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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
2、隠されているもの
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揺れる光1

「八木! 大丈夫か? お前思い切り背中から落ちただろう?」


 八木は呻きながらも光彰の声に


「うん、なんとか。ちょっと痛いけどね」


 と答えた。そして、ふうっと軽く息を吐きつつ安心したように微笑むと、


「最上くん、良かった。無事だったんだね。幽霊に殺されたらどうしようかと思ったよ」


 と呟いた。光彰はその一言に妙な引っ掛かりを感じた。


「どういうことだ? この学園のほとんどの人間が俺のせいで悪い事が起きてると思っているのに、お前は俺が被害者になり得る側の人間だと思ってくれているのか?」


 そう言って、呆れたように目を見開いた。その表情を見て、今度は八木も同じような顔になっていく。


「だって、君は呪いとかそんな周りくどいことをする人じゃないでしょう? そんなことをするくらいなら、直接対決するだろうなって僕は思ってるよ。普段は何が起ころうと我関せずだけれど、何かが起きた時には怯まずに突き進むのが最上くんだと思うから」


 八木はそういうと「そうでしょう?」と言いながら笑った。その笑顔は、昼間の陽の光のように温かくて柔らかい。


「ああ、そうだ。さすがに毎日関わりがあるだけあって、よくわかってくれてるな」


 光彰も八木へ似たような笑顔を返す。そして、立ち上がろうとする彼へすっと手を伸ばした。八木は「ありがとう」と言いながらさらに顔を綻ばせ、その手を握る。力強く握られたお互いの手からは、思いの外熱量が感じられた。


「僕さあ、もしかしたら今回の幽霊の正体が分かったかもしれないんだよね。もし僕の思ってる通りだとすると、検証したいなと思ってて。君の力を借りたいと思っていたんだよ」


 そう言うと、ガラス壁の向こうを眺めた。いや、眺めているというと語弊があるかも知れない。睨め付けていると言うほうが正しいだろう。それほどに敵意を込めた視線で、温田見らしきモノがいた方向を見ていた。


「幽霊……温田見のことか? 俺も今見たアレが幽霊じゃないことだけはわかるんだ。ただ、だったらさっきのアレはなんだと聞かれても、それはまだ分かってない。お前はアレがなんなのかがわかったのか?」


 八木は光彰の問いかけに、こくりと頷いた。そして、ポケットから綺麗に折りたたんだ小さな紙片を取り出す。それを開くと、光彰にある提案を持ちかけて来た。


「最上くん、今から僕の部屋に来てくれないかな。実はもう君たちの申請に追加して、『他寮棟への宿泊申請』を出して許可ももらっているんだ。だから、今から来てもらっても大丈夫だよ。ホラ」


 八木はそう言うと、その紙片をきれいに伸ばして見せた。それは、間違いなく他寮棟への宿泊届だ。その申請書の受領者名は、光彰たちが持っている申請書に記載されているものと同じだ。


 疑う必要は全くないようだったが、なぜ八木がこれほどの無理をしてまで光彰のために動こうとしているのかはわからない。彼は虚な目をした黎を抱きしめたまま、信用していいものかどうかの判断を迷っていた。


「なぜお前がそこまでする必要があるんだ。明日話せば誰にも咎められる事は無いんだ。今無理をすると、もしかしたらお前の普段の行いが全て無駄になるかも知れないんだぞ」


 八木は光彰にそう問われると、その問いを待っていたかのように笑みを浮かべた。そして、光彰の耳元に口を近づけ、周囲に聞かれないように注意してその理由を口にしていく。


「急いだほうがいいと思ったからだよ。君は噂の中とはいえ殺人犯の疑いをかけられている上に、田岡くんから狙われているみたいなんだ。彼は二人の何かを探っているみたいだっていうことを、夕飯の後に偶然聞いてしまったんだよ。びっくりしたからしばらく彼の後をつけたんだ。今君たちがここにいることも、田岡くんが誰かと話してたのを聞いていたから知ってるんだよ」


「田岡が? なんであいつが俺たちの行動を探ってるんだ? ……分かった。詳しく話を聞かせてもらったほうが良さそうだな」


 光彰はそういうと、黎を背負って立ち上がった。


「了解。急ごう。申請してあったとしても、噂になると収拾がつかなくなるからね」


 八木はそう言って先導し、三人はコミュニケーションルームを後にした。


「月明かりの校庭ね……」


 光彰はふとガラス壁の向こうに消えていった温田見の姿を思い出した。何かから解放されたようにかけだしたあの姿は、憎たらしいほどに同情を買う様な、計算高いような振る舞いをしているように思えて仕方がなかった。生前の温田見はそんな行動をするようなことは無かった。見た目が生きていた頃と変わらないからか、その行動だけが妙に不自然に思えて仕方が無かった。


——あれを仕掛けた人間は、俺に何を伝えたかったんだ?


 人に興味を持つことの少ない光彰の中で、この事件を仕掛けている者への関心が高まりつつあった。



 非常灯の灯りが映るリノリウムの床を、黎を背負った光彰と八木が並んで歩いていく。第二寮の寮生たちは、皆静かに眠っていた。

 この棟の一番奥が第二寮の寮長である八木の個室だ。八木は自室の部屋の鍵を開け、ドアノブを握りしめた。しかし、一向にドアを開く気配がない。その上、何やら躊躇っている様子を見せ始めた。

 自ら部屋へと誘っておきながら、一体何に躊躇しているのだろうかと光彰が訝しんでいると、八木は恥ずかしそうに床を見つめたまま、とても言いにくそうに口をもごもごと動かし始めた。


「あの……実は、僕はこの部屋に人を入れたことが一度もないんだ。それはなんでなのか……きっと見たらわかると思う。だけど、口外しないでいてもらえるかな? 僕も柳野くんの秘密を知ってしまったから、これで痛み分けということにしてもらえると助かるんだけど……」


 八木の言葉を聞いて、光彰は少々面食らった。


「黎の秘密って……。校庭で見たやつのことか?」


「そう、アレ。柳野くんの髪色と長さが違ってて、眠ってる姿がなんというか……女の子みたいだったこと。でも、あれは間違いなく柳野くんだったよね。なんだかわからないけれど、そのあたりが秘密なんだろうなと思って。その、女装趣味とかそういうやつ?」


「女装趣味ねえ……。まあ、そう思ってもらったほうがいいかもな」


「ぼ、僕にもそれと同じくらいの言い難い趣味があるんだ」


「言い難い趣味? お前に?」


 黎の秘密と同程度に扱われるほどの言い難い趣味を八木が持っている。その事実に光彰は驚いた。


「そうなんだ。だから内密にお願いしたいんだよね」


 余程知られたくないのだろうか、八木は執拗に念押しをしてくる。光彰はいつもと違う八木の様子に、思わずプッと吹き出してしまった。


「っはは。ああ、わかった。内密にする。それに、そもそも俺には友人は黎しかいない。話が漏れたとしても、黎までだ。それならいいんだろう?」


 と言って背中の黎の顔を八木の方へと向けた。


「あ、そっか。いや、納得したら失礼かも知れないんだけれど。……まあ、安心だよ」


 そう言うと八木も笑った。いつもよりも少しだけ砕けた様子に、光彰も不思議と安堵した。


「じゃあ……開けます」


 そして、もったいつけるようにゆっくりとノブを回す。ようやく第二寮寮長室の扉は開かれた。


「うわ……」


 光彰は目の前の景色に息を呑んだ。そこには、想像もしなかったような景色が広がっていた。真っ暗な室内に幻想的な青い光が飛び交い、ひらりと目の前を通り過ぎていく。物語の世界の中に迷い込んだかのような空間があった。

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