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実感のないまま土曜日を迎えた。
別にこのうっとうしい髪型に愛着があるわけでもないし、切ることに関しては何の問題もない。
中学生までは小さい頃からずっと同じ近所の美容室に、二ヶ月に一回はちゃんとカットに行ってたし。
その美容室が閉店しなかったら、今も切りに行ってたと思う。
首にタオルを巻き、その上からケープをかける。メガネは外されて何とも心もとない。
くしで髪を何度かとかれ、ブロッキングしてピンで留めていく。
その際、わざとじゃないのは分かってるんだけど、耳とかうなじなんかに指が触れてくすぐったくてしょうがない。
たまに大原の息が首にかかったりもする。
私は思った。
これって、あんまり仲良くない男女がやることじゃないな、と。
まさか、こんなに恥ずかしいとは。
子どもの頃から行ってた美容室では、ベテランのおばちゃん美容師さんが切ってくれて、気持ちよくてすぐ寝てた。
そこが閉店して、一度だけ他所の美容室に行ってみたものの、あまりの居心地の悪さに美容室恐怖症に陥ってしまった。客商売だから、いっぱい愛想良くしてくれただけだと思うけど、矢継ぎ早にされる質問がものすごく苦痛だった。なんせ、壊滅的な対人スキルだから私。
しかし、その恐怖の美容室でも髪を触られて恥ずかしいとは記憶していない。プロとアマの差なのかな。
「……あの」
ひいっ、耳元で喋らないで。
「……昨日見せた姉の写真と同じ髪型でいいって恭平君が言ってたけど、本当にそれでいいの? 」
「えっ、また勝手に決めて、あいつめ。そういえばどんな髪型にするか言ってなかったね。そうだね、基本その髪型でいいけど、気持ち長めがいいかな。あとオデコ出したくないので、前髪がある方がいい」
「……ん、わかった」
それきり無言で作業は続く。
頭臭くないかな? 息臭くないかな? 体臭くないかな?
いつもならそんなに気にしてないことが、妙に気になる。
距離が近いせいだ。
「……前髪切るから、目、しっかりつぶっといて」
私はギュッと目を閉じる。
これ、今日一番の苦行かもしんない。大原の息が顔に吹きかかる。うわぁ。
お、落ち着け。たかが大原だ。意識するなんておかしいぞ。
せめてここに恭平がいて、二人きりじゃなかったらよかったのに。
恭平のやつ、自分は用事があるとか言って出掛けるし。
「……たぶん完成。一度髪を洗ってみて」
「うん。ありがと」
メガネを掛けて鏡を見ると、垢抜けた髪型の私がいた。
「うわっ、すごい! こんな流行のボブヘアも私の髪で出来るんだぁ」
以前行ってた美容室では、いつもコケシのような重たい頭だった。私の髪質ではそれが限界だと思っていたけど違ったようだ。
自分で髪を洗って乾かして、大原の待っているリビングへ行くと、恭平が帰ってきていた。
「おっ、姉ちゃんいい感じじゃん! 」
「そ、そお? 」
いつも何かと難癖をつけてくる恭平が手放しで褒めるなんて珍しい。
「じゃあ、次は大原さん行こうか」
恭平と大原が連れ立って出て行く。
「ちょっとどこ行くの? 」
「姉ちゃんのカットのお礼に、俺が大原さんの髪カットすんの」
「えーっ、いつのまにそんな話になってたの!? 」
「まあ細かいことはいいじゃん。姉ちゃんは昼飯でも作っといてよ」
作るといっても、昨日お母さんが作ったカレーを温めなおすだけなんだけど。
だからまだ時間あるし、ちょっと横になろうっと。