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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
3、囚われの身
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依代1

 その日の放課後、黎は八木とともに寮へ戻ると、自分の左側に誰の肌も触れないことに違和感を感じていた。幼馴染としてずっとともに過ごしてきたこともあり、黎の左側にはいつも光彰がいるのが当たり前だった。あの鬱陶しいまでの溺愛される時間が無くなってしまったことは、気がつけば深い喪失感へとつながっていった。


「停学だなんて……。なんでだよ」


 光彰は、黎が眠っている間に迎えの車に乗り、寮を出て行ってしまった。目が覚めた時にそれを知らされた黎は、何も言わずに去った光彰を思わず詰ってしまった。すると、見かねた八木が「校長にすぐに出ていくようにと言われたようなんだ」と教えてくれたのだった。


 黎は、普段から問題が起きてものらりくらりと交わし続けて何もしない校長が、こういう時にだけ対応が早いことに憤りを感じていた。しかし、それも今更どうすることも出来ないとわかると、急速に覇気を失っていった。


 自室にいても光彰を助けてあげられなかったという無力感に苛まれてしまうため、八木に声をかけて時計塔へとやって来た。八木に声をかけたのは、光彰が彼に黎を託して行ったのだと教えてくれたからだ。


「光彰から、柳野のそばにいてやってくれと頼まれたんだよ」


 八木は光彰とのその約束を守り、律儀に黎のそばについていてくれた。ただ、黎は少し一人になりたいからと言い、時計塔から死角になる場所で待っていて欲しいと八木に伝えた。黎が文字盤の前、いつも千夜が腰掛けていた場所へと向かったため、八木は真裏に隠れて待つことにした。


 夕暮れの時計塔は、吹き抜ける風とオレンジ色の光に彩られ、まるで夢の中にいるように美しい。寮棟のほぼ全ての建物が二階建てだという敷地内で、唯一三階部分に当たるここからは、全てのものが見下ろせる。


 校庭のその先には坂を下っていけば住宅街があり、その先に広がる平野部はぎっしりと住宅の屋根で埋まっていた。あの中には、たくさんの人々が毎日必死に暮らしているのだろう。黎はそれとは切り離された場所のようなここに座り、ぼんやりと見るともなしに視線を彷徨わせていた。


 そうして、胸の中をぐるぐると動き回る不快感を、必死になって飼い慣らそうとする。言い聞かせられたかと思えば急に暴れ出すそれは、今や心の奥底に張り付いて澱のようになり、なかなか流れていってくれそうに無かった。


「どう考えても、俺のせいだよなあ」


 時計塔の突端に腰掛けて、ふと校庭へと目を向けた。その目に、じわりと涙が浮かぶ。


 あの日、黎は校庭を小さな光彰が走って逃げていくのを、必死になって追いかけるという体験をした。その光彰は温田見のホログラフィだったわけであって、それに幻覚を重ねて見ていたことになる。


 黎が小野からもらった甘味料を使わずにいれば、あの夜温田見の霊に幻覚を重ねて見ることも無かったのかもしれない。あの時騒ぎ立てなければ、小野は温田見の霊を探しにいったりしなかったのかも知れない。


 そうなれば、彼女がここへ来る事も無かったのかも知れない。ここへ来なければ、落ちて死ぬこともなかっただろう。そうすれば、光彰が停学になることも無かった。そう考えると、どうしてもいたたまれない気持ちになってしまう。


「光彰、ごめんな……」


 光彰はいつも黎を守ってくれていたのに、自分はいつも彼の足を引っ張ってばかりなのでは無いかと思い、黎はその自責の念に苦しみ、打ちのめされていた。目を閉じれば光彰の笑う顔が見えるようで、目を開ければ涙を拭う手が現れそうで、全てのことが光彰に帰結してしまう自分に驚いていた。


「なんで幻覚剤なんて飲まされたんだろう。俺は彼女に何をしたんだ……」


 考えても考えても答えは出ず、ただ光彰への申し訳なさが積み重なっていくだけだった。彼はいつも慎重で、家族を守るために最善を尽くしていた。その姿を誰よりもそばで見ていたのは、間違いなく黎だ。あの努力を全て壊してしまったのでは無いかと思うと、その責任の重さに彼の胸は潰されそうになってしまう。


「これがあいつの将来に響いたらどうしよう……」


 最上の家は、表向きは不動産事業を展開していることになっている。しかし、長子だけは霊能力者として生まれるため、先読みや占術を身につけることで、有力者たちがこぞってその力を頼りにやって来ていた。


 その事業を隠すためにも、表向きの仕事で業績を保つ必要があり、その資質を備えるためにも、厳しく育てられることになる。黎自身がその理由をはっきりとは知らなかったとはいえ、選ばれた人間としてあり続けるための努力を惜しまない彼の姿は、それそのものが素晴らしかった。


 彼は光彰のその姿に憧れ、そして自らが隣に立ち続けるために、自らもまた学業にはかなり力を入れて頑張って来たのだ。今それは、自分の浅はかな行動のせいで全て壊れようとしている。

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