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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
2、隠されているもの
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揺れる光3

「お前、本当はその答えを知ってるだろう?」


 ニヤリと笑う光彰に、八木は一瞬怯んだ。その頬が、小さく引き攣れている。


「……どういうこと? 僕が何を知ってるって思ってるんだい?」


 八木は光彰の出方を警戒しながら、恐る恐る話を先へ進めようとする。不安が突き動かすのだろうか、先ほど光らせていたホログラフィの戦士の台座を、何度も指で弾いていた。


「最上の総領と後嗣は、浮遊霊を使役する力を持つということを、最上がその力を使って成り上がった家だということを、俺はお前に話したことは無い。でも、お前はそれをもう知ってるんじゃないか? ずっと不思議だったんだ。お前はいつもいいタイミングで現れる。最初は俺たちを狙ってるのかと思っていた。でも、それにしては俺たちに向ける感情があまりにも好意的だ。そこで、お前は父さんに雇われて俺たちを守っているんじゃないかと考えたんだ。……どうだ、八木。もうその辺りは全て明かしてしまわないか? 全てを知った上でお互いに協力して行った方がいいと思うんだが、どうだろう。それとも、父さんからは、俺にも素性をバラしてはいけないと言われていたのか?」


 蝶の放つ青白い光を受けて、光彰は不敵に微笑んだ。その表情には、なんの悪意も含まれておらず、むしろこの状況を喜んでいるようにも見える。


「そうだとしても、隠すのはもう無理だぞ。お前、黎の中に千夜がいることも知っていただろう?」


「っ、それは……」


 光彰が八木に疑いを持ったのは、彼が女性化して見える黎を見ても騒がなかった時からだ。八木もその時の対応について思うところがあるのだろう、何も言い返せずにいる。


 あの時、黎はぐっすりと眠り込んでいた。いつもであれば、黎が眠ると千夜が表に出てきて活動することが多い。しかし、あの日はなぜか千夜はどこへも行かずに、光彰とともに眠り込んでいたのだ。

 まさか千夜が一緒に眠っているとは思わなかった光彰は、女性化している黎の姿を八木に見せてしまった。それにも関わらず、彼は全く驚く様子を見せなかったのだ。それはつまり、最初から黎の体の中に本物の千夜がいると知っていたということになる。


「黎の中に千夜がいることを知っているのは、俺と父さんと千夜本人だけだ。黎は俺が千夜を使役していることは知っていても、自分の体を依代にしていることは知らない。自分が憑依体質で、霊媒一家の後嗣だということも知らされてないはずだ。それなのに、お前はこのことを知っていただろう? ということは、父さんから聞かされていたとしか思えないんだよ」


 八木は光彰からの指摘にバツの悪そうな表情をすると、「あーもう」と唸り、降参を表明するように両手を上げた。シラを切り通しても意味が無いと判断したのだろう。


「……そうです。やっぱりあの時確信を持ったんだよな。くっそ、咄嗟に驚く演技が出来なかったのは失敗だったな」


 そう言って頭をガシガシと掻き、大きなため息をついた。そして、気を取り直すようにコーヒーボトルを傾けると、ゴクリと派手な音を立ててそれを飲み込んだ。


「はー、ついにバレたか。ご明察だね。うまくやれてたと思ってたんだけどなー。でも、丸二年は隠せたんだ、上出来だろう? ただ、どうせなら卒業まで隠し通したかったよ」


 そういうと、ベッドのヘッドボードの奥へと手を伸ばした。細工をしたのだろうか、その部分の蓋が外れて中は収納が出来るようになっていた。その中から革張りの手帳を取り出すと、それを光彰へと投げ渡す。


「俺は探偵見習いだ。最上家が依頼した探偵事務所の所長、 八木公樹(やぎこうき)の甥にあたる。弱小事務所なんだけれど、最上とは昔からの縁でずっと仕事を貰ってるらしい。辰之助さんから受けた依頼は、後嗣である光彰くんとその幼馴染で柳野家の後嗣である黎くんを、清水田学園を卒業するまで守り通すこと。ボディーガードみたいなものだけれど、あまり接近しすぎないようにと言われていた。そして、同時に『時計塔の千夜』に関する調査だな。千夜の心残りを解消してあげたいから、それを探ってくれと言われてんだよ」


 八木はそういうと、手帳のそばにしまってあったケースの中から、徐にタバコを取り出して火をつけた。闇の中で一瞬光を強めたその灼熱の塊は、寒色の目立つ部屋の中では目を奪われるほどに妖しく、美しい輝きを放っていた。


「お前もしかして、未成年ですらないのか?」


「そう、今ちょうど二十歳なんだよ。学生のフリは結構疲れるから、部屋に戻って報告を終えた後はタバコでも吸わないとやってらんねえよ。このあたりには人が近づかないように、少し手前の部屋に幽霊が出るっていう噂を流してある。生徒が減ってるから、寮長室の近くには寮生もいないしな。それに、俺は職員室にしょっちゅう出入りしていて、先生方と話すことも多いだろう? だから、俺からタバコの匂いがしても、誰も俺が吸ってるとは思わないんだよ」


 そう言ってタバコを指で弾き、灰を落とす。その時まき上がった香りに、光彰はすんと鼻を鳴らした。


「……そうか、なるほど。これはタバコの匂いなのか。俺はあまりタバコを吸っている人に会ったことが無いから、はっきりとはわからなかったな。確かに教師で喫煙する者と似たような匂いがする。そうか、そうなのか」


 そう言って僅かに顔を顰めると、鼻を摘んだ。その光彰の行動を見た八木は、


「やべえ、ジェネレーションギャップってやつだ。タバコの匂いを知らない人なんているんだな」


 と言って笑った。そして、それを受けて光彰も笑う。


「大袈裟だな、二歳違うだけでジェネレーションギャップはないだろう」


 八木が八木らしく振る舞うにつれ、旧知の仲のような安心感が光彰の胸に宿った。これまでにも八木には不思議な安心感を持つことがあったのだが、どうやらそれは彼の年齢が影響していたらしい。二人で悪戯っぽく笑うことは、とても居心地が良かった。


「しかし、まあそれはいいとしてだな。お前は千夜の心残りの件の調査依頼もされているんだな。ということは、千夜が誰なのかも知っているってことだろう? もちろん、並木千夜ではなく、その前の名前のことだが……」


 光彰が八木に尋ねようとすると、八木はゆっくりと大きく頷いた。そして、黎の顔をじっと見つめる。


「並木千夜以前の名前というと、柳野千晃さんのことだよな? それは辰之助さんから聞いてる。彼が性別違和を訴えて柳野を勘当され、並木の養子に入ったという話も、情報として貰った。依頼は、並木千夜になった後から亡くなる日までの間に、誰と出会ってどう生活が変化したのかを調べてほしいということだ。それと、この学園内で数人の生徒が自殺している件についても、彼女の転落死と共通するものがあるかもしれないから、それを調べてほしいと言われている。その途中で薬物乱用説が出てきたんだよ。ただ、千夜さんのことは、彼女の記憶が残っていないから難航してる。それで、彼女が亡くなった時のことを調べるために、俺が潜入捜査を命じられたってわけよ」


 八木はそういうと、ガブガブとコーヒーを飲み干した。そして、綺麗に整えられていた髪を振り捌き、きちんと座っていた姿勢を崩すと、煙をゆっくりと燻らせた。そうして彼は、だんだんと作られたキャラクターを脱ぎ捨てていく。


「それで、ホログラフィで作った幽霊を本物だと信用させるために、相手に薬まで飲ませて自分から飛び降りるように仕向けている人間が、この学園内にいるということはわかってるんだよな? それなら、そこから先を警察に任せないのはどうしてなんだ? 物的証拠でも探して貰えば、すぐに解決するだろう? 飛び降りる生徒が後を経たない理由も、千夜が落ちた理由も。例えその原因が異なっていたとしても、本気で調査すれば何か掴めるだろう?」


 やや憤りを感じつつある光彰の様子をみて、八木は申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「ああ、そう思うよな。それに対する答えは、とても下らないものだ」


 光彰の問いに、八木は言いにくそうに目を伏せた。あまり楽しい話ではないのだろう。八木は口元に手を当てたまま、どう言おうかと考えあぐねている。


「飛び降りた生徒たちがクスリに手を出していたことを、学校が隠したがっている。全員何かしらの悩みを持っていたことが知られていて、それを苦に自殺したことになっているからな。その決定事項を、わざわざ覆したく無いそうだ。これからの卒業生たちの未来にも関わるからと校長が言っているらしくて、深い調査はされなかった。全ての事案でそうだ。辰之助さんはそれを知ってから公に動くのをやめたんだ。それから私的に調べることにしたらしい。だから、そのクスリがなんであるのか、誰がそれを捌いているのか。そういうことも含めて、内偵は俺が、外では叔父が調査してる。千夜さんが時計塔から落ちてなくなったのであれば、もしかしたら彼女もクスリの影響を受けたんじゃ無いかと言われてて……」


「千夜がクスリをやっていたと言いたいのか?」


 八木の説明に、光彰がギラリと目を光らせた。その言葉だけは、聞き捨てならなかったのだ。

 彼にとって、柳野千晃は実の兄のような存在だった。光彰には妹しかいない。最上の家を継ぐプレッシャーに疲れた際に話を聞いてくれたのは、いつも千晃だった。だからこそ、光彰は彼が困っていたときに手を差し伸べた。


——「僕、女の子から告白されても好きになれないから断ってたんだ。そのうち調子に乗ってるだろうって言われるようになってね。男女問わず嫌われるようになっちゃった。卒業まであと一年残ってるのに、学校じゃ一人ぼっちなんだよ」


 十五歳の千晃は、二次性徴が進むにつれて悩んでいた。その時期に言われの無いいじめを受けているのだと泣いていた彼に、光彰は彼との恋人関係を偽装することを持ちかけた。当時の光彰は、まだ小学六年生だった。


 見た目が実年齢より上に見られるような彼だからこそ行えた作戦だった。二人で一緒に登下校したり、買い物に行ったりするくらいの関係を、三年ほど続けた。彼にとっては、ただ仲の良い従兄弟と遊んでいる事と変わらないと思っていたため、大して苦にもならなかった。


 最初こそ弱音を吐いた千晃だったが、それ以降はどんな逆風が巻き起ころうと負けなかった。気がつくと、気が強く口も達者な今の千夜のように変貌していた。その頃には、柳野千晃として生まれてきた事への悩みも、全て捨てきれていたようだった。


——「光彰、ありがとう。あんたがいたから、私はここまで幸せに暮らせたのよ」


 体が男性のままではあっても女子生徒扱いとして高校に入学することが出来るとわかった時、彼女は光彰にそう言って感謝を述べた。それから十八歳になる年まで付き合いを続けた。

 別れたのは、千夜に好きな人が出来たからだ。そして、その人とは最終的に交際にまで発展したはずだ。壁にぶつかってもめげず、常に笑顔で生きていた。それが並木千夜という人だった。

 そんな彼がクスリを使用していたなどと、可能性を述べただけにしても、どうしても許す事が出来ない。


「俺もそう思うよ。でも、君は知ってるんだろう? 彼女の体にメスカリンが付着していたっていうこと。そのことは辰之助さんから……」


 そう言って詳細を説明しようとする八木の口を、光彰は塞いだ。鋭く睨みつける目には、深い悲しみの色が浮かんでいる。


「……わかっている。千夜の足に付着していたのは、確かにメスカリンだ。そして、中毒症状があったことも知っている。でも、あれは小野が持っていた甘味料のように経口摂取したものじゃない。自分の意思で口にするわけがない。あれは……直腸投与されたものなんだ。千夜はまだ性別適合術を受けていなかった。深い間柄の恋人がいた。そういえば、お前にも意味はわかるか?」

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