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短編集、web拍手の再録など  作者: 神崎みこ
web拍手再録/タイトルはcapriccio(http://noir.sub.jp/cpr/)さまより/狂詩曲2
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32 - 初めての嘘

「お慕い申し上げております」


そう、ゆっくりと言葉を紡ぎ、私は彼を見上げる。

彼は満足そうに私を見下ろし、そし私の頭に口づけをおとす。

がちがちに固めつくされた社会で、最低限で最上級の愛情表現を。

彼は、表も裏もなく、ただ自然と当然として行動にうつす。

自分は婚約者をこんなにも愛しているし、遇している、という証拠として。

そこに、邪な気持ちは確かにない。

彼の親もしているし、多分私の親もしている。

違和感など覚えるはずもない。

私は異質で、頭が悪く、ただ表層だけがたいそう美しいだけの女。

そう自分に言い聞かせながら、私は彼に微笑む。


時は流れ、私が自分の子供を身ごもっても、身二つになったとしても、内心は何も変化が訪れなかった。

彼は鷹揚に私をほめ、そして私たちの子供にはしゃいでみせている。

真実なのかも、演技なのかもわからないそれは、周囲には本当に喜んで見せている父親に見えている、らしい。

私は、どこか欠けているのかもしれない。

それを見せないように、私はこの人を愛している。

そして二人の子供を愛している。

繰り返し繰り返し、言い聞かせるようにつぶやく。

じわじわとその言葉は浸透していき、たぶんきっと、私以外の誰の目にも私は、この世界では珍しいぐらい愛情深い「母親」となっている、はずだ。


やがて、彼のそば近くに、「誰か」の存在を感じ取ったとしても、それは私にとっては関係のないこと。

私と、二人の子供たちさえいれば、まあどうでもよかった。

正直なところ、この子供たちですら、私にとっては重要な何か、ではなかったのだけれど。

じわじわと、彼がいない世界が広がっていき、適当に距離を置いた子どもたちは十分に立派に育っていく。

私のような浅慮で、底の浅い女が口うるさく言わない方が、良い方向に行くのかもしれない。


父親に言われるように生きて、その通り嫁ぎ、言いなりのようにのらりくらりと生きてきた。

淑女の誉れ、のような誉められ方にも曖昧に返したまま。

私の中ではそれは、この社会で都合のよう女、に違いないのだけれど。

そんなことを声高に叫ぶほど、私は強くはない。

彼はどこかの女に傾倒し、そして私たちの息子は、その彼を断罪する。

ぼんやりとしたまま。彼が落ちていく姿を見守る。

伸ばしたその手を、掴もうとも、振り払おうともせずに。


私は、もうこの世界から旅立つのか、落ちていくのか。

いつのまにか増えた家族たちに見守られ、私は嘘をつく。

初めてのうそのように、私は幸せだったと。


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