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旅人は教えるだけ。あとは人々が勝手に世界を変えていった  作者: 慈架太子


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94/101

94  隣国の侵攻

 アヴァロン王国の衰退は、もはや周辺諸国にも隠し通せなくなっていた。


 王都では人の姿が減り、市場は活気を失い、兵士や職人までもが各地へ移住している。


 その情報は商人だけではなく、各国の密偵や国境警備隊の耳にも届いていた。


 ある隣国の将軍は地図を広げながら笑みを浮かべる。


「今こそ好機だ。」


 配下の士官たちも頷いた。


「王都は混乱しております。」

「兵士も不足しているとの報告です。」

「この機を逃す理由はありません。」


 号令が下る。


「進軍せよ!」


 五万人の兵士が国境を越えた。


 鎧が鳴り、槍が林のように揺れる。


 旗印は風を受け、大軍は王国へ向けてゆっくりと進み始めた。


 彼らは勝利を疑っていなかった。


 しかし、その動きは国境を越えた瞬間から、既に見られていた。


     ◇


 シュタイン村。


 代表マイトガイの前へ一人の少女が駆け込む。


「索敵です。」


 ルナが静かに報告した。


「国境を越えました。」


「人数は?」


「約五万人です。」


 マイトガイは落ち着いたまま立ち上がる。


「来たか。」


 すぐに通信魔道具が起動した。


『エリーゼ、聞こえるか。』


 ヴェルダ村。


 エリーゼは微笑んだ。


『聞こえています。』


『レインは?』


 ガルム村。


『こちらも確認済みです。』


『フレイニルは?』


 ブラウ村。


『もちろん。』


 四人は同じ情報を共有していた。


 索敵能力は以前とは比べものにならない。


 広範囲索敵。


 遠隔透視。


 念話。


 複数の索敵魔法と超能力が連携し、敵軍の位置、人数、進行速度まで把握していた。


 マイトガイは笑った。


「迎え撃とう。」


 誰も慌てない。


 恐怖もない。


 かつてなら村人たちは逃げ惑っていただろう。


 今は違う。


 教育が、人を育てた。


 環境が、人を育てた。


     ◇


 四つの村から教導を受けた戦士たちが集結する。


 水属性。


 風属性。


 土属性。


 超能力。


 それぞれが役割を理解していた。


 マイトガイが静かに確認する。


「殺す必要はない。」


 エリーゼも続ける。


「目的は侵攻を止めることです。」


 レインが腕を組んだ。


「武器だけ回収すれば十分。」


 フレイニルは笑顔で頷く。


「帰ってもらいましょう。」


 誰も異論はない。


 コウランは命令しない。


 だから弟子たちは、自分たちで考え、自分たちで答えを出す。


 その答えは、自然と一致していた。


     ◇


 やがて両軍が対峙した。


 隣国の将軍は鼻で笑う。


「村人が相手とはな。」


「一気に押し潰せ!」


 五万人の兵士が一斉に前進した。


 その瞬間だった。


「今です。」


 エリーゼの声が響く。


 空気が震えた。


 風属性魔法。


 暴風が兵士たちを包み込み、視界を奪う。


 続いて土属性魔法。


 地面が盛り上がり、足元を固定する。


「動けない!」


 兵士たちが叫ぶ。


 そこへ水属性魔法が重なる。


 水の鞭が何百、何千と伸び、兵士たちの腕や脚へ絡み付いた。


 さらに超能力。


「テレキネシス。」


 武器だけが独りでに浮き上がる。


 剣。


 槍。


 斧。


 弓。


 盾。


 鎧。


 兜。


 次々と兵士たちの身体から外れていく。


「なっ!」


「鎧まで!」


「剣が消えた!」


 空中へ浮かび上がった装備は、そのままアイテムボックスへ収納されていった。


 誰一人、傷付けることなく。


 戦場には武器を失い拘束された兵士だけが残された。




 戦場に響いていた怒号は、わずかな時間で静寂へと変わった。


 五万人の兵士たちは、水の鞭と土の拘束、風の障壁、そしてテレキネシスによって身動きを封じられていた。


 剣はない。


 槍もない。


 鎧も兜も姿を消している。


 残されたのは薄い下着と旅装だけだった。


 兵士たちは互いの姿を見回し、困惑を隠せない。


「何が起きた……。」


「武器が……。」


「鎧まで消えたぞ。」


 恐怖よりも理解できないという表情が広がっていた。


 彼らの前に立つ四村の代表たちは、武器を構えることすらしない。


 その様子を見て、マイトガイが敵兵たちの鎧が積み上げられていく光景を眺めながら笑った。


「サムなら、まず鉄を回収するって言うだろうな。」


 その一言に、周囲の仲間たちも思わず笑みを浮かべる。


 エリーゼは収納された武具を見つめながら、小さく肩をすくめた。


「鉄は工房で農具にも、水路工事の資材にも、紡績機にもなります。」


「戦場で錆びさせるより、ずっと価値がありますね。」


 レインも腕を組み、大きく頷いた。


「戦争の道具より、人を育てる道具に変えよう。」


「鉄は畑を耕し、水を引き、仕事を生み出す。」


「人を倒すためではなく、人を育てるために使うほうがいい。」


 その言葉にブラウ村代表のフレイニルも優しく笑う。


「本当に、あの子の考え方が移ったわね。」


「最初は鉄くずまで大事そうに集めていて驚いたもの。」


 クロエスタが吹き出す。


「『鉄は財産だ』って何度も言っていましたから。」


 アイリーンも笑いながら続ける。


「壊れた鍋も、折れた剣も、曲がった槍も、『直せば使える』って。」


 四人は顔を見合わせて笑った。


 それは欲深さではない。


 資源を無駄にしないという発想だった。


 サムが教えた商売の考え方は、いつの間にか四つの村へ自然に広がっていたのである。


     ◇


 回収作業は極めて手際よく進んだ。


 テレキネシスによって剣や槍が種類ごとに運ばれ、アイテムボックスへ収納される。


 盾は盾だけ。


 鎧は鎧だけ。


 兜、籠手、脛当ても分類され、後で鍛冶工房へ送れるよう整理されていく。


 武器の状態も鑑定班が確認していた。


「この剣は研ぎ直せば使えます。」


「こちらの鎧は鉄板を外して農具へ加工できます。」


「槍の穂先は鍬や鋤に転用できます。」


 生産担当たちは戦場を見ながら目を輝かせる。


「今年は農具不足で困らなくて済みそうです。」


「水路工事も進みますね。」


「紡織工房の織機も増やせます。」


 武器だった鉄が、人々の暮らしを支える資材へと姿を変えようとしていた。


     ◇


 敵兵たちは、そのやり取りを呆然と聞いていた。


 一人の若い兵士が思わず口を開く。


「俺たちを……殺さないのか。」


 マイトガイは穏やかな表情で答えた。


「武器を持って攻めてきたから止めた。」


「それだけだ。」


 エリーゼも続ける。


「帰る道は残します。」


「生きて帰りなさい。」


 その言葉と同時に拘束魔法が静かに解除される。


 兵士たちは恐る恐る立ち上がった。


 誰も追撃してこない。


 誰も剣を向けない。


 代わりに配られたのは、小袋に入った乾パンと干し肉、それに水袋だった。


 レインが静かに告げる。


「国境までは安全です。」


「飢えて倒れることはありません。」


 フレイニルは兵士たち一人ひとりを見渡しながら言葉を添えた。


「二度と侵攻しないでください。」


「あなたたちにも家族がいるでしょう。」


「私たちにも守りたい人がいます。」


 その声は決して責めるものではなく、静かな願いだった。


 兵士たちは深く頭を下げる者、涙を流す者、言葉を失う者、それぞれの思いを胸に国境へ向かって歩き始める。


 戦場に残ったのは、数百トンにも及ぶ鉄資源だけだった。


 それは新たな剣になることはない。


 鍬となり、鋤となり、水路を築く資材となり、紡織機となって布を織る。


 かつて戦争のために造られた鉄は、人々の暮らしを豊かにするための力へと生まれ変わろうとしていた。


 環境が人を育てる。


 その教えは、サムの小さな発想を通じて、四つの村の隅々にまで根付き始めていた。




 戦いが終わると、四つの村の人々は慌てることなく行動を開始した。


 マイトガイが周囲を見渡し、大きく頷く。


「よし、回収作業だ。」


 その一声で、それぞれの班が持ち場へ散っていく。


 敵兵は既に国境へ向かって歩き始めていた。


 戦場に残されたのは、膨大な量の鉄資源である。


     ◇


 最初に集められたのは剣だった。


 テレキネシスによって一本ずつ宙へ浮かび、種類ごとに整然と並べられていく。


「長剣、短剣、曲剣。」


「刃こぼれあり。」


「こちらは研ぎ直せば再利用できます。」


 鑑定担当が次々と状態を確認し、アイテムボックスへ収納していく。


 続いて槍。


 穂先と柄を分けながら運搬される。


「柄は木工工房へ。」


「鉄の穂先は鍛冶工房へ。」


「農具へ加工できます。」


 鍛冶担当たちは嬉しそうに頷いた。


「これだけあれば鍬も鋤も大量に作れます。」


     ◇


 盾も山のように積み上がっていた。


 丸盾。


 大型盾。


 鉄張りの木盾。


 状態を確認しながら収納される。


「木材もまだ使えます。」


「鉄板だけ外して再利用もできますね。」


 さらに鎧。


 胸当て。


 肩当て。


 籠手。


 脛当て。


 一つひとつが丁寧に外され、分類されていく。


 エリーゼが静かに呟いた。


「これだけの鉄を新たに採掘するとなれば、何年もかかります。」


「資源は大切に使わなければなりません。」


 村人たちはその言葉に深く頷いた。


     ◇


 兜も大量だった。


 鉄兜。


 革付きの兜。


 装飾付きの士官用兜。


 どれも無駄なく収納されていく。


 その横では弓兵隊が残した矢を子供たちまで協力して集めていた。


「折れていない矢はそのまま使えます。」


「矢羽も傷んでいません。」


「矢尻だけでも十分価値があります。」


 一本一本が丁寧に束ねられ、工房へ送られる準備が進む。


     ◇


 さらに細かな金具も見逃さない。


 鎧を留める金具。


 革帯の留め具。


 鞘の金属部品。


 バックル。


 鋲。


 釘。


 普段なら捨てられるような小さな鉄片まで回収されていく。


 クロエスタが笑う。


「昔の私なら気にも留めませんでした。」


「でも今は違います。」


「小さな鉄でも立派な資源です。」


 フレイニルも微笑みながら答えた。


「環境が変われば、人の見る景色も変わるのですね。」


     ◇


 最後は馬具だった。


 鐙。


 轡。


 鐙革。


 鎖。


 荷具。


 馬車用の金具。


 これもまた大量に残されていた。


 木製部分は木工工房へ。


 革は革工房へ。


 鉄は鍛冶工房へ。


 無駄になるものはほとんどない。


 レインが感心したように呟く。


「昔なら戦利品を分け合って終わっていた。」


「今は違う。」


「何に使えるかを先に考える。」


 マイトガイも大きく笑った。


「サムに会ったら喜ぶだろうな。」


「『鉄は金になる』ってな。」


 周囲から笑い声が上がる。


     ◇


 やがて夕日が傾く頃には、広大な戦場はすっかり片付いていた。


 剣。


 槍。


 盾。


 鎧。


 兜。


 矢。


 金具。


 馬具。


 あらゆる装備品が分類され、アイテムボックスへ収納されている。


 エリーゼが記録板へ静かに書き込んだ。


「武器・装備品回収作業。」


「完了。」


 五万人分にも及ぶ装備は、やがて鍛冶工房や木工工房、紡織工房へと運ばれ、人々の暮らしを支える道具へ姿を変えていく。


 戦争が残した鉄は、再び誰かを傷つけるためではなく、人を育てるための力として生かされようとしていた。




 回収作業を終えた戦場には、静かな風だけが吹いていた。


 剣がぶつかり合う音もない。


 怒号も悲鳴もない。


 残されたのは、人々の手によって整理された膨大な資源だけだった。


 収納用のアイテムボックスを開き、エリーゼは記録板へ数字を書き込んでいく。


「剣、槍、盾、鎧、兜、矢、金具、馬具。」


「回収完了。」


 続いて鍛冶担当から報告が届く。


「鉄資源、推定数百トン。」


 その言葉に、その場にいた者たちは思わず息をのんだ。


 数百トン。


 それは一つの村が何年もかけて採掘しても集められない量である。


 戦争のために集められた鉄が、一日で人々の手へ渡ったのだ。


     ◇


 マイトガイは収納された資材を眺めながら腕を組んだ。


「これだけあれば、鍛冶工房は何年も困らんな。」


 セリアが笑顔で頷く。


「農具はいくらあっても足りません。」


「畑が増えていますから。」


 レオンも計算板を見ながら報告する。


「鍬、鋤、鎌、斧、つるはし。」


「かなりの数を新調できます。」


 農業担当たちの表情は明るかった。


 農地が増えても農具が不足していては意味がない。


 この鉄は、多くの畑を耕す力になる。


     ◇


 ブラウ村では、セリアーノが別の案を口にする。


「水路工事にも使えます。」


「鉄製の補強材があれば、大きな水門も造れます。」


 フレイニルが嬉しそうに微笑んだ。


「水車も増やせますね。」


「粉挽きだけではありません。」


「紡績にも利用できます。」


 その言葉にクロエスタが目を輝かせる。


「紡績機を増やせば布の生産量も上がります。」


「服も毛布ももっと作れます。」


 リリアーノも続ける。


「寒い地方にも届けられますね。」


 鉄は工房だけでなく、人々の暮らしそのものを支える力へ変わろうとしていた。


     ◇


 ガルム村では、レインが地図を広げる。


「橋を架けよう。」


「川で分断されている農地が多い。」


 アイリールが頷く。


「橋があれば荷車が通れます。」


「物流も変わります。」


 クロエールは行政担当らしく静かに言葉を添えた。


「物流が変われば商売も変わります。」


「村同士の交流も増えます。」


 人が行き来すれば、知識も技術も流れる。


 それは教育にもつながる。


     ◇


 ヴェルダ村では、エリーゼが未来を見据えていた。


「建物にも鉄は必要です。」


「学校。」


「治療院。」


「工房。」


「倉庫。」


「丈夫な建物ほど、多くの人を守れます。」


 カレンが荷車の設計図を広げる。


「荷車も大型化できます。」


 エレノアは微笑む。


「運べる荷物が増えれば、人の暮らしも豊かになります。」


 資源は、人材を育てる環境を整えるために使われる。


 それが四つの村に共通する考え方だった。


     ◇


 夕暮れ。


 戦場跡を歩きながらマイトガイがぽつりと呟く。


「サムなら、まだ何か思いつくだろうな。」


 エリーゼは穏やかに笑った。


「ええ。」


「あの人は、いつも先を見ていますから。」


 レインも空を見上げる。


「鉄は畑を耕す。」


「鉄は村をつなぐ。」


「鉄は仕事を生む。」


 フレイニルは静かに言葉を結んだ。


「そして、いつの日か。」


「もっと遠くの町や国を結ぶ道具になるのでしょう。」


 誰も、その時はまだ知らなかった。


 この日回収された数百トンもの鉄資源が、後に数え切れないほどの農具を生み、水車を回し、紡績機を動かし、学校や治療院を支える建材となり、幾つもの橋を架け、人と物を結ぶ大きな物流網の礎となることを。


 さらに時代が進めば、その鉄は新たな技術と結びつき、大地を駆ける鉄道の一部となって、多くの人々の暮らしを支えることになる。


 戦争のために集められた鉄は、教育と産業の力によって、人を育てる未来への礎へと姿を変え始めていた。


 環境が人を育てる。


 その積み重ねは、やがて村を変え、国を変え、世界そのものを変えていく。






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