん!
しっかし一日辺り三千文字以上の速度で執筆してるのに妄想が間に合わないって、もう笑うしかないですよねwww
最後に、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
願わくば、根谷司の別作品でも出会えたらと切に願います。
ではっ!




