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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
1、清水田学園のキング
6/46

千夜の呪い2

「ああ、そうか。小野さんは第十一寮の寮長だもんな。規律違反をしてしまったら、他の寮生に示しがつかなくなるんだ」


 ポンと手を叩きながら黎が頷くと、光彰は笑みを浮かべて顎を引く。


「そう。そうなると小野は困るだろう? それがわかりきっているのに、温田見が時計塔での逢瀬という選択をするとは思えない」


「うん、確かにな。そう言われればそうかも」


 黎は心底納得したという様子で、うんうんと何度も頷いた。


 清水田学園の学生寮は、男子生徒用の第一寮、第二寮と、女子生徒用の第十一寮、第十二寮がある。棟は男女で分けてはあるものの、その敷地は繋がっていて塀も無く、思春期の男女を預かっている施設としては珍しく、自由に行き来できるようになっている。


 ただし、門限だけは厳しく、夜は二十時以降の出入りは原則として禁止となっている。外部での練習が必要な習い事をしている者は、送迎を準備してその全てを届け出なければならない。もし突発的な理由で門限以降に出歩く場合は、寮監を務める教師の許可と、それ以外の教師の同行が必要となる。


 しかし、保護者が同行する場合はこの限りではない。最近では保護者が迎えに来て外出すると言って外出し、その後は街中で別れて生徒だけで外泊をするという手を使う者が増えていた。そのため、学内での逢瀬に気を配る必要がなくなり、時計塔の警備が手薄になっていた。学校側は、そこを突かれて糾弾されるのを恐れているのでは無いかと言われている。


「あ、そういえばさぁ。その小野さんがなんか騒いでるんだってね。最近の温田見くんは様子がおかしかったって」


「温田見の様子がおかしい? どんな風に?」


 そうやって話していると、二時間目始業の鐘が鳴る。振り返ると、既に数学担当の教師が準備を始めていた。


「あっ、やべ。もう始まるな」


 二人は慌てて授業を受ける態勢に入った。授業を受けなくとも成績優秀な光彰は、教壇に立つ教師の顔をぼんやりと眺めながら事故のことを考えていた。温田見が時計塔から落ちた件が事故だとすれば、なぜ彼は時計塔に行ったのだろうか。その理由が分からない。

 逆にその理由が自殺をするためであったとしたなら、彼はどうして死ぬ必要があったのだろうか。それも分かっていない。


——小野が言っていることが本当なら、何か思い詰めていて自殺したってことなんだろうか……。


 そう考えていると、階下から女子生徒の甲高い声が響いてきた。ふと下の校庭にいる集団へと目をやると、そこには今朝彼らが揉めた相手である新任教師がいた。見た目の良さに惹かれるのか、生徒が彼を取り囲んでいる。

 全寮制の生活で転校生も少ないここでは、新任教師はそれだけで一時的な人気者となることが常だ。それが見目麗しい若い教師であれば、尚更色めき立つのも仕方が無いだろう。

 本人は困ったように笑いながらも、しっかりと勤めを果たしているようだ。あのクラスは今クラス写真の撮影をしている。そのための誘導に無駄がなく、撮影のための指示も上手い。テキパキと仕事を終えると、すぐに次のクラスへと場を明け渡す準備を始めていく。


 黎も彼の存在に気がついたのか、授業中にも関わらず後ろを振り「なあ」と小声で光彰を呼ぶ。そして、教科書で顔を隠しながら彼に耳打ちをした。首を傾げた拍子に、黒い髪がさらりと揺れる。近づくと香る甘い匂いに、光彰は思わず胸を高鳴らせた。


「あの先生、新任教師だってさ。二年一組の担任らしいぞ。担当教科は物理。イケメンが物理を教えてくれるなら、今年は成績が上がりそうだって、女子が喜んでるらしい」


 その教師が甲高い声で騒ぎ立てる生徒たちへ一言二言声をかけると、途端に騒がしさは収まっていった。そして、そのままダラダラすることもなく、校庭を出ていくまでスムーズに事を運んでいく。


「しかし、あの先生結構図太い神経してんだね。生徒が落ちて血だらけだったのを見てるんだろう? 良く笑えるよな」


 黎が光彰に同意を求めると、光彰はむしろ黎の言っていることが理解できないという顔で目を丸くしていた。


「……うん?」


「え? 俺なんか変なこと言ったか?」


 その反応に、黎も同じように目を丸くした。

 人に興味が無い彼は、目の前で人が倒れていてもそれほど動揺することは無い。それは黎も何度も見て来たからよく知っている。

 しかし、さすがに血だらけの人を見たとすれば、多少の動揺くらいはするだろうと黎は思っていた。だが、どうやら光彰の中ではそれもありえない事らしい。


「笑う笑わないを抜きにして、平気か平気じゃないかと聞かれたら、多分俺も平気だと思うぞ。多少動揺はするだろうけれど、やるべきことをやってしまえば、あとは忘れるようにするだろうからな。でも、傷ついているのが黎だったら無理だな。発狂すると思うし、きっといつまでも立ち直れない」


 そう言って、顔を顰めた。黎はそれを聞いて多少なりとも安心した。光彰は本当に心から他人に関心が無いのかと思ってしまうことが時折あるのだが、どうやらそれはそういうふうに振る舞っているだけのようだ。

 動揺したとしてもそれをコントロールするように努めているのであれば、それは尊敬に値する。決して冷血漢では無いのだと改めて知れたことで、彼は安堵した。


——冷血漢に見られるほど動揺を隠すことが出来るのに、俺が関わると出来ないのか……。


 黎は、その言葉の意味を心の中で繰り返す。すると、じわりと胸が温まるのを感じた。


「……想像だけで苦しむなよ、バカ。お前、俺を好き過ぎるだろ」


 彼が揶揄うようにそういうと、光彰はじっと黎の目を覗き込んだ。体の裏側まで見透かされそうなほどに見つめられて黎がたじろぐと、それを見てくすりと笑う。

 そして、「まあね」と光彰から軽く言われると、黎は自分の体の奥の方でふわふわと何かがゆらめくのを感じ、妙な違和感を感じた。

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