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 とある金曜日の放課後。


 私はついに覚悟を決めた。

 素早く荷物をまとめ、授業終了とともに席を立つ大原君の後を追う。

 人前では緊張するので、もっと人気のないところで……。

 

 下駄箱で靴を履き替える大原君。

 まだダメだ。人が多い。

 校門をくぐって住宅街の中を歩く。

 結構、人影もまばらになった。 

 大原君はまさか私が後をつけているなんて思いもしないだろう。一度も後ろを振り返ることなくスタスタ歩いていく。


 そろそろいい頃合かな。やっちゃうか?

 でも踏ん切りがつかず、ただ大原君の尾行をし続ける私。

 なんかこれじゃあ、ただのストーカーじゃね?

 本当は学校近くで声を掛けて、後を付けたことを謝ってから本題に入るつもりだった。だが、今は学校近くとは言い難い距離まで来ている。

 こんなに長距離尾行した挙句、「教室で声を掛けるのが恥ずかしかったから、ごめんね」などという言い訳がはたして通用するだろうか?

 自分で言うのもなんだけど、この容姿をしていると普通に過ごしているにも関わらず気持ち悪がられたり、よく思われないことが多い。

 もし、これが逆の立場だったら。大原君が私を尾行していて、家の近所で声を掛けられたりなんかしたら……。

 うわっ、キモッ! 通報するわ絶対!

 というわけで、今日のところは諦めて日を改めよう。

 さあ帰ろう、と思ったんだけど何故か大原君がUターンして戻ってきた。

 私の方に向かってくるように見えるのは気のせいだと思いたい。

 私は電柱の影に身を寄せる。

 大原君は何か用事を思い出して、道を戻りだしたんだよ、きっと。

 私の方に来るかもなんて自意識過剰もいいとこ。

 ほら、その証拠に私の横なんて素通り……素通りせずに、私の目の前で大原君は立ち止まった。


「…………ょ」

 大原君はちっさい声でモソモソと喋った。

 は? 何だ今の虫の息みたいなのは?

「ごごごごごごごごごごごめっん。よきゅ聞きょえにゃい (ごめん、よく聞こえない)」

 ああ私最悪。テンパッて、いつも以上に噛んでる気がする。相変わらず壊滅的な対人スキル。

「…………ょ」

 いや、だから全然聞こえねーって。

 それともあれか? これは私に話し掛けているのではなくて、何か呪いの呪文的なものを呟いている? いや、まさか。

「わっわらし、耳悪いにょきゃにゃ (私、耳悪いのかな?)」

 念の為、もう一度言ってもらうように催促する。

 今度はよく聞こえるように接近して耳を傾けた。

 すると大原君はビクッとなって、後ずさる。

 何故か顔が真っ赤だった。

「…………ょ」

 おい、離れたら聞こえんだろう!

 私は再び大原君に近づく。大原君再び後退。

 それを繰り返すこと十数回。

 らちが明かない。


「ちょっとこっち来て」

 私は大原君の服を引っ張って誘導する。

 大原君は最初は体を強張らせていたけど、何だかんだ大人しく私に連れられて行った。

 一応言い訳しておくけど、私は非力な方なので、無理やり大原君を連れて行ったわけではない。

 本当に嫌なら私を振り切ることは可能なのだ。

「…………ょっ」

 だーかーら、聞こえないって!

 大原君は小さい子がイヤイヤするように、首を左右に振っている。

 もう一度言うけど、本当に嫌なら私を振り切ることは可能。

 でも、そんなにプルプル首を振られると自信なくなるなぁ……。

 まあ、とりあえず静かな場所へ行ったら、大原君が何言ってるか聞き取れるはずだから。

 

 実は私の家、ここから結構近いのだ。

 家に到着した私は大原君をリビングに押し込む。

 外は建設工事中のところとか、車の音とか子どもの遊び声とかおじいさんのクシャミとか、何かと煩かった。

 でも家の中なら大丈夫。ちょうど今の時間なら無人だし。

 麦茶を用意してソファに座る。


「それで、さっき何て言ったの? 」

 私は大原君の隣りに座り、できるだけ近付いて話し掛けた。

 大原君は私と反対側へ体を寄せようとするが、最初から端に座らせたので逃げ場がない。

 へっへっへっ、これでもう逃げられまい。って、変態か私は。

「……ちょ、宮野さん顔近いしっ」

 大原君は蚊の鳴くよう声を発して、私から顔を背ける。

 ふーん、声は小さいけど、普通に話せるんだ。

 しかしよく見ると大原君は顔だけでなく、首や腕も真っ赤だった。

「あ、ごめん」

 ちょっとやりすぎたかな。私は大原君から少し距離を置く。

 まあ、この距離ならなんとか聞こえるでしょう。

「それで? 」

 もう一度聞き直す。

「……宮野さん、俺のことずっと付けてたみたいだから、何か用なのかな、と思って……」

 消え入りそうな、かぼそい声。


 ああ、やっぱ付けてたのバレてたんだ。

 私はどう返事しようか考える。

 学校では大原君と会話したことなかったし、大原君が他の誰かと話しているのも見たことがなかったから、まあ地味で大人しい人なんだろうなってぐらいには認識していたんだけど。

 今ちょっと話した感じだと、難しいかもなぁ。最初の私の目的を言っても無駄って気がプンプンする。

 でも、せっかく家にまで連れ込んでしまったんだから、言わないと引っ込みが付かない、よね? 


「大原君さ、髪型変えない? 」

 言いたかった事がこれかよ、と自分でも呆れかえるほどだが、そうなんです。これが当初の目的なんです。

 西川さんにわざとではなく、リアルに大原君と間違われたのがとても嫌だったんです。

 私はそのことを認めたくなくて、あれから何度か大原君の席に座ってみた。

 ちょうど、いろんな教科の提出物が返却される時期だったので、機会はすぐに巡ってきた。


 結果はまあ、その、同じ結果だった!

 西川さんは気付くことなく、私を大原君扱いしてくれましたよ。

 何でだよ。私、セーラー服来てんじゃんっ。どう見ても女子でしょ!

 高校入って。ずっと友達いなくて。でもそれは自分のせいだからって諦めて、ほとんど休まずに学校行って。

 そんな私がだよ。今回、大原君と間違えられて、すっごいショックでさ、泣いちゃったんだよね。心の中でだけど。

 張り詰めた糸がプツンと切れちゃったんだよ。

 で、キレた私はこうして、大原君に髪型の変更を要求する。

 髪型が同じじゃなくなれば、もう間違われないと思うんだよね。


「ねえ。三千円までなら私がお金出すし、髪、切りに行かない? 」

 ダメもとでもう一度言ってみた。

「……嫌だ」

 大原君の答えは何度聞いてもNO。

 まあ、そりゃそうだろ。

 だがあえて問う。

「どうして? 」

「……床屋とか美容室とか苦手だから」

「くそっ、やっぱ私と同じ理由かよっ」

 私は机に突っ伏す。

 もしかしたら、大原君はただのものぐさで身だしなみとか気にしてないだけかも、頼めば美容室に行ってくれるかもって、少しは期待してたんだけど。


「……宮野さん、なんだか雰囲気違うね」

「あ? 」

 私が勢いよく起き上がると、大原君は少しビクッとした。

「……あの、ほら。教室の時と口調が違うから」

 ああ。言われるまで気付かなかった。そういえば私、噛まずに普通に喋れてるね。

「たぶん、大原があまりにもしょぼいからじゃない? 」

 サラリと呼び捨てにしてみる。

 うん。大原君より大原の方がしっくりくる。


 私の喋りがおかしくなるのは多分極度の緊張から。

 だから緊張しない相手とは至って普通に会話できるのだ。今のところ、緊張しないのは家族だけなんだけど。

 あ、それと大原か。


「ね、大原はさ、何でそんなに声が小さいの? 」

 疑問に思ったことを聞いてみる。

 あんたの声の小ささ尋常じゃないよ。

「……言いたくないし、宮野さんには関係ない」

 大原は急に立ち上がって、玄関へ向かう。


 うわっ。私、無神経すぎた! 怒らせちゃった!

「ごごごごごごごめめめっめめっ、ごxmtn」

 私はちゃんと謝りたいんだけど、口から出たのはもはや言葉ではなかった。

 大原とは緊張せず、普通に話せるようになったと思ったのに、怒らせた途端、全然ダメになってしまった。

 このままでは大原が帰ってしまう。

「ううっ」

 うまく言葉に出せなくて、行き場のなくなった感情が涙となって溢れ出す。

 私から呻き声みたいなのが出たので、大原が驚いて振り返った。

 言わなきゃ。ちゃんと言わなきゃ。

「ううっ。ごごごごごめおpmぉいうp」

 また、ちゃんと「ごめん」って言えなかった。

 涙が床までボトボト落ちているので、大原に泣いているのはモロバレだと思う。かっこ悪い。


「……ごめん。せっかく普通に話せてたのに、俺のせいで」

 謝らなきゃいけないのは私の方なのに、何故か大原が謝ってきた。

 大原は、こんな時まで声が小さいんだな。聞き取れるギリギリの音量だよ、これ。

「ううっ」

 大原がハンカチを差し出したので、何だかさらに泣けてきた。情けないやら嬉しいやら。

「……どうせ俺はしょぼい奴だから、俺がどうしようと気にしなくていいよ」

「ちっ、違うよ! 」

 今度はちゃんと言葉が出せた!

「違うの! そうじゃない。大原はしょぼくなんかない。私が悪いの! 私ね、気に入った人には辛らつにあたってしまうという悪い癖があるの! 最近親しくしてる人がいなかったから、忘れてたけどその癖がまだ直ってなかったみたい。気をつけるから。ほんとごめん!! 」

 私は泣きながら弁明した。言わなくていいことまで言ってる気がする。今更遅いけど。

 気に入った人には辛らつにあたってしまう癖って何だよ! ツンデレってやつですか?


 とにかく大原を怒らせたまま帰したくない。その一心だった。


 しかし間の悪い事に。

「ただいまぁ」


 やば、弟が帰ってきた。

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