小さなソイツの大冒険
週明けとは、なんと面倒なモノなのだろう。ふとぼんやりと、そんな事を考える。ガタンゴトンと、電車が規則正しく音を立てていた。
せっかくの日曜日も終わり、再び億劫である学校生活が始まる。別に学校生活が嫌いという訳ではないが、高三になってからというものの、心のどこかで学校そのものを敬遠している節があった。そもそも週明けの初っぱなから体育とはどういう用件だフザケンナ。
悶々と考え込むだけで、それを口に出す事も機会もぶっちゃけ無いに等しいのだが。左手に持つ袋に入った某週刊少年誌が、やけに鬱陶しかった。
——○○ー、○○ー
駅に着いた事を報せるアナウンスが響く。丁度電車が止まったのを良い事に、鞄を下ろしてその中に某週刊少年誌を突っ込む事にした。
程無くしてチャックを閉め、ちゃんと収まったかを確認する。よし問題無いなと鞄を背負おうとした所で、あるモノが視界に入った。
電車の床を滑るように移動する、黒くて小さな物体。最初こそはゴミか何かかと思ったが、それにしてはスムーズに淀み無く動いているし、電車の振動に関わらず、ソイツは縦横無尽にゆっくりと動いている。
虫なのだろうか。何の虫だろうと凝視してみても、眼鏡による補正付きでも下がりきった視力では、割と確認するのは困難だった。
取りあえずその得体の知れない虫っぽい何かを“ソイツ”と呼称する事にした。
——△△ー、△△ー
再び電車が止まり、扉が開く。乗客が次々と降りて行く中、ソイツは割と器用に動いていた為か、意外にも踏まれて潰される事は無かった。
何だかソイツを観察しているのが面白くなってきた。
丁度スペースも出来たので、ソイツ見渡しやすいポジションへと移動する。人の少なくなったそこでは、踏み潰される可能性も減ったソイツが、自由に縦横無尽に動き回っていた。時おり足下にもやってきたので、足を使ってソイツの通路を作ってみたりする。
それにしても、虫にしてはやけにスムーズな動きだなあと、またまたぼんやり考える。そもそもソイツは本当に虫なのか。虫じゃなかったら何なのか。そもそもいつからこの電車に乗っているのだろうか。どこからやって来たのだろうか。沸き上がってくる疑問は尽きない。
ここに来るまでに、一体どれほどの死線を掻い潜ってきたのだろうか。ソイツにとっては、死と隣り合わせの壮大な冒険であったに違いない。今も必死に、ソイツは生き残るべく動き回っている。
終点の駅まで、ソイツを暖かく見守ってみる事にした。
—―□□ー、□□ー
アナウンスが響き、淀みなく扉が開く。今までより割と多く乗客が乗り込んで来たが、その数が予想外だったので思わず驚く。特にその中の二人が、ソイツの運命の左右していた。
視界を遮るように目の前に陣取った、大柄な男子高校生。重そうな鞄をドサッと置いた後、どこからか取り出した某週刊少年誌を、その場で読み始めた。
大柄な男子高校生——便宜上ジャンプ君と呼称しよう——の出現により、眼前の視界が大幅に彼によって占められる。おい邪魔だよせめてどいてくれよ帰宅してからでも読めるだろソレ、と強く念じた所でジャンプ君がどく事はまず無い。仕方ないので、せめて不自然に見られないように顔をずらしてみる。
もう一人、視界の奥にいた小学校高学年程の少女。某N印の塾鞄を背負っている事から、塾に向かっている途中なのだろうか。少女—こちらも便宜上塾子ちゃんと呼称する——の存在自体に問題は無い。むしろ、その立っている場所が問題だった。
塾子ちゃんの真下に、先程のソイツが困ったようにウロウロと動いていたのだった。
——うわあああヤメロ踏まないでええええ
表面上は無表情で取り繕っていたものの、内心では絶叫モノだった。幾度も死地を越えてきたであろうソイツが、塾子ちゃんによって絶体絶命の危機に陥るだなんて、一体誰が想像していただろうか。無論そんな事、塾子ちゃんには知る由も無い訳だが。というか誰もが割とどうでも良いと思う。
助けに行く事も出来ず、また行く末を見守ろうにもジャンプ君によって阻まれて、何も手出しが出来ない。しかしジャンプ君がいようといなかろうと、ただでさえ人の多い車両ではあったので、恐らくどうしようも無かっただろうと思う。見届けられない今は、ただその場で立ち尽くす事しか出来なかった。
——××ー、××ー
本日何度目か解らないアナウンスが響くと、多くの乗客がホームへと雪崩れ込むように降りて行く。それはジャンプ君と塾子ちゃんも例外ではなく、先程までの状況が嘘のように視界が一気に開けた。
慌てて先程まで塾子ちゃんが立っていた付近へと見やる。どういう事か、そこには今まで元気に動き回っていたソイツの姿は無い。染みだかゴミだか解らない、小さな物体が転がっているだけ——
——ゴミ?
今一度、そこを凝視してみる。
ゴミだと思っていたソイツは、真っ黒い体躯を平たくしながら沈黙していた。
小さなソイツの大冒険は、ここで終わった。
「——て事があってだな」
「どーでも良いわ」
友人は一言、辛辣に吐き捨てるだけだった。
タイトルの割にあまり冒険してないなー、と自分でツッコミ入れてしまったどーしよう。
リハビリも兼ねた短編でしたが、もっとマシな内容にならなかったのかと自分でも首を傾げてしまいます。ノンフィクションとはいえオチが無いッ。
とりあえず塾子ちゃん許すまじ。