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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
2、隠されているもの
26/46

キングの怒りを買う3

「最上くん」


 決意を新たにして校長室のドアをノックしようと手を伸ばしたところで、これから対峙する恵那本人に声をかけられた。よく考えれば理事長である父が職員室にいたのだから、恵那もそこにいたのだろう。早歩きで光彰を追いかけてくると、楽しそうな笑顔を見せながらドアを開けた。


「突然呼び出して申し訳ない。さあ、どうぞ」


 そう言うと、引き攣った笑顔を見せながら光彰を中へと招き入れた。自分が優位に立てると予想しているのだろうか。笑いを堪えているのだろうが、それがまるで隠せていない。


「失礼します」


 光彰は恵那の浅ましさに辟易としながらも、彼の待つ室内へと入った。


「そこに座ってもらえるかな」


 恵那は光彰に応接用のソファへ座るように言う。そのソファの眼前には、大きなデスクと歴代校長の顔写真、そして広大な敷地の校庭と学生寮が見えていた。


 恵那は以前、ここから光彰と黎が昼寝をしているところを見ていた。あの時もだが、おそらくそれ以前からなんとかして光彰に一泡吹かせようと企んでいた節がある。理事長の息子のアラを探し、彼を追い落とす。そして、いずれは自分がその椅子に座る。そんな青写真が恵那の頭の中では描かれているようだ。

 そして今、その理想の自分へと確実に一歩近づいたのだろう。やたらに愛想よく機嫌のいい笑顔を振り撒く恵那に、光彰は苛立ちを隠せずにいた。


「さて、最上くん。単刀直入に言わせていただきますが、君は今日付で謹慎に入ります。有期限停学期間いっぱいの三ヶ月間、自宅で謹慎してください。停学期間は在寮することが出来ませんので、この後すぐに寮から出ていただきます。いいですね?」


 光彰は浮かれて話す恵那に、その意図を確認するべく、鋭く冷たい一瞥をくれた。


「それは、結局学校側はあの噂を信じたという認識でよろしいんですか?」


 恵那はその言葉を聞くと、突然肩を震わせて笑い始めた。せせら笑うような態度すら無い、純粋な勝ちへの喜びのみが溢れるその笑顔は、光彰の背筋をすっと冷やしていった。恵那の本質はこれなのだろうか。虫ケラを踏み潰して楽しむ子供のような、無邪気で純粋な悪意を彼から感じていた。


「君が人を殺したかどうかなんて、私たちには分かりませんよ。それを調べるのは警察の仕事ですからね。この決定が物語っているのは、君は普段からそう疑われるような人間性であって、それを挽回することも出来ないほどに無力だったと言うことです。ただそれだけですね。思い上がった小僧が叩きのめされた、しかも頼りにしていた父親からも簡単に見捨てられてしまった。ただそれだけですよ。理事長は二つ返事で停学を受け入れました。そしてすぐに謝罪されましたよ。親からも信用されていなかったようですね。可哀想な人だね、君は」


 そう言ってふっと鼻から息を吐いた。

 教育者にあるまじき言葉と、それ以前に人として大きく欠落したものがあるような恵那の態度は、光彰には到底許せるものではなかった。出来ることなら、この場で思い切りこの薄ら笑いを拳で潰してやりたいと思っていた。

 しかし、父である辰之助が家で話そうと言っている以上、それに従うことが最も重要だと判断した。彼は、そのまま感情を押し込めると、出来るだけ冷静を装った。昂った感情を腹の底まで落とすために、ゆっくりと静かに目を閉じる。そして、ふうと息を吐きだした。


——こんなやつに振り回されてはダメだ。


 そうして数回呼吸を繰り返して冷静さを取り戻す。心が凪いだところで立ち上がり、恵那に向かって深々と頭を下げた。


「学園内に混乱を招き、先生方にはご迷惑をおかけしました。大変申し訳ありませんでした。自宅で謹慎し、自分を見つめ直します」


 突然態度を変えた光彰に戸惑いはしたものの、恵那は自分の勝利に酔いしれた。そして、満足そうにまた歪んだ笑いを噛み殺している。必死に冷静を装うと、


「そうですね。そうして下さい」


 と、教師の体を保ちながらそれを受け止めた。


 そして、入り口のドアを指し示すと「戻っていいですよ」と言い、そのまま校庭の方を向いて沈黙した。光彰はもう一度ゆっくりと頭を下げた。そして、「失礼します」と告げると、そのまま静かに校長室を後にした。

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