妖精全滅密室事件
完全な密室事件です。(一応)
事件は、ある日、突然起きた。
朝早く、道具屋の店主が店先に妖精を出そうと空き瓶を片手に店の裏にある倉庫まで足を運ぶと・・・
全滅した妖精たちが床に横たわっていた。
彼らは、皆、焦げたパンのように真っ黒だった。
現場である倉庫の扉は閉ざされていた。また、その扉を開ける鍵は店主が所持している一本だけしか存在しなかった。加えて、妖精が逃げ出さないように窓は一つも無かった。
どこからも入れないし、出られない倉庫、つまり、現場は密室だった。
ケンアス王国は、年中、雨の降る国で、妖精の繁殖が盛んに行われている。妖精は湿気を好む特性を持ち、この地では繁殖しやすいのだ。
妖精の羽から撒かれる光輝く鱗粉を浴びることで冒険者たちは怪我や毒、瀕死状態などの身体的な状態だけならず、混乱やホームシックなど精神的な状態まで完全に正常に治すことができる。ただし、妖精の鱗粉の効果が出るのは一体に付き一回のみ。鱗粉を人に浴びせると妖精は消えてしまうからだ。この国の妖精一体の価格は一万G。少し他の国より高いが、ダンジョン内で欠かせないアイテムであり、妖精が多く繁殖されているこのケンアス王国には毎日、危険なダンジョンに挑む冒険者が訪れている。
ところで、ケンアス王国には勇者探偵ミツルギという者がいる。
彼は、真実を見抜き高らかに声を発した時にだけ鞘から刃を抜ける伝説の剣、事勿を持っている。
そして、事勿は犯人にしか刺さらない。
まさに勇者探偵という職業のために存在する剣なのだ。
道具屋の店主はミツルギに事件の解決を依頼した。
ミツルギは、事件現場に来て、こめかみをおさえながら何か考え事をしていたかと思うと、
「俺の長年の勘を信じると・・・犯人は事件前日に道具屋に来た内の一人だ!リストに書き出して何を買ったかも思い出してくれ」
そう叫んだ。
事件前日に道具屋に来たのは三人だった。三人皆から購入の際、冒険者IDカードを見せてもらって、そのIDカード番号と名前、職業を道具屋はメモしていた。冒険者IDカードが無い者は冒険者と認められず道具屋で道具を買う権利がない。そして、偽造IDカード防止のために、IDカードに書かれた情報を道具屋は一旦記録し、一週間に一回、役所に届け、役所の人間が冒険者名簿と照らし合わせ、本当にその者が認められた冒険者だったのかを確かめるのだ。もし違った場合は、厳しい処罰を与える。
【店主のメモ】
一人目、勇者、スコレフ。スコレフは魔術は使えず、剣術のみを鍛えている。剣術を極めたら、包丁さばきも上手くなり、ダンジョンで仕留めたモンスターを料理して食べることもあるらしい。そして彼の作った料理は美味だと評判らしい。彼が道具屋で買ったのは、”魔返の鎧”、1時間に1回だけどんな魔術でも跳ね返す鎧だ。
二人目、魔術師、ビブレオージ、ビブレオージは氷魔法に特化した魔術師であり、小さな湖ぐらいなら全体を凍らせてスケート場にすることだってできると自慢げに話していた。彼が道具屋で買ったのは、”マジックイレーサー"。相手の攻撃魔法の内1つの効果を無効化することができる。
三人目、魔術師、モスコス、モスコスは炎魔法に特化した魔術師であり、全身火傷を起こすことも可能だ。自分の炎魔法の技術は高く、複数人の敵を同時に始末することもできると話していた。彼も道具屋で購入したのは”マジックイレーサー"だった。
「怪しいのは、魔術師二人ですよね?」
顎に手をあて考え事をしているミツルギを見つめながら、店主はそう聞いた。
「いやまあ、そうなるな・・・スコレフは剣術のみだろ・・・剣術だけで妖精を一気に密室で殺すことは難しい・・・そもそも妖精は真っ黒焦げだったわけだしな・・・」
「ビブレオージは氷魔法、モスコスは炎魔法、うーん、モスコスの方が怪しいですよね」
「いやけど、モスコスが犯人ならあの殺し方は自分が犯人って言ってるみてぇじゃねえか?」
「ああ、確かに。黒焦げですもんね・・・」
その店主の一言を聞いたとき、勇者探偵ミツルギの脳内に稲妻が走った。
「ちっ!簡単なトリックじゃねえか!!なんですぐに気づかなかったんだ俺は!!ビブレオージが犯人だよ!」
「えっ!!」
思わず、素っ頓狂な声を店主はあげた。
「早く奴を呼んでこい!役所の人間に頼めば、位置情報特殊魔法でビブレオージがいる場所が読み取れるだろ!」
はたして、ビブレオージはすぐに道具屋に来た。というか役所の人間にワープ魔法でムリヤリ飛ばされてきた。
「俺が何をやったってんだよ!」
ビブレオージの顔相は怒髪天をつくという感じだった。
「ビブレオージ、お前が、この道具屋の倉庫で起こった妖精全滅密室事件の犯人だ!」
ミツルギは体をビブレオージに近づけ、間近で彼の顔面に向かって指をさした。
「ああ?何言ってるんだよ?」
依然、怒りを露わにした様子のビブレオージ。
彼から少し離れ、事勿の持ち手を握り、ミツルギはこう高らかに述べた。
「今からこの事件のトリックを言ってやる!」
ビブレオージと店主はミツルギに視線を向けた。
「トリックは簡単だ。氷魔法は極めれば目の前にあるものを、大小問わず、何でも凍らせることができる恐ろしい魔法だ。生き物の体の半分以上は水分でできている。そしてもしも、その水分をすべて魔法で凍らせることが出来たら・・・内部の水分、特に血液が凍ることで、体内循環が塞がれ、体の内部組織から壊死が始まる。そして、壊死は伝播していく。妖精の体は非常に小さいため、体全体にその壊死の伝播が一瞬で起こったことで、すぐに真っ黒になったんだろう」
ミツルギは剣を抜こうとしたが、抜けなかった。まだ密室の謎まで述べていないからか・・・とミツルギは脳内で思案した。
「それがどうしたんだよ。確かに理論上は俺の能力で妖精たちを殺すことは可能なんだろうけど、俺がどうその倉庫に居る妖精たちを殺したんだよ?密室とか言ってただろ?そのトリックはどうなんだよ?それもわかんねえのに犯人扱いすんな!」
ビブレオージは、眉間に皺を寄せに寄せながら口角泡を飛ばした。
「ははは。そんなこと俺が見通せないとでも?
密室トリックは簡単だよ。
お前が氷に特化した魔術師だからこそ、この密室トリックはできたんだ!
店主が道具屋から出て帰宅した後、現れたお前は
氷魔法でまずこの道具屋全体を凍らせた。
そして、充分凍らせた後、マジックイレーサーで魔法の効果を消す。それだけだ。
大きい魔法でも一つの魔法であることには変わらないから消せたんだ。
道具屋は元通りになり、まあ、中にある道具は少し湿るんだが。一年中雨の降るこの国じゃあ、常日頃湿気が多く、そんなことよく起こるわけで。誰も気にもかけない。
妖精たちは、先ほど述べたように皆、体に起こった壊死の伝播によって死んだ。
あまりにも壊死がひどすぎて、その姿は黒焦げに見えた。以上が俺の推理だ」
もう一度、ミツルギは事勿の持ち手を握り、抜く動作をした。
すると、剣は抜けた。
そう、ミツルギの推理は完璧だったということだ。
ミツルギの正義の刃がビブレオージを貫いた。
その刹那―――
ビブレオージは氷魔法の能力を失った。
事勿は物理的な剣ではない。身体を貫くのではなく、その者の能力を断ち切ることができるのだ。そして斬られた能力は二度と戻ることはない。
事件は解決した。
ビブレオージは元々、他国で道具屋を経営していた者だった。大量の妖精を仕入れたはいいが、妖精の繁殖が上手くいかなかったため、彼の道具屋の経営は傾き、やがて倒産した。その後、彼は氷魔法を極めて冒険者として活躍し、様々なクエストに挑戦し、最近になって借金を返済し終えた。
この国に来たのは、ダンジョンの近場の宿屋で体力を癒やすためだった。
そして、何の気なしに道具屋によると、妖精を相場より高く売っている。
しかも、店主は、他の客にいくらでも店の倉庫にいて儲かりまくる!、とドヤ顔で語っていた。
ビブレオージはその態度が許せなかった。
道具屋に”マジックイレーサー"が売ってあるのを見つけ、ミツルギの推理通りのトリックを考えた。
そして、その夜、ビブレオージは最強氷魔法ソコビエを使い・・・道具屋全体を凍らせた・・・
以上がこの事件の真相だ。
妖精全滅密室事件は、ビブレオージが努力して手にした氷魔法の技術を永遠に手放すことになって終わりを告げた。
能力を失った後に発せられたビブレオージの慟哭は国中に響き渡ったという。
その後、まるで、彼の目からこぼれた大粒の涙と呼応するように、雨脚が強まり始めたのだった。
(了)
【参考文献】
『MSDマニュアル 家庭版』https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home?ruleredirectid=464(2025年3月12日閲覧)
最強の氷魔法いかがだったでしょうか?
あなたの家も気づかないうちに凍らされてるかもしれません。