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井伊君の言った「双子」呼ばわりは結構ウケたみたいで、席替えから数日間は私と大原君を見て笑うクラスメイトが多かった。
しかし、一週間も経てばブームは去り、笑う者はもうほとんどいない。
やっと平和が戻った。
いや~、ヤバかった。
こんなに注目を浴びたのは初めてで、ただただ苦痛でしかなく、もう少しこの状態が長引けば、血迷って美容室に駆け込んでイメチェンするとこだった。
家で弟に学校でのことを愚痴ったら「さっさと行けよ美容室ぐらい」と言われて身も蓋もなかったけどね!
とにかく、これでいつもの日常を取り戻したわけだ。
と思っていた私は甘かった……。
休憩時間のことだった。
トイレから戻った私の席に、中野君が座っていて井伊君と談笑していた。
あ、座られてる。どうしよっかなぁと思っているところに、空席になっている大原君の席が目に入り、とりあえず座ることにした。
もちろん大原君が戻ってきたら速やかに席を空けるつもりだけど、最近、大原君は休憩時間が終わるギリギリにしか戻ってこない。
だから深く考えずに私は座った。
それと同時ぐらいに西川さんがクルリとこちらを向き、
「これ、先生に返しとくようにって頼まれたの」
ノートが手渡される。
「あああありっ、がが、とぅ……」
噛みまくったけど、私はありがとうとお礼を言い、ノートを受け取る。
久しぶりに学校で言葉を発した。
普段、しゃべらないのは単に話し掛けてくれる人がいないだけ。
今回のように用事があって、仕方なくなのかもしれないけど、話し掛けられれば私だって返事をする。
まあ、壊滅的な対人スキルしか持ち合わせてないけどねっ!
だから井伊君のようにからかってくる人は無視した。
数人のグループで寄ってきては、私と大原君を見比べて勝手に盛り上がって去っていく人達。
正直、どう対処していいかわからなかった。
「あっ、ごめん。もう一冊あった。はい大原君」
西川さんがもう一冊渡してきた。
私はあっ気に取られて返事が出来ない。
「大原君? 」
西川さんが心配そうに私を見ている。
最初に渡されたノートもよく見ると『大原利樹』と名前が書かれている。
私は『大原利樹』ではなく、『宮野琴子』である。
「大原君、具合でも悪いの? 」
「ちっちちちちちがうっ!(違う)」
私は大原君ではない、違うと言いたかった。
「そ、ならいいけど」
西川さんはあっさり引き下がる。
具合は悪くないっていう意味に受け取られたようだ。
大原君と私、間違えられた。……マジっすか。
わざと、じゃないよね?
ふざけて「見分けがつかない」って言ってる人はいたけど、今のはそんな感じじゃなかった。
どのくらいの時間、考え込んでいたのかわからないけど、ガタンという音で我に返ると、隣りには大原君が座っていた。
本来の大原君の席には私が座っているので、私の席に大原君が座っている。
えっ、嘘。いつの間に中野君いなくなったんだろう。全然気付かなかった。
私は慌てて立ち上がる。
「あっ、宮野さん、これ先生に返しとくように頼まれたの」
西川さんがパッと大原君のほうを振り返り、大原君にノートを渡した。私のノートを。
大原君は西川さんに軽く会釈をし、ノートを受け取る。何度も言うが私のノートをな。
西川さんが私達に背を向けてから、大原君も立ち上がり、私たちは無言でノートを交換した。
大原君のノートは大原君の元へ、私のノートは私の元へ。
席も本来の席に戻った。
そして、休憩時間が終わるチャイムが鳴り、授業が始まった。