淑女の屋敷としきたりと
大光司さんの家がどこにあるのか。というのは、川奈さんが事前に調べていたらしい。テレビの接続をした後、つまり僕が散歩をしているうちに、下の階で五和さんに調べてもらったとか。そういえば、彼は情報屋だったっけ。
大光司財閥。この街は南に行けば行く程作りが建物が古くなり、田舎になっていく。その行く末は田園風景なのだが、豊かな、というよりも、物寂しい雰囲気の田畑だ。まるで、それくらいのものだろうと無いよりはマシだろう、と用意されたんじゃないか、と、思ってしまう。
田園風景の中で異質を放つ、城壁みたいな塀がある。長くて大きな石の塀。それの入り口たる門は鉄柵になっていた。錆一つ無い綺麗な鉄。もしかしたら銀なのでは? なんていう馬鹿みたいな妄想もしてしまった。そんなご立派な異世界ゲートの向こうあるのは、まさしく別世界。
媚を売るみたいに腰が低いヤシの木が数本立ち、トゲトゲしくも敵意の無さそうな植物達が道を指し示す。丸い石像らしきものは灯篭だろうか。だとしたらライトアップされた夜も綺麗な事だろう。おおよそ百メートル先にお屋敷があるのだけど、庭園というべきか、なんというべきか、その屋敷に辿り着く手前には小川と橋なんかも用意されている。
「死角にはプールでもあるんじゃない?」
なんて、冗談めかして言ってみたら、
「いや、あるらしいぞ。池なら」
「……ああ、さいですか」
本当の意味で住む世界が違うんだな、と、改めて実感しました。世界って酷いやつだな。なにもここまで貧富の差を生まなくても良くない?
なんとなく妬ましく思えて鉄柵をすり抜けて勝手に入ろうとしいたら、おでこが策にぶつかった。どうやらこれはすり抜けられないらしい。霊磁場が高いのかしら?
「こういう富豪層の自宅には、割とよくあることだ」
僕の行動に呆れたのか、川奈さんはため息を吐く。
「富豪というだけでも十分、妬まれ恨まれの理由になるからな。そういう感情が集まれば、霊磁場も上がる。生霊、とも言うが。それかもしれない」
とのことだ。でも、言ってる川奈さん自身が上の空だった。ことここに来てからはずっとこんな感じで、何かを考えているように見える。しかしそれがあまりにも真剣だったから、逆に聞きづらくて触れずに居たのだ。
「しかし……」
門の前に立ち尽くしながら、辺りを見回す川奈さん。
そして何かに気付いて、ふと、手を口元に当てた。調度、唇を隠すように覆いかぶさる。
「インターフォンが無いな。どう呼び出せばいいか解らん」
成る程、言われてみれば確かに、それらしきものが見当たらない。あるのは門の両側に、電柱に紛れるように擬態した柱だけだ。
しばし考える。でも、僕にはインターフォンを押す以外で、家を訪ねる作法を知らない。友達とかなら電話で呼び出すとかも出来るだろうけれど、生憎僕らは大光司さんの携帯番号も知らない。つまり手詰まりである。
しかし、状況は思わぬ形で一変した。
『御用でしょうか』
柱の影から声がした。電子音の混じった掠れた男の声だ。声だけで、主が老人なのだと解る。
すると川奈さんは数秒の間を置いてから、
「……大光司綾祢さんと同じ大学に通っていた川奈というものです。休学された大光司さんに調べるよう頼まれていた事柄の成果を伝えに来ました。出来れば直接お話したいのですが」
「?」
世間は狭いな、と思った。まさか、こんな家に住んでいる人と、家出して自活しながら大学に通っている人が同じ大学に通っているなんて……と思ったのは一瞬で、
「もちろん嘘だが」
と、僕にだけ聞こえる声での呟き。どうしてそんな嘘を吐くのだろう。と思ったのもまた一瞬だ。こんな見るからに警備の堅そうな家で、見ず知らずの人間をそうほいほい招き入れるとは思えない。門前払いをされてもおかしくないとさえ思う。
対して門前払いさえ凌げれば、つまり大光司さんに『川奈』という名前さえ伝われば、僕らが瀬野探偵事務所の人間だと伝わる。大学での人付き合いならば、さして怪しまれずに、大光司さん本人に伝わるだろう。
しかし、
『今はご遠慮願います』
老人は言った。
「綾祢さんは不在ですか? 本人からは、あまり家から出る事は無いと伺っていたのですが」
いつの間にそんな事を聞いたのだろう、という疑念さえも一瞬で消える。これもまた嘘だな、と解ってしまったからだ。
『屋敷内には居られます』
老人は答え、しかし、と続けた。
『お嬢様はご多忙です。今はお引取り下さい』
嘘ばかり並べる川奈さんに対しては妥当な対応なのだろうけど、しかしこの電子音混じりの声が嘘を見抜いているとは思えなかった。取次ぎ、もしくは言伝であろうと、用件の概要くらいは聞くものじゃない?
「そこをなんとか出来ませんか」
川奈さんは引き下がらない。むしろ、これでどうだと言いたげな表情を浮かべ、しかしそれが声に出ないようにしたのか一度だけ喉を鳴らし、
「四ヶ月前の事故について、調べて参りました」
四ヶ月前。つまり、大光司さんが巻き込まれた土砂崩れ。これは確かに他人事では済ませられない事柄だろう。現に、柱に備え付けられたスピーカーの向こう側に、不自然な沈黙が流れていた。
僕らはしばしの待ちぼうけ。すると川奈さんは再び、口元に手を当てたまま、僕にだけ聞こえる声で言った。
「大光司綾祢は幽霊なのではないか、と、私は思っている」
と。
何を言われたのか解らなくて言葉を出せないでいる僕と、これ以上の事は言いたくない、と言外に悲鳴を上げるみたいな沈黙を貫く川奈さん。その鋭い瞳は何かを祈るように、しかし何かに怯えるように、微かに揺れていた。思えば、祈りと不安は表裏一体とも言える。祈りは不安から生じるし、不安が無ければまず祈らないだろうから。ともすれば、これらが両立するのは極めて自然な事だ。
それでも、いくらかの時間を要した上で川奈さんの言葉を理解してしまった僕は、しかし反論出来なかった。
肯定するつもりも無いけれど、したくも無いけれど、それでも、人が死んでいる事を前提にするのは倫理的におかしいと思う。証拠が無いのだから尚更だ。もしかしたら川奈さんは、この来訪で、大光司さんが出なかったら、それを証拠にするつもりなのではなかろうか。だとしたら川奈さんの人格を、余計に疑う事になる。そんな事のために、こんな場所まで来たのか、と。その下らない行動力を駆使すれば、デスクの上なんて一瞬で片付けられるだろうに、と。
それでも、
『お待たせ致しました』
時間は進む。止まる事は無いのだと告げるように、柱のスピーカーから声がした。
『お嬢様にお取次ぎします。しかし、お時間はあまり裂けない事と、監視の下になることを了承下さい』
良かった。会える。そう思った途端に、さっきまでの疑念が馬鹿らしく思えた。なにを不安がっていたんだ、本当に。
見ると、川奈さんも安堵に胸を撫で下ろしていた。多分、僕も今はああいう顔をしている事だろう。
会える。たったそれだけで安心出来てしまうという現状の異常性に気付きながらも、それを招いたのが他ならぬ僕ら自身だから責めようが無い、と自分を慰める。
大光司さんの依頼は駆け落ちした際の調査だ。大光司家の監視が付くのなら、下手な事は言えない。緊迫すべくこの場面で、口元の手をどかして薄く笑った川奈さんは、普段のだらしなさの事を知らなければうっかり好きになってしまいそうな程美しかった。
ああ、川奈さんって綺麗な人なんだな、と始めて思えた瞬間である。多分、最初で最後だろうけど。
『お入り下さい』
鉄柵が開く。自動である。門が自動ってなんなの。雨ざらしの自動ドアっていったいどうやって管理してるの?
そんなどうでもいい疑問を振り払って、歩き出した川奈さんの後に続く。ゆっくりとした足取りだが、軽そうに見える。それは、きっと川奈さんも気分が舞い上がっているからだろう。当然だ、死んでるかもと思ってた人が生きてたのだから。
でも、だとしたら。
川奈さんはどうして、彼女が死んでいるなんて思ったのだろうか。
玄関の前まで無言が続いた。そういえば、監視が付くのなら僕は自重するべきだなと気付いた。大光司さんには僕が見えるとはいえ、僕が下手に喋ったりして間の抜けている大光司さんが返事とかしちゃったら、気まずい空気になりそうだからね。今誰と喋ったの? みたいな。
「だが、監視が着くのは少々まずいな。ここまで厳重だったとは……」
川奈さんが呟いていたけど、そんなにまずい事があるのだろうか。何が? と聞こうか迷ったけど、その前に、庭園が終わってしまった。自重自重。
玄関の前に着くと再び、扉は勝手に開いた。こっちも自動ドアなの? と貧富の差を見て途方に暮れそうになったけど、そうではなく、ただ単に内側から扉が開けられただけだった。完全に手動だ。
出てきたのは、さっきのスピーカーの人だろう。シワの多い老人だった。
「先程は失礼致しました。執事を務める大江と申します」
顔やもの寂しい頭部から連想させる年齢とは見合わない程しっかりと、丁寧に腰を折る大江さん。執事さんんだってさ。結局貧富の差を見て途方に暮れたよ。
「それでは、お上がり下さい」
そして、僕らを屋敷の中に招き入れた。
広がったのは大理石の上に赤い絨毯が引かれた廊下だ。大光司財閥って石油王か何かだったの? これは妬まれもするわ。僕がすり抜けられない程度の霊磁場も発生するわ。
次に目に入ったのは、白基調のワンピースタイプの作業着にエプロンを重ね着した若い女性が立っていた。大光司さんと同い年くらいだろうか。妹さんかお姉さんかな、とも思ったけど、顔が全然似ていない。綺麗、とは言いがたいけど、造形自体は整った、可愛い感じの女性。でも、表情は硬かった。なんというか、不機嫌そうに唇を引き下げているのだ。
「この者はメイドの黒沢です」
大江さんが紹介すると、黒沢さんはぺこりと会釈した。それでも表情は変わらない。
「お嬢様のお部屋にご案内します」
言いながら、黒沢さんはさっさと歩き出してしまった。ちなみに僕ら、というか川奈さんは靴を脱いでいない。川奈さんは普段とは打って変わる整った仕草で靴を脱いで端に揃えると、それに倣い、僕も形式上同じ事をやる。幽霊が靴を脱ぐ必要って本来は無いとは思うんだけどね。
「すみません」
ふと、なぜか大江さんが謝ってきた。見ると、大江さんは苦虫をかみ締めるようにしながら黒沢さんの背中を一瞥。そしてすぐに川奈さんと向き合い、
「最近疲れているようでして、後できつく言っておきますので、ご無礼はお許し下さい」
ああ、成る程、と理解はすれど、納得は出来なかった。大江さんはつまり、黒沢さんのあの態度が接客にはそぐわないと判断し、謝罪したのだろう。でも実質僕らは客人じゃない。招かれざる客、っという意味では客人かもしれないけれど、ともかく、お呼ばれしたわけでも無い僕らのせいで人が怒られるのは寝覚めが悪い。幽霊たる僕は睡眠を必要とはしないけど、それでもだ。
「いえ、お気になさらず」
川奈さんは形式を倣うように、無機質にそう答えた。見ようによっては不機嫌な返答に思えなくもない。そんな返しじゃ、あの人は結局怒られてしまう。
でも、幽霊でしかない僕が何を言おうと、大江さんには届かない。事実、彼の目は僕を一度も見ていない。あの人は僕に気付いてもいない。もちろん、黒沢さんもだ。
振り向く事なく廊下の奥まで先行していた黒沢さんに追いつくため、僕と川奈さんは早足で追いかける。
ふと振り向くと、大江さんは玄関の前で頭を抱えていた。多分、黒沢さんの事を気にしているのだろう。あいつに任せて大丈夫なのか、みたいな感じかもしれない。
前を見ると、もう黒沢さんは居なかった。でも、川奈さんが行方を知っている。迷わず進む川奈さんに続いて突き当たりを右に曲がると、大理石と絨毯はあと数メートルで終わりとなった。反対側の通路もそうだったみたいだ。
僕らが進んだ先にあるのは階段のみで、反対側には扉があった。なんの部屋だろうとは思ったけど、大理石の廊下の途中もいくつかの扉は通過しいている。今更どこがなんの部屋かと言われても覚えられる自身は無い。
階段を上る川奈さん。二階で黒沢さんが待機していたけど、僕ら、いや、正確には川奈さんの姿を視認するや否や、再び歩き出す。少しくらい待ってくれても良いじゃないか、と、思わなくもない。
二階は一階以上に沢山の扉があった。個室が殆どらしい。
その最奥の扉を黒沢さんがノックする。
「どうぞ」
という返事は、大光司さんの声で相違無かった。
黒沢さんが無言で扉を開ける。僕らはそれに続く。
中に入ると、まず驚いたのは、廊下とのギャップだった。
大理石と赤い絨毯で固められた廊下。それは外面用の仮面ですよとでも言いたいのか、フローリングの部屋は真ん中の半分だけ、淡いラベンダー色の絨毯が敷かれていた。そのさらに中央に、瀬野探偵事務所のものよりは小さく、しかし骨董品と思わしきテーブルに、柔らかそうな一対のソファーがある。端にあるベッドもさして大きくない。いや、一般水準よりは大きいのかもしれないけれど、僕が予想していたお姫様ベッドとはかけ離れた、普通のベッドだった。
綺麗にニス塗りされた木製の勉強机が、ベッドとは反対側の壁と向かい合っていた。隣にはガラス戸付きの棚があって、中身は辞書やら教材やらばかりだ。漫画や小説は一切無い。
メイク用の物だろうか。棚のさらに隣で、勉強机とは別の机が壁と向き合っていて、鏡も立てかけてある。そんな机の両サイドには、唯一と言っていいであろうこの部屋の蛇足として、二体のぬいぐるみが置かれていた。
「こんにちわ」
大光司さんは入り口正面のテーブルの前に立ち、会釈してくる。服装はお嬢様の定番とさえ思える白のワンピースだ。ラフなシャツとジーパンよりも、やっぱりこういう清楚系のほうがよく似合う。夏という季節にもぴったりだ。
「ええ、こんにちわ」
視界から外れるように部屋の隅に退いた黒沢さんを横目に、川奈さんも会釈する。僕は幽霊だから挨拶は要らないかな、とも思ったけど、一応、大光司さんからは僕が見えてるわけだし、会釈だけしておいた。それでも黒沢さんが見ているという体裁から、会釈は返って来ない。
「こちらへどうぞ」
大光司さんの先導の元、テーブルに案内される川奈さん。そして入り口から見て手前側のソファーに腰を掛けると、僕はその斜め後ろ、事務所での配置と同じ場所に立つ。
大光司さんも正面に座ったところで、ふと、大光司さんの動きが止まった。
「……?」
川奈さんが不動を貫いている変わりに、僕が首を傾げる。あの停止の仕方は明らかに、次に何をしたら良いのか解らない、というような止まり方だったからだ。書類落とすは壁にぶつかるは、相変わらず抜けている。まさか川奈さんってば、これのせいで大光司さんを幽霊だと疑ったのでは?
「……お茶をお持ちします」
大光司さんの変わりに動いたのは黒沢さんだった。仮面でも付けているかのような表情を引っさげて部屋から出ていくメイドさんに対して、大光司さんは苦笑しつつ、「はい、お、お願いします」と、声を淀ませながら言った。ああ、忘れてたのはそれか。瀬野探偵事務所ではお茶を出す習慣とか無くて、失念してたけど、客人が来たらお茶を出す、というのは、別に不自然な事では無い。
「……」
「……」
……出来損ないのお見合いみたいな空気だった。
多分大光司さんはテンパって言葉を紡ぎだせず、川奈さんは客人が故の受けに回っているのだと思う。仕事モードの川奈さんはちゃんとしてるのにね。どうしてプライベートやお客さんが居ない時はあんななんだろうね。もはやそれがミステリーである。
結局、黒沢さんがお茶を持ってくるまで沈黙は続いていた。数は当然二つ。もしも僕が幽霊じゃなかったとしても、僕は所詮付き添いでしかないからね。大光司さんから見ても川奈さんから見ても、妥当であり当然の数だ。解ってるけれど少し切ない。
だからというわけではない。切なかったのは僕だけのはずだから、沈黙が続いていたのは単に、さっきの延長だ。
それを察したかのように、部屋の隅に戻った黒沢さんが口を開く。
「……お待たせ、致しました。わたくしも戻りましたので、どうぞ、ご用件をお済ませ下さい」
まるで大光司さんの変わりに、沈黙の罪を被るような言い方だった。口調は至って平坦で感情を読めないし、彼女が監視役故にその言い分も正しいとは思う。でも、これはフォローなんだな、と、なんとなく察する事が出来た。
「あ、そ、そうですね」
その言葉に背中を押されるようにして、ようやく大光司さんが動き出した。
「わざわざお手を掛けてしまって申し訳ありません。お願いしていた調べ物でしたよね。その……ありがとうございます」
「いえ、気にしないで下さい」
待っていましたと言わんばかりに即答する川奈さん。しかし、対する大光司さんは一拍置いてから、
「では、お願いします」
と、息を呑んだ。
川奈さんは「はい」と短く返事をしてから、一瞬だけ僕のほうを見る。そして次に黒沢さんを見て、また大光司さんを見た。
「四ヶ月前の事故についてなのですが、報告の前に確認させて下さい。四ヶ月前に起きたという事故は、大光司財閥がもみ消した、もしくはなんらかの工作をした、と、私は思っています。覚えはありますか?」
いきなり切り込むか、とも思ったけど、この場面でこれ以外の話題も出来ない。屋敷に入れてもらう時にもこの話題を出してしまったからだ。
すると、大光司さんはあからさまに青ざめた。なんとなく黒沢さんのほうも見てみたけど、彼女は俯いてしまって、その前髪によって表情が見えなくなっている。
「……はい。その通りです」
断罪を受ける被告人みたいに肩をすぼめて答える大光司さん。
大光司さんは承諾しているはずだ。これが、大光司さんの駆け落ち相手に辿り着くための質問だと。
黒沢さんは勘違いしているはずだ。これが駆け落ち相手の弔いのためのやりとりではなく、他の事のためのものだと。
川奈さんは理解しているはずだ。黒沢さんには勘違いさせたまま、大光司さんから有力な情報を得なければならない事を。
僕にはやっぱり思い浮かばない。どうしたらそんな事が出来るのかなんて。
家を裏切った大光司綾祢は、体だけはこの屋敷に舞い戻ってしまった。心は彼を追い続けたまま、この屋敷を、広すぎる鳥籠を彷徨うように、全てを瀬野探偵事務所の川奈さんに託した。そのバトンのやり取りは決して、大光司財閥の人間に悟られてはいけない。彼女が今も裏切り続けている事を、気取られてはならない。
僕は結局何も思い浮かばないまま、その話し合いを傍観する事になった。




