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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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呪縛 〜 誰の特別にもなれなかった私

作者: 栖川 葵依

 アラームが鳴る一秒前に私の意識は覚醒する。

 カーテンの隙間から差し込む薄い光をまずは網膜で冷静に分析する。今日の光は白すぎる。肌のコンディションを最も残酷に暴く光だ。


 私はゆっくりと体を起こし、寝室の全身鏡の前に立つ。


 寝起きの無防備な肉体。

 鎖骨の浮き方、ふくらはぎの張り、肌の透明度。それらを検品するように、指先でなぞる。


「……よし」と小さく呟く。鏡の中の私は今日も一分の隙もない。


 幼い頃、母に言われた言葉が呪文のように脳裏にこびりついている。


「彩葉、美しくないものはね。この世界に存在しないのと同じなのよ」


 だから私は美しくあり続けなければならない。誰の追随も許さない圧倒的な『個体としての美しさ』こそが、私がこの世界で呼吸することを許される唯一の免罪符なのだから。

 

 教室に入った瞬間、淀んでいた空気が私を中心に再構成されるのを感じる。


「あ、彩葉!おはよー!」


 真っ先に駆け寄ってきたのは莉奈だ。彼女に続いて、美紀と沙織も席を立つ。私の周りにいつものように壁ができる。


 「おはよう。莉奈、そのアイシャドウ変えた?似合ってるね」

「えっ、わかる!?さすが彩葉。これ昨日発売の限定パレットなんだ」

「うん、発色が綺麗。でも莉奈ならもう少し目尻をぼかしたほうが、もっと大人っぽくなると思うよ」

「マジで?明日やってみる!……ねえねえ、そういえば今日の小テスト対策やった?」


 美紀が不安そうに聞いてくる。私は軽く肩をすくめて見せた。


 「一通りはね。でも今回、範囲が微妙に広いから面倒だよね」

「彩葉が『一通り』って言う時は絶対満点取れる時じゃん。いいなー。要領よくて」

「そんなことないよ。私も結構苦労してるんだから」


 嘘だ。苦労なんてしたことがない。

 けれど、ここで「余裕だよ」と言い切らないのが私の『徳』の積み方で、人生なんてだいたい思った通りに動く。私が何かをいえば、周囲が勝手に慮って、チヤホヤしてくれる。


 「……あ、桜井くん来たよ」


 沙織が耳打ちしてくる。

 教室のドアが開くと、部活帰り特有の少し火照った空気と共に桜井斗真が入ってきた。

 彼はカバンを肩にかけ直すと、一直線に私の隣の席へやってくる。


 「杉本、おはよ。朝から元気だな」

「斗真こそ。朝練、お疲れ様」

「サンキュ。……なぁ、一限の古文って予習の範囲どこだっけ? 完全に忘れてた」


 彼は私の顔を覗き込むようにして笑う。


「もう、昨日グループライムでも流したでしょ。六十二ページからだよ」

「あー、見てなかったわ。杉本、ノートちょっと見せて」

「ダメ。自分でやりなさい」

「いいじゃん、後で学食のアイス奢るからさ。頼む!」


 彼は手を合わせて、大げさに頭を下げて見せる。

 周囲の女子たちが「またやってるよ」とクスクス笑い、男子たちが「桜井、また杉本さんに甘えてんなー」と茶化す。


 そうこれが『正解』の景色だ。

 私と斗真が中心にいて、周囲がそれを微笑ましく眺める。私たちはこのクラスの太陽と月で当然の位置として扱われている。


 「……しょうがないなぁ。ほら、ここ」「助かる! さすが杉本様、一生ついていくわ」

「一生なんていらない。アイス、一番高いやつにしてね」

「了解。ハーグンでもなんでも持ってこいよ」


 私は彼がノートを受け取る瞬間に触れた指先の熱を平静を装って無視する。

 けれど、その『正解』に異物が紛れ込んだのは二限の休み時間だった。


 「……あの桜井くん」


 聞くに堪えない、陰気な声がした。

 見れば、久保紗菜が申し訳なさそうに斗真の机の傍に立っていた。

 彼女は私の視線を避けるように俯き、指先を袖の中に隠している。


 「あ、久保さん。これ昨日の」


 斗真が私に見せていたのとは全く違う穏やかで柔らかなトーンで彼女に応じた。

 彼はカバンの中から一冊の文庫本を取り出す。


 「借りてた本、返そうと思って。これ最後あんな風に終わるんだな。ちょっと意外だった」

「……あ、……面白くなかったですか?」

「いや、逆。めちゃくちゃ考えさせられたよ。……久保さん、他にもこういうの持ってる?」

「……はい。もしよかったら、また」

「お願いしていい? 俺、こういう静かな話も好きなんだ」


 会話が途切れない。

 私と交わす軽口とは違う。共有された「内側の言葉」が二人の間に流れている。


 莉奈が私の顔色を伺うように見てくる。

 美紀が気まずそうにスマホに目を落とす。


「俺、こういう静かな話も好きなんだ」という斗真の言葉に、彼女はほんの少しだけ花がほころぶような笑みを見せた。

 誰かに「見せつけるため」ではない。ただそこにあるだけの自然な充足。

 私がどれだけ鏡の前で磨き上げても手に入らなかった、剥き出しの「心」の交流。


 それが私の完璧なピンクベージュの指先よりも価値があるのだと突きつけられた気がして、私は喉の奥が焼けるような不快感を覚えた。


 教室という場所は残酷なほどに「言葉」よりも「空気」に支配されている。

 私はその指揮者だ。タクトを振る必要さえない。ただ一言。適切なタイミングで、適切な違和感を投げ込めばいい。


 昼休みはいつものように私の机の周りに集まった取り巻きたち。

 私はコンビニで買ったサラダのパックを開けながら、ふと思い出したように顔を上げた。


 「ねえ、そういえばさ。久保さんっていつも一人で何読んでるか知ってる?」


 私の問いに莉奈が真っ先に反応する。


 「えー、知らない。なんか暗い感じの文庫本じゃない?」

「昨日、斗真に本貸してたでしょ。あんな古本をよく渡せるよね」

「えっ、マジで? 桜井くんに? 勇気あるなー」

「勇気っていうか無神経なんじゃない?」


 莉奈に続いて、美紀がフォークを止めて顔をしかめた。


 「わかる。ああいう『私、みんなと違って読書好きなんです』みたいな雰囲気、正直鼻につくよね。しかもそれをわざわざ桜井くんに持っていくっていうのが……。計算高いっていうか」

「わかる。ああいう『おとなしい私』を武器にするタイプが一番タチ悪いんだよ」

「あー、いるいる。天然ぶってるけど、実は一番男慣れしてそうな感じ」


 みんなの笑い声が広がる。


「それに紗菜みたいな陰キャな子って勘違いしやすいじゃん」

「それな。マジで滑稽すぎて腹が痛くなる」

「わかる。ほんとに面白い」


 私はその会話に加わらず、ただ困ったように眉を下げてみせる。


 「でも、斗真も困ってたみたいだよ。断るのも悪いからって、無理して受け取ってたし」

「うわ、それ可哀想。桜井くんって優しいもんね」

「……ちょっとそれ怖くない?」


 莉奈がわざとらしく自分の腕をさすってみせた。


 「怖っ。もし私が桜井くんだったら、あんな暗い本渡されただけで呪われそうって思っちゃうかも。……ねえ、彩葉、他にも何か言ってなかった?」

「うーん、詳しくは言わないけど。ただ『距離感がわからなくて、どう反応していいか困る』って、ちょっと困惑してたかな。彼の立場も考えてあげればいいのにね」

「最悪。桜井くんの優しさを利用するとか、マジで同じ女子として恥ずかしいんだけど」


 「怖い」という単語。それが彼女に貼られる最初のラベルだ。

 誰も彼女を攻撃してはいない。ただ「空気の読めない少し怖い存在」であるという共通認識がこの瞬間に完成した。


 「あ、久保さん。戻ってきたよ」


 莉奈が声を潜める。

 教室の入り口から彼女がおどおどとした様子で自分の席へ戻っていく。

 その背中に向けられる視線が昨日までとは明らかに違っていて、誰かが椅子を引く音をわざと立てる。


 莉奈たちは鼻で笑うような汚いものを見るような沈黙を彼女に投げつける。


 「……ねえ、久保さん。ちょっといい?」


 私は椅子から立ち上がり、彼女の席へと歩み寄る。

 クラス中の視線が私に集中する。


 「……あ、杉本さん。なに、かな」

「昨日の本、斗真が『返したい』って言ってたよ。内容が難しすぎて、自分には合わないみたいって」

「えっ、……あ、そう、なんだ」

「うん。だからもう無理に貸さなくていいと思うよ。斗真、優しいから断れなくて困っちゃう人だから」


 私は彼女が大事に抱えていたカバンを少しだけ憐れむような目で見つめた。ほんとにいつ見ても地味でださい。髪の毛はよく見れば枝毛まみれで、こんな地味な子に斗真はやらない。私のプライドがそれを赦さない。


 「久保さんは自分の好きなものを共有したかっただけなんだよね? 気持ちはわかるよ。でも、相手がそれをどう思うかまで考えないと。……彼、ああ見えて結構、気を遣うタイプだから。これ以上、重荷を背負わせるのは可哀想じゃない?」

「……重荷…ですか」

「そう。本人は言わないだろうけど、周りはみんな気づいてるよ。久保さんが彼を困らせてること」


 私は彼女の目を見て、優しく微笑む。

 まるで良かれと思って忠告してあげている友人のように。


 「……ごめんなさい。私、迷惑かけてたんだ」

「ううん、久保さんが悪いわけじゃないよ。ただ距離感って大事でしょ?」


 会話が途切れる。

 周囲の女子たちが遠巻きにクスクスと笑う声が聞こえた。


「自分から謝っちゃうんだ」

「認めたね」

「うわー、彩葉強い」


 という無言の嘲笑が彼女の小さな背中をさらに丸めさせる。


 「……うん。杉本さんありがとう。教えてくれて」

「いいよ。気にしないで。私は久保さんの味方だからね」


 私は軽やかな足取りで自分の席に戻った。なんてことはない日常の一コマだ。

 けれど、この瞬間に「久保紗菜が桜井斗真に色目を使って迷惑をかけている」という物語がクラスの正史となった。


 午後の授業中、彼女が消しゴムを落とした。

 カランと乾いた音が響く。

 以前なら誰かが拾ってあげていただろう。けれど、今は誰も動かない。

 隣の席の男子さえ、面倒なことに巻き込まれたくないと言わんばかりに視線を逸らした。


 みんな彼女と関わることで「自分も空気が読めない側」に判定されるのを恐れている。


 放課後、斗真が私のところにやってきた。

 彼は少し苛立ったように前髪をかき上げる。


 「なぁ、久保さん。さっき本返してきたんだけど、なんか様子おかしくてさ」

「え、どうしたの?」

「いや、俺が何かしたか?って聞いても『ごめんなさい』しか言わねーし。……お前、何か知らないか?」


 私は彼を見上げ、一拍置く。

 潤んだような、心配そうな瞳を作るのは造作もない。


 「……斗真、やっぱり気づいてなかったんだ」

「何をだよ」

「みんな斗真が久保さんに付きまとわれてるって噂してるよ。彼女、斗真のこと待ち伏せしたりしてるんでしょ?」

「はぁ!?そんなのしてねーよ。本貸してもらっただけだろ」

「斗真はそう思ってても、彼女は違うのかも。……みんな斗真が可哀想だって言ってる」


 私は声を一段階落とし、さらに親身なトーンを重ねた。


 「莉奈たちも言ってたよ。桜井くんは優しいから、ああやって押し付けられると断れないんだろうねって。……彼女、結構執着心が強いみたいだし。斗真が変な噂に巻き込まれて、部活とかに影響が出ないか心配なの」

「……部活?なんでそんな話になんだよ」

「誰かが先生に相談しようかなって言ってたから。斗真が困ってるなら助けてあげなきゃって」


 嘘はついていない。「みんな」がそう言っているのは事実だ。私がそう言わせたのだから。


「……っざけんなよ。誰だよ、そんなこと言ってるやつ」

「やめなよ、斗真。犯人探しなんてしたら、もっと雰囲気が悪くなる。……私が久保さんとうまく話してみるから。ね?」


 私は彼の腕に軽く手を置く。

 彼は舌打ちをして、黙り込んだ。


 彼の中の「久保紗菜」が、徐々に「トラブルの種」へと変質していく。

 どんなに彼が彼女を特別に思っていても、周囲が彼女を否定し続ければ、その感情は摩耗していく。


 そして傷心中の斗真を私が懸命に慰めてから好きにさせればいい。


 私は教室の窓から見える夕焼けを眺める。

 彼女が一人、校門へ続く道を歩いているのが見えた。

 その肩は朝よりもずっと丸まっているように見えた。


 私は一歩も動かず、ただ言葉を数粒こぼしただけで、彼女の世界を灰に変えた。

 心地よい万能感が指先まで満たしていく。


 私は優雅に脚を組み、床に這いつくばる彼女を見下ろし、指先には斗真から借りた大切な文庫本が握られていた。


 「久保さん、その本。斗真に返すつもり? ……やめておきなよ。あなたが触れた後の紙の匂いを彼が嗅ぐなんて、想像しただけで吐き気がするわ」

 「……これ、は……。そんな、つもりじゃ……」

 「つもりがあろうとなかろうと結果は同じ。あなたの存在そのものが彼にとってのノイズなの」


 私は傍らに立つ莉奈に顎で合図を送る。莉奈は躊躇いながらも、カバンから一瓶の濃縮タイプの洗濯洗剤を取り出した。


 「……ねえ、彩葉。本当にやるの?ちょっとやりすぎじゃ……。さすがにこれは、笑えないっていうか……」

 「やりすぎ?私は彼のために不潔なものを消毒してあげているだけ」

「先生とかに見つかったらどうするの?」

「ねえ、私の言葉が聞こえなかった?莉奈もこいつみたいにされたいの?されたくないなら早くやれよ」

 「……っ、ううん。わかった。やるよ……やればいいんでしょ」


 私の静かな。けれど逃げ道を塞ぐような視線に莉奈の手が震える。

 私は髪を掴んで無理やり顔を上げさせ、彼女の目の前で、その大切な本の上に洗剤を莉奈がゆっくりと垂らしていく。


 「あ……あぁっ……!!やめて!お願い。それだけは……っ!」

 「そんなにこれが大事?だったらもっと綺麗にしてあげないと」


 どろりとした化学薬品の液体が文字をページを、斗真との思い出を執拗に侵食していく。インクが滲み、紙がふやけ、美しい物語が異臭を放つ塊へと変質していく。


 「あはは、すごい匂い。ねえ、久保さん。これでもう『清潔』になったね。……見て、文字が溶けて消えていくよ。あなたの記憶みたいに」

 「……ひどい……なんでこんなことするの……?」

 「……あ、ついでに指先も消毒してあげようか?そんなにそのゴミが愛おしいなら一緒に溶けちゃえばいいのに」


 私は彼女の絶望に満ちた瞳を鑑賞するように見つめた。

 恐怖で声も出ない彼女を見て、心の底から充足感が湧き上がる。私が「不可」と判定したものはこの世界から消えなくてはならない。それが私の庭のルールだ。


 「……二度と斗真に近づかないってその心に刻んで。わかったら返事は?」

 「……は、い……」


 私は一歩も動かず、ただ言葉と視線だけで彼女の精神を更地にした。


 ……けれど、その完璧な勝利を切り裂いたのは背後から響いた無機質な電子音だった。

 振り返ると、沙織が震える手でスマートフォンを握りしめていた。


 「……沙織?何してるの。早く片付けて」

 「……もう無理だよ。最近の彩葉……怖すぎるよ。……自分が何してるか分かってるの?」

「は?何言ってるの?私の言うことが聞けないの?」


 沙織の瞳には忠誠心ではなく、剥き出しの嫌悪が宿っていた。

 彼女の画面にはSNSのグループチャットが表示されている。そこには今のやり取りを逐一報告するテキストと洗剤をかけられる動画が、斗真を含む「クラス全員」のグループにリアルタイムで共有されていた。


 「……誰がそんな許可を出したの。消して、今すぐ。冗談じゃ済ませないよ」

 「……消さない。だってみんな言ってるもん。『杉本さん、化け物みたいだね』『関わったら人生終わるわ』って。……ほら見てみなよ」


 スマホに次々と届く通知の振動。

 クラスメイトたちの私を「異物」として排除する罵詈雑言の嵐。


 その時、廊下から足音が響き、ドアが乱暴に開かれた。

 立っていたのは部活のユニフォーム姿の斗真だった。


 「……久保さん!大丈夫か!?」


 彼は床に転がる無残な本と勝ち誇った顔で立ち尽くす私を見比べ、一瞬だけ胃の底からせり上がるような怒りの顔をした。


 「……杉本。お前、本当にこれを自分が『正しい』と思ってやったのか?答えてみろよ!」


 斗真の視線。それは私がかつて彼女に向けていた「ゴミを見るような目」そのものだった。


「斗真、これは違う。私はあなたの評判を守るために……。彼女があなたの迷惑になっていたから……」

 「俺に触るな。その醜い顔を見てるだけで虫酸が走る」

「は?醜い?誰が?え、私のこと言ってるの??何バカなこと言ってるの?正気?そいつのほうが私より可愛いっていう気?斗真って節穴?」

「……ほんとに杉本には呆れた。二度と俺たちに話しかけてくんな」


 斗真は紗菜を支えて立ち上がらせると私を一瞥もせずに教室を去った。

 残された莉奈たちも私を「共犯者」から切り離すように、汚いものを見る目で私を避けて教室を出ていく。


 「なんで、私は何も悪くない。悪くない。全部、あいつが……あんな女が斗真を惑わせるから……っ!」

 「……彩葉、もうやめなよ。見苦しい」

 「は?何言ってるの莉奈。さっきまで一緒に笑ってたでしょ!」

 「は?勘違いしないで。私たちはあんたに逆らうのが怖かっただけ」

 「……信じられない。あんなことよく平気な顔でできるよね」

 「彩葉とはもう絶交する。これ以上巻き込まれたくないもん」


 独りきりになった教室で、私は自分の爪を見つめる。


 けれど、その指先に触れようとする人間はもうこの世界には一人もいない。

 私は自分が悪かったなんて思っていない。


 ただ私が磨き上げた「完璧な資産」が、今この瞬間、価値を持たない紙屑以下の存在に成り下がったこと。


 それだけを夕闇に染まる鏡の前で、静かに理解してしまった。

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