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短編集、web拍手の再録など  作者: 神崎みこ
web拍手再録/タイトルはcapriccio(http://noir.sub.jp/cpr/)さまより/狂詩曲2
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01 - 神隠しの森(イケニエとカミサマ)

   この森に近づいてはいけない。年寄りたちは何かにつけて、そんなことを口にした。

――そんな子供だまし。

たかをくくって、でも心のどこかでひっかかっていた。

昔話も言い伝えも、何がしかの「真実」を含んでいるのだと、この年になって気がつかされるまで。






「ここ、どこ?」


お地蔵様をみかけて、なんとなく手を合わせたところまでは覚えている。

神社の境内へと続く石段を登り、そして周囲の空気はぐにゃりと変化した。

そう、変化したのだ。


自分の両手を握り締めて、現実であることを確認する。

どこか息苦しさのする空気がたちこめ、その密度にめまいをおこしそうになる。

何か、がいそうで、けれども私の目には何も見えてこない。


「……、帰ろう。かな」


思った以上に弱弱しい声をだし、それに自分が驚く。

こんなことぐらいでどうにかなる人間ではない、と思っていた。

実際、危険動物が出たわけでも、何かが出たわけでもないのに。

しんとして、けれども何かがいると思わせる雰囲気は私に焦りしかもたらしてくれない。


そろそろと来た道を戻る。

けれどもいつまでたってもあの道はやってこない。

それほど移動したわけでもないのに、私が登った石段はどこにも見当たらなくなってしまった。

大丈夫、と呟きながら、それでも足早に進む。どこまでも鬱蒼とした森は、方向感覚さえ惑わされていく。

見当がついているわけでもないのに、ただ闇雲に。

どれぐらい歩いたのかはわからない。

けれども、ひんやりとする指先と比例するように、額から汗が滲みだしたころ、私の視界は突然広がった。



山間の民家。

誰か親戚の家。

そんな言葉がぴったりの平屋の古民家が真っ先に目に付いた。

古いけれども立派なかわらは重々しく、そして今ではありえないほどたっぷりとした幅のある廊下がぐるりと中の部屋を囲んでいる。

きっと、古い映画にでも出たらぴったりなのだろう。

ぽかんと口を開け、私は魅入ってしまった。


「迷子?」


何か、が声をだし、びくりとしてそちらへ振り返る。

私の真正面にはとても綺麗な黒髪の人が廊下から足を投げ出すようにして座っていた。


「……そう、みたいなんですけど」


さっきまでいなかった人間の出現に驚く。

確かに、私は家屋に注目はしたけれども、こんな風に目立つ人間を見落とすほどぼんやりはしていない、はずだ。

けれども、ようやく出口への手がかりを得たような気がして、精一杯愛想をよくする。


「珍しいわね、最近はなかったのだけど」


彼女はふわりと笑い、そして首を横へと向け何かに話しかける。


「それ、はやりなのかしら?」


自らの耳に手を指し、私の耳に入りっぱなしだったイヤホンを示す。


「え、はやりというか」


通学時には半分程度は片手にスマホ、耳にはイヤホンをつけているだろう。

はやりか、といわれれば、そんなものだとしか言いようがない。

もっとも、今は何の音も流れてはいない。

地図が表示されないスマホも、怖くなってバッグの中に放り込んだままだ。


「あ、きたみたい。この子についていけばいいから」


なんとも表現しがたい目の色をした男の子が、彼女の隣に立っていた。

甚平、のような紺色の衣装を着た子供は、手にはちいさなホウズキ型のちょうちんを提げていた。

とてもかわいらしい姿なのに、私はどういうわけか一歩後ずさる。


「勘がいいのね、でも大丈夫だからこの子の後についていって。決してはぐれないように」


彼女が優しく男の子の背中を押し、彼ははにかんだ表情をみせてこちらへとことこと歩き始めた。


この、感覚がどういうものなのかがわからない。

恐怖、違和感、焦燥。

どれもあてはまり、どれも当てはまらない。

彼女に見つめられ、私は強張った足を動かすことすら出来なくなっていた。


ようやく私の前に立った彼は、私を見上げてにっこりと笑った。


そこから先は、ただ言われたように男の子のあとを追いかけていった。

小さいのに、意外と足が速い彼においていかれないように早足で。

息を切らしながら、無我夢中で歩いていった。

ようやく彼が立ち止まり、私はその先に明るい光を見て、安堵した。



「二度と好奇心をもちませんように」


初めて開いた口は、男の子にしては低音のもので、なんの体温も含まない冷たいものだった。

ぞくりとしたものが背中に走る。

そして、私は早くこの境界を越えてしまいたい衝動にかられた。


「あ、ありがとうございます」


お礼もそこそこに、私は境界線を踏み越えた。

ふいに空気が軽くなる。

いつものような視界に、いつものような太陽がアスファルトの地面を照らしていた。


「あれ?」


思わず振り向けば、そこは、私が立っている道路と地続きの、ただの地元の商店街へとつながる歩道だった。

もちろん、その先を進んでみたところで、あんな鬱蒼とした森にはたどり着かない。

本格的に寒気がした私は、思わず両腕で自分を抱きしめる。

熱中症に注意せよ、という天気予報士の忠告とは裏腹に、私は人生初めての冷や汗、というものを流していた。




人間には、近づいてはいけないものがある、ということがはじめて理解した学生時代。

結局、私はあの森へは一度も近づいてはいない。

あの、綺麗な女の子の顔も今ではすっかり曖昧だ。

それでもふと、思い出す。

私とは違う世界に住む、あの子のことを。



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