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ある探偵と僕の話  作者: 根谷司
鳥篭の呪い
15/19

淑女の呪いと鳥篭と

 凛ちゃんが帰って少ししたら川奈さんが戻ってきた。情報屋たる五和さん協力の下、下調べは済んだらしい。翌日、大光司さんが事務所に来たら全てを伝えると言っていた。


 その翌日になり、川奈さんが事務所に来て、昼になった。でも、まだ大光司さんは来ていない。


「遅いね」


 玄関を見つめながら言うと、川奈さんは気だるげな様子で、事務椅子の背もたれに身を埋めた。


「妥当だろう。大光司財閥にはあれだけの監視があった。抜け出すにしろ容易ではあるまい」


 気丈に振舞ってはいるけど、川奈さんも動揺しているらしい。僕が言ったわけでもないのに、デスクの上を片付けるような感じの仕草をしていた。


「何をしているの?」


「見て解らんのか。片付けだ」


「うん。まあ、僕には机の上の物を棚の中に無理矢理押し込んでいるようにしか見えないのだけど、どういう趣向の片付け?」


「臭い物には蓋、っという趣向の片付けだ」


 ああ、臭いものという自覚はあったのか。


 といっても、川奈さんのデスクの上に散乱しているのは書類だのなんだのばっかりだから、特に匂いはしない。僕が幽霊だから感じていないだけという可能性もある。


 こういうわけで(どういうわけだろう。自分でも解らない)緊張している様子の川奈さんは、どこか微笑ましく思えた。だって、普段はだらしなくて、そのくせかっこつけたがりのくせに大事な所で抜けていて、全部を自分で台無しにしてしまうような人が川奈さんだから。


 かっこつけていない、というのが、僕から見たら珍しく思えた。


「気合が入ってる証拠かな?」


 なんとなく呟くと、川奈さんは鼻で笑った。


「気合ならばいつも入ってるだろう」


 僕はそうは感じなかったけど……。営業モードの時は大抵機械的だし。


「ただ、いつも以上に、気合を入れてはいるかもしれないな」


 そう言いながら遠い目をする辺り、ただ事故の解明に挑むというだけではなさそうだ。


「いつも以上って、どうして?」


 聞くと、いくらかの沈黙が続いた。数秒だったかもしれない。もしかしたら数分経ってたかもしれない。時計を確認していなかったから解らない。


「大光司綾祢はどこか、私に似ているような気がしたのだ」


 でも、その沈黙の終わりを紡いだ言葉には、現実味が無かった。


「似てる? どこが?」


 それは大光司綾祢という人物に失礼な気がする。


 僕は川奈さんの短所を知っている。何回も見てるし、何回も言ってる。その短所については多分、川奈さんは自覚しているだろう。


 その短所は、大光司さんには無いものだ。


 この事務所と違って大光司さんの部屋は綺麗だったし、丁寧な振る舞いだって優しく自然。その目力故にどうしても威圧的になりがちな川奈さんにとってはどうしようも無い違いがある。


「似ているさ」


 逆に僕は、川奈さんの良い所も知っている。


「例えば、境遇とかがな」


 そう、例えるならばお節介な所とか。


「幼い頃から、父上の言う事に従い修行を積む毎日を繰り返してきた私と、家柄に従い勉学に励んでいたであろう大光司綾祢。家の都合に振り回されたという点が同じだ」


 その重ね方に無理があるんじゃない? とは、言わないでおいた。だって、川奈さんの言いたい事はもう、なんとなく解っていたから。


「違うのは、逃げた私と、逃げなかった大光司綾祢。これだけの事で、全てが違うように思える。……それほどまでに重要な所で、私達は(だが)えてしまった」


 それが言いたかったのだろう。それだけが言いたかったのだろう。


 僕に伝える、というより、自分に言い聞かせるような口調だった。


 ふと、玄関がノックされた。


 川奈さんが入室を促すと、扉を開けたのは大光司さんだった。


「遅くなってしまって申し訳ありません……」


 肩をすぼめて頭を下げる。でも僕からしたら、逆にこっちが、来てくれてありがとうと言いたいくらいだった。


 大光司さんに上がってもらおうと思ってソファーから立ち上がると、その行動が川奈さんと被った。同じように立ち上がるもんだから、僕自身驚いて川奈さんのほうを見てしまう。今見るべきは大光司さんなのに。


 川奈さん。瀬野探偵事務所に勤める探偵見習い。


 霊感持ちで、かっこつけしいで、だらしなくて、お節介な彼女は、天井を突かん程に背筋を伸ばす。


「大光司綾祢。お前は言ったな。彼が見せたかったものを知りたいと」


 見据える。


 その先に居るのは、淑女然とした立ち姿の大光司綾祢。


 営業モードに切り替えが出来てないけど、それを咎める人間は居なかった。


「何故知りたいという言い回しをしたのか、あらかたの見当はつく。だが、そんな事は知らん」


 邪魔するモノは切って捨てる。そう断言するような瞳でもって、川奈さんは続ける。


「――君に見せたいものがある。一緒に来てくれ」


 余計な事までしでかす。


 これは、川奈さんの短所であり、長所だと僕は思う。


 不安げに揺れる大光司さんの瞳。そうさせてるのが川奈さんである以上、今の言葉は恫喝(どうかつ)と変わらない。


「それは、出来ません」


 俯く淑女。前髪が垂れて、その瞳が隠された。


「見たいとは思わないのか?」


 卑怯にも思える、尋問じみた問い。見たくないはずが無い。彼女が唯一望みえた自由。それが、彼との駆け落ちだったのだ。駆け落ちしてまで一緒になって見ようとした景色。簡単に諦められるわけがない。


 なのに、


「それは、出来ないのです」


 震えた声で、大光司さんは言うのだ。


「私は大光司財閥の娘。生まれもって与えられた様々な権力と引き換えに、自由を失いました。……それは、本来であれば妥当な扱いだと思うのです」


 まるでそんな事が当たり前みたいな口調で、受け入れたとか、そういう次元じゃない、もっと明確な諦めを言葉に乗せて。


「にも拘らず私は、自由を望んでしまった。今の状態は、私に相応しい罰です」


 思わず、拳に力が入った。


 彼女の言いたい事は解る。普通の人が持ち得ない権力、財力、その他諸々の物を生誕と共に与えられた彼女は、生まれながらにして不平等な存在だった。だからこそ嫉妬やら媚びるような扱いを、散々受けてきたのだろう。その末路として、自らにはそれらが相応しい罰なのだと彼女は考えた。


 自分という人間に罰を与えるべく、その自由を奪った。


 ……おかしくないか?


 そんなの絶対におかしい。


 何がというのは思い浮かばない。でも、何かが決定的に間違えている。大事な所で、大事な物を間違えている。


「……私は、この街の外には、出られないのです」


 いかれてる。


 そう思い込んでる大光司さんも、そんなものを強要している家柄も、とことん腐っている。


 大光司綾祢という人物から大光司綾祢という人格を取り上げて、人形みたいになった外面だけで生きていけ、なんて、死んでるのとどう違うんだ? そんなものを強要するなよ。そんなものを受け入れるなよ。


 だから、


「大光司さん」


 そんな彼女に、僕が何を出来るだろうか。ずっと、それを考えていた。


 俯いていた彼女の震える瞳。それをしっかり見つめながら、僕は言う。


「僕が貴女を誘拐します」


 死んでいるからこそ出来る事。それは、開き直って罪を被る事だ。体が無いから逮捕もされない。その気になれば、犯罪なんていくらでも起こせる。




 大光司綾祢誘拐の算段はこうだ。


 まず、今のまま大光司さんを外に連れ出す。目的地への電車に乗って普通に移動するだけだ。


 その後、僕が大光司さんの家に電話する。大光司綾祢は誘拐されたという事にすれば、大光司さんが長時間外出しても、不条理であれど不自然では無い。


 目的地にて真相に辿り着いた後、川奈さんがもう一度、大光司さんの家に電話する。誘拐されたが自力で逃げ出した大光司さんを保護したという電話だ。


 誘拐したという罪は全て僕が被れば、なんら問題は無い。僕は幽霊だからね。警察に追われても捕まらない。


「でも、そんな事……」


 僕が幽霊であることを伏せつつ説明したら、やはり大光司さんは渋った。


「大丈夫だよ。警察の人には知り合いも居るから、事情を説明すればなんとかなる」


 適当に嘘ぶいて誤魔化す。嘘に対する罪悪感が無いわけではないけれど、状況が状況だ。今はこれくらいしか思いつかない。


「じゃあ、これ、手錠変わりね」


 なんとなく形式に倣って、手錠もどきをする事にした。とはいえ外で手錠なんてしたらそれだけで怪しまれるから、大光司さんの右手首に、事務所にあった腕時計を着けただけだ。本当に手首に巻いただけの動かない腕時計。でも、大光司さんの人格上、これがあれば逃げ出せないという事が容易に伺えた。ある意味で本物の手錠だ。


 その腕時計を巻いたのは僕なのだけど、彼女の手首に触れる事が出来た。僕が触れるという事は、彼女も相当な霊感を持っているみたいだ。


 触れられるなら話が早い。僕は彼女のフリースの裾を引っ張った。


「じゃあ、行こう、川奈さん」


「ああ、そうだな」


 無表情で頷き、どこか無機質な足取りで事務所から出て行いく川奈さんに僕らも続く。


 時間は昼過ぎ。雑な作りのこの街であっても、人通りが増える時間。


「少しの間我慢してね」


 言いながら大光司さんの袖を引く僕。無言で歩く川奈さんと大光司さん。すれ違う人々は何事も無いかのように通り過ぎていく。当たり前だ。僕が大光司さんの手を引いているとはいえ、傍から見れば川奈さんと大光司さんが歩いているようにしか見えないはずだから。


 大光司さんの家の反対側。つまり街の北側に駅がある。僕も殆ど使った事は無いけれど、中学の時の修学旅行だのなんだので、全く使った事が無いわけでは無い。どういう場所か、とか、どこにあるかくらいは解る。何度か街のメインストリートを通ったけれど、その間は、大光司さんの知り合いに見つからないか不安だった。


 でもそれは杞憂と化し、何事も無く駅前へ。


「では、切符を買ってくる。少し待ってていてくれ」


 行って、僕らを置いて駅内っへ向かう川奈さん。それを見送って、少しの間黙っていたら、大光司さんの腕が震えていることに気付いた。


 大光司さんのほうを見たら、彼女の顔は、血が止まってるんじゃないかと思う程に青ざめていた。


「……やはり、ここが駅なのですね」


 虚ろに呟かれた言葉。でも、それはあり得ない言葉だった。


 この駅は、フェンス越しといえどホームも見えるようになっている。少し大きめの駅だけど、入り口のすぐ前には改札口もあるため、どこからどう見ても駅でしかない。間違っても、デパートに見える外観では無かった。


「そうだけど、どうしたの?」


 言ってから、川奈さんと同じように、僕も敬語じゃなくなっている事に気付く。取り繕うか迷ったけど、今更だろう。大光司さんもあまり気にしてないみたいだから、別にいいかな、と思ったのもある。


 今は、言葉遣いより、大光司さんの体調が心配だった。


 見る見る青ざめていく大光司さん。もはや血が止まっているどころではない。全身の血が抜け切ってしまったんじゃないかと思うほどの蒼白。震える瞳と、寒そうに痙攣(けいれん)する唇。気分が悪そうだから、無理に引っ張っていた手を離す。


 すると大光司さんはそのまま駅を数秒見つめてから、俯いた。


「……無理、みたいです」


 彼女は言う。


「どうしたの?」


 顔色を伺いつつ聞くが、大光司さんは首を横に振った。


「……私は……」


 意を決した様子で顔を上げる。見つめる先はやはり駅だ。


 でも、顔を上げた瞬間に、再び、彼女の顔は絶望に染まる。


 何かあるのか。そう思って、僕も駅のほうを見た。


 ガラス張りの受付にて、川奈さんが切符を購入している。機械のじゃないという事は、新幹線で移動するのだろうか。


 人通りも多い。でも、誰一人としてこっちを見ている人は居ない。ともすれば大光司さんが知り合いに見つかってしまったという事では無さそうだ。


 でも、だとしたら何が、彼女にこんな顔をさせているのだろうか。辺りを探ってみても、僕程度の観察眼では見極められそうになかった。


 もしかしたら、大光司さんは本当に体調を崩しているだけかもしれない。


 事実彼女は、夏にそぐわない服装をしている。暑くなって体調を崩す、なんて、十分あり得る事だ。


 ……あれ?


 一抹の違和感が脳裏に滴る。


 波紋を立ててそれが広がる。小さかった間隔が徐々に大きくなり、気付けば確固たる異物感に変わっていた。


 切符の購入を終えた川奈さんが、仏頂面を引っさげてこっちに戻ってくる。


 どうしたのか、と首を傾げながら待って、ついでに喉までこみ上げていた異物を押し戻そうとしてみた。でも、結果は逆効果。余計に気になって、仕舞いには胸が張り裂けそうな感覚にまで襲われた。


 この感覚はなんだ? どこから来た違和感だ?


 忘れられないなら掘り下げよう。そう思った矢先。目の前にまで来ていた川奈さんが、二枚の切符を手に持ったまま、言った。


「大光司綾祢はどこに行った?」


「……は?」


 一瞬意味が解らなかった。


 しかし、異物感と引き換えに焦りに似た感覚に見舞われる。


 振り向く。


 そこに、大光司綾祢は居なかった。


 人通りは多い。しかし、それに紛れて隠れられるような場所は無い。どこか遠くへ、僕が目を話している数秒のうちに、行ってしまった。


 故意でも無ければ不可能。むしろ、故意に隠れようとも、そう簡単には逃げ出せない環境下で、彼女は姿を消した。


 どうして? どこに、どうやって? いくつもの疑問が頭を過ぎって、同時に思考の海に沈んでいく。


 歩き出す。彼女の姿を探して。


 走り出す。彼女の背中を追って。


 でも、大光司さんは居なかった。


「手分けして探そう。まだそんなに時間は経っていないはずだ。事務所で落ち合うぞ」


 駅付近をある程度捜してから、川奈さんはそう言って、僕とは違う道を行った。その顔には焦りが伺えた。もちろん僕だって焦っているけれど、それ以上に混乱していた。


 解らない。


 好きになった人のために駆け落ちまでした勇敢な人が、この場面でどうして逃げ出す? なんで逃げ出す必要があって、なにから逃げなきゃいけない?


 解らない。


 僕に罪を被せたくなかったのか? だとしたら駅まで着いてこないはずだし、共犯にしたくないならそもそも瀬野探偵事務所に相談しに来る事も無かったんじゃないか? だとしたら、逃げ出す理由とか、意味とか、微塵も無いはずだ。


 解らない。


 この期に及んで、どうして不自由を選択する? たった一日自由になって、それで全てを知れば、彼女の願いは叶うはずだ。彼が見せたがったものを見る事が出来たなら、それで満足出来るんじゃないの? それは所詮、僕の希望的観測でしか無かったって事か?


 十分。二十分。三十分。


 時間と景色だけが流れていく。無機質なビル郡。廃れかけた商店街。雑なビジネス街に、住宅街。あすなろ公園近くまで来て、体内時間でおおよそ一時間が経過していた。でも、大光司さんは見つからなくって、僕は一旦、事務所に戻る事にした。


 すると事務所の入り口で、川奈さんが待機していた。


 息を乱しながらも平静を装って、扉に寄りかかっている。


 そして、


「来い」


 一言添えて、階段を下りた。


 しかし、その足は二階で止まる。


 呼び鈴を鳴らす。


「……ケイ。仕事だ」


 言うと、ゆっくりと扉が開く。


 五和さんの嫌悪するような目が最初に見えた。


 開く幅が少しずつ大きくなり、五和さんは廊下をキョロキョロと伺ってから、


「入れ」


 と告げる。もしかして僕が居るかどうかを確認したのかな。だとしたら入って欲しくないよね。と思って、僕は外で待機する。川奈さんと五和さんは部屋の中へ。


 しかし、僕が立っていられたのは数秒だけだった。すぐに、やっぱり気になって扉を開けようとする。しかしその手はドアノブをすり抜けた。


 ああ、そっか、と自分の失態に気付く。僕は幽霊で、基本的には物に触れないのだ。瀬野探偵事務所が特別なのだという事を忘れていた。


 僕は改めて気を取り直し、扉をすり抜けて中へ入った。五和さんにはどうせ、僕が見えていないからね。


 中はコードだらけだった。パソコンは五台確認出来る。キーボードまで数台あるのだけど、あれってなんの意味があるのだろうか。よく解らない。


 ベッドもあるにはある。という事はここを寝床にしてるみたいだ。でも、そのベッドの上にさえコードが敷き詰められていた。五台のパソコンっていうのは確かに多いけど、床がこんなに成るほど接続が必要なの? パソコンを持っていないから解らないけど、多分要らない気がする。


 とにかくメカニックに埋め尽くされた部屋だった。あえてこういうコーディネイトにしているのかもしれないけど、だとしたら、少しばかり人格を疑う。というかセンスを疑う。


「で、今回は何を調べればいい? 昨日も随分と調べ物しただろ?」


 壁際にある数台のパソコン。それの真ん中に席取り、五和さんは問う。


 思えばそうだ。川奈さんは昨日も、ついでにこの前も、この情報屋で情報を買っている。今更何を聞こうと言うのだろう。それより大事な事が、今はあるような気がするのに。


「大光司財閥の養子。それに大きな動きは無かったか? 例えば、事件事故に巻き込まれたとか、行方不明になったとか」


「ちょい待ち」


 高速でキーボードを打ち鳴ら五和さん。画面が次々に切り替わっていく。


 でも、どうしてこのタイミングで養子? 大光司さんとどう関係しているのだろうか。


「養子の人数は五人」


 情報を見つけたらしい五和さんは言った。


「大光司綾祢が生まれてから四年に一度のペースで養子を取ってる。ちなみに女が三人男が一人」


 淡々とした口調。次いで画面が切り替わる。


「四ヶ月前に一人が入院したみたいだ。保険会社が動いてる。入院の理由はもみ消されてるみたいだなでも、一ヵ月後に死んでる」


 ……は?


 無機質な部屋に溶け込むような口調で、冷たいとさえ思う程無感動に、その言葉紡がれる。


 しかし、それを聞いた川奈さんは、成るほどな、と、関心するように呟いた。


「まんまと騙されたわけだ」


 嘆息。にじみ出るのは悲嘆だった。自嘲気味に釣りあがった唇が、何に対するものなのか、嫌悪さえも込めているように見える。


「ケイ。一時間前、私が外出した時の映像を見せろ」


 監視カメラの映像。そういえばそんなものもあったか、と思い出しつつ、僕も画面を覗き込む。移っているのは、川奈さんが階段を下りていく姿だ。


「昨日の三時前後は」


 言うと、操作に応じて画面が変わる。しかし、映し出される映像は同じ場所を示していた。つまり、この部屋の前だ。三倍速で一時間分程を流し見たけど、何も映っていない。


「……一昨日の昼ごろ」


 川奈さんの支持通りの画面に変わる。


 三倍速は四倍速へ。二時間分を流し見る。最後のほうで、川奈さんがここに来た場面が映し出された。テレビの接続を頼みに来た時だろう。




 ……どこにも、いつにも、大光司綾祢の姿は映っていなかった。




「これが真実か……」


 川奈さんが呟く。


 でも、それを理解する事が出来なかった。


 受け入れられない。受け入れたくない。


 いつからだろう。僕の思考は、いつのまにやら停止していた。


 でも、






「――大光司綾祢は、幽霊だ」






 全てがひっくり返る感覚が僕を襲う。


 この世界は、思わず呪いたくなる程に、くそったれだ。

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