表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅人は教えるだけ。あとは人々が勝手に世界を変えていった  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/33

12 商人

 朝日が村を照らし始めた頃、一台の荷馬車がゆっくりと村へ近づいてきた。


 荷台には様々な品物が積まれ、二頭立ての馬はよく手入れされている。御者台に座る女性は、旅慣れた商人らしく無駄のない身のこなしだった。


 長い栗色の髪を後ろで束ね、落ち着いた藍色の外套を羽織っている。端正な顔立ちに穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳だけは鋭く、周囲を素早く観察していた。


「ここが噂の村ね……。」


 美女商人ミラは、小さく呟いた。


 旅の途中、多くの商人仲間から妙な噂を聞いていた。


 盗賊に苦しめられていた貧困村が、短期間で魔物を狩り始めたという。


 しかも冒険者ではなく、普通の村人が。


 最初は誰も信じなかった。


 ところが最近では、その村から質の良い皮や魔石が少しずつ市場へ流れ始めている。


「自分の目で確かめるしかないわね。」


 馬車が村へ入ると、見張りをしていたカエデがすぐに気付いた。


「商人さんです!」


 知らせを受けたエリスとサムが入口へ向かう。


「ようこそ。私は村の運営を担当しているエリスです。」


「俺は物流担当のサム。今日は何をお探しで?」


 ミラは二人を見る。


(若い……。)


 それだけではない。


 歩き方に迷いがなく、落ち着いている。


 以前訪れた貧しい村では、商人を見るなり値切ろうとする者や、焦って売り込もうとする者ばかりだった。


 この村には、それがない。


「私はミラ。各地を回っている商人よ。魔物素材や食料があると聞いて来たの。」


 サムは笑顔でうなずいた。


「もちろんあります。査定をお願いします。」


 案内された倉庫へ入ったミラは、思わず足を止めた。


「……これは。」


 倉庫には整然と素材が並べられていた。


 皮は大きさごとに分類。


 牙や角も種類別。


 骨は加工しやすいよう長さを揃えられ、魔石も属性ごとに仕分けされている。


 さらに精肉は冷却用の氷魔法で鮮度が保たれていた。


「こんな管理を村人が?」


「ええ。」


 エリスは静かに答える。


「教育を受けましたので。」


 ミラは一枚の皮を手に取る。


 毛並みが揃っている。


 切り傷も最小限。


「解体が上手ね。」


 続いて魔石を見る。


 欠けがほとんどない。


「採取も丁寧……。」


 さらに肉を確認する。


 血抜きも十分。


 臭みが少ない。


 市場なら高値で売れる品質だった。


 ミラは思わず笑った。


「これは驚いたわ。」


 サムは胸を張ることなく答える。


「先生に教えていただきました。」


「先生?」


「旅人のコウランさんです。」


 その名前を聞き、ミラは少しだけ興味を示した。


 だが今は商売が先だった。


「では査定を始めましょう。」


 皮を一枚ずつ確認し、角や牙の状態を調べ、魔石の純度を見る。


 普通なら半日はかかる作業だった。


 ところがサムは品目ごとの数量を正確に記録していた。


「オークの皮、五十八枚。」


「ウルフの皮、三十二枚。」


「魔石、水属性二十一、土属性十八、風属性十五。」


 数字に誤差がない。


 しかも倉庫の配置まで整理されている。


「仕事が早いわね。」


 サムは少し照れ笑いを浮かべた。


「最近ようやく商売鑑定スキルが目覚めたんです。」


「なるほど。」


 ミラは納得した。


 だから数量も品質も瞬時に把握できる。


 それでもスキルだけでは説明できない。


 整理整頓は日々の積み重ねだ。


「交渉に入りましょう。」


 ミラは羊皮紙を広げた。


「皮は市場価格より一割高く買います。」


 サムは首を横に振る。


「ありがとうございます。でも今回は精肉もあります。」


「もちろん見ています。」


「肉と皮をまとめて継続契約にできませんか?」


 ミラは少し驚く。


「継続契約?」


「はい。一度だけ高く売るより、長く取引したいんです。」


 商人として、その考え方は理想的だった。


 目先の利益ではなく信用を積み重ねる。


 若い少年とは思えない。


 ミラは笑みを深めた。


「続けて。」


「こちらは毎回品質を維持します。その代わり、相場が少し下がっても買い取りを続けてください。」


 エリスも口を開く。


「こちらも急な値上げ要求はしません。長く付き合える関係を望んでいます。」


 ミラは感心した。


(欲を出さない。)


 だから信用できる。


「いいでしょう。」


 彼女は新しい契約書を書き始めた。


「品質が維持される限り、優先して買い取ります。」


 サムは笑顔になった。


「ありがとうございます。」


「ただし条件があります。」


「何でしょう?」


「もっと大量に持ってきて。」


 三人は思わず笑った。


「実は市場では良質な素材が不足しているの。」


 ミラは正直に話した。


「粗悪な品ばかり増えて、職人たちが困っているのよ。」


 サムはうなずく。


「こちらも生産量を増やします。」


「狩猟班も育っていますから。」


 その返答には無理がなかった。


 実際、村人たちは魔力循環と戦闘訓練を積み重ね、自力で狩猟できる人数が着実に増えていた。


 ミラは倉庫をもう一度見渡す。


 整然と並ぶ素材。


 無駄なく動く村人。


 笑顔で働く子どもたち。


 そして焦る者がいない。


「……なるほど。」


 噂は誇張ではなかった。


 この村は貧困から抜け出そうとしているのではない。


 すでに、自らの力で未来を築き始めている。


 商人として、多くの村を見てきたミラだからこそ分かった。


 ここは一時的に豊かになった村ではない。


 教育によって、人が育ち始めた村だった。


 彼女は静かに微笑む。


「この村とは、長い付き合いになりそうね。」




 素材の売買が終わると、サムは帳簿を丁寧に閉じた。


 今回の取引は村にとって過去最大だった。


 大量の塩と引き換えに、皮、骨、牙、角、魔石、精肉を売却できたことで、当面の保存食づくりにも目途が立つ。


 ミラも満足そうに荷馬車へ商品を積み込んでいた。


「ここまで品質の揃った素材は久しぶりに見たわ。町の職人たちも喜ぶでしょう。」


「ありがとうございます。」


 エリスが頭を下げる。


 その様子を少し離れた場所から見ていたコウランは、静かに歩み寄った。


「一つ、相談がある。」


 ミラは姿勢を正した。


「もちろん。商売の話なら歓迎よ。」


 コウランは首を横に振る。


「商売だけではない。」


「人を探している。」


 その言葉に、ミラの表情が変わった。


「……人?」


「そうだ。」


 コウランは穏やかに続ける。


「難民。」


「棄民。」


「流民。」


「仕事を失った職人。」


「行き場をなくした農民。」


「奴隷として苦しんでいる者。」


「生活のために娼婦を続けるしかない者。」


「種族は問わない。」


「ヒューマンでも、エルフでも、ドワーフでも、獣人でも、ダークエルフでも、魔人でも構わない。」


 ミラは黙って耳を傾けた。


 これまで多くの領主や商人から人集めを依頼されたことはある。


 だが、そのほとんどは安い労働力を求めるものだった。


 待遇を尋ねれば口を濁す者も少なくない。


 だから彼女は慎重だった。


「確認させて。」


「この村は、その人たちをどう扱うの?」


 コウランは迷うことなく答えた。


「働きたい者には仕事を教える。」


「学びたい者には教育を施す。」


「病人は治療する。」


「飢えている者には食事を出す。」


「その代わり、自分の力で生きられるよう努力してもらう。」


 ミラはさらに尋ねる。


「奴隷は?」


「解放する。」


「娼婦は?」


「別の仕事を覚えてもらう。」


「孤児は?」


「学校を作り学ばせる。」


 短い言葉だった。


 それでも嘘ではないことは、この村を歩けば分かる。


 見張りを務めるカエデ。


 物流を担うサム。


 村政を支えるエリス。


 治癒師を目指すノールとフェルトア。


 以前なら未来を語れなかった村人たちが、それぞれ役割を持ち始めている。


 ミラは小さく息を吐いた。


「あなた、不思議な旅人ね。」


「人を集める理由がお金じゃない。」


 コウランは静かに答える。


「人がいるから仕事が生まれる。」


「仕事があるから技術が育つ。」


「技術が育てば暮らしが豊かになる。」


「豊かな村には、また人が集まる。」


 エリスが続ける。


「だから私たちは人口を増やしたいんです。」


「税を増やすためではありません。」


「村を育てるためです。」


 ミラは何度もうなずいた。


 商人である彼女には、その考え方がよく理解できる。


 市場も同じだ。


 店だけ増えても意味はない。


 職人がいて、運ぶ者がいて、買う者がいて、初めて街は栄える。


 人こそが経済を動かしている。


「分かったわ。」


 ミラは力強く言った。


「私の商人仲間に声を掛ける。」


「街道沿いには多くの商人が行き来している。」


「各地の難民や流民の情報も入ってくる。」


「職を探している職人も紹介できると思う。」


 サムが思わず顔を輝かせた。


「本当ですか!」


「ええ。」


 ミラは微笑む。


「ただし、一度に何百人もは難しいわ。」


「少しずつになる。」


 コウランはうなずいた。


「それで十分だ。」


「急ぎ過ぎれば教育が追いつかない。」


「受け入れた者が安心して暮らせる環境を整えることの方が大切だ。」


 その言葉に、ミラは改めて感心する。


 普通なら人口だけを増やそうとする。


 この旅人は違う。


 育てられる人数を見極めている。


 それが長く続く村を作る方法なのだろう。


 荷馬車の準備が終わる頃、村人たちも見送りに集まってきた。


 ミラは最後にコウランへ向き直る。


「あなたは村を大きくしたいの?」


 コウランは空を見上げた。


「村を大きくしたいわけではない。」


「人が集まれば、自然と村ではなく町になる。」


「町になれば、新しい仕事が生まれる。」


「さらに人が集まり、新しい技術が育つ。」


「その積み重ねが国を豊かにする。」


 少し間を置き、穏やかな声で続ける。


「豊かな土地を作るのは金ではない。」


「人材だ。」


「農業を教える教師。」


「病を治す治癒師。」


「村を守る戦士。」


「品物を運ぶ物流担当。」


「価値を見極める商人。」


「新しい道具を生み出す職人。」


「一人ひとりが誰かを育てられるようになれば、その土地は衰えない。」


 エリスもサムも、静かにその言葉を聞いていた。


 教育が人を育てる。


 人が産業を育てる。


 産業が暮らしを支える。


 その循環こそが、この旅人の目指す未来だった。


 ミラは深く一礼した。


「次に来る時は、一人ではないかもしれない。」


「新しい仲間を連れてくるわ。」


「ありがとう。」


 コウランはそれだけ答えた。


 馬車はゆっくりと村を離れていく。


 車輪の音が遠ざかるにつれ、村人たちの胸には新たな期待が芽生えていた。


 この小さな貧困村は、狩りができるようになり、技術を学び、商人との交易を始めた。


 そして今、人を迎え入れる準備まで整いつつある。


 やがて街道を歩く難民、流民、職人たちは、この村の名を耳にすることになる。


 ――学べる村がある。


 ――働ける村がある。


 ――人生をやり直せる村がある。


 その噂は、静かに、しかし確実に世界へ広がり始めていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ