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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
2、隠されているもの
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黎の体5

「急にごめんね。さっき田岡くんから二人が反省指導受けてるって聞いたからさ、きっと疲れてるだろうなって思って用意しておいたんだ。そういう時って甘いものが欲しくなるでしょう? でも最上くんは甘いものをとるイメージが無かったから、ちゃんとブラックも用意したんだ。あ、それよりさ、最上くん。寮長のくせに指導とか受けちゃダメじゃない。なんでちゃんと根回ししておかなかったのよ。いつもだったらそういうのちゃんとしてるでしょう?」


 小野は椅子に座るや否や、突然早口で捲し立て始めた。どこからそんなに話題が湧いて来るのか不思議に思ってしまうほどに、何かを延々と喋っている。光彰と黎はそのどれにも興味が無く、全く耳に入らなかった。


 そもそも、二人は小野のこのマシンガンのような口調があまり得意ではない。忙しない話し方と耳につく声質のせいで、聞いていると疲れてしまうのだ。申し訳ないとは思っていても、どうしてもそれが顔に出てしまう。


 黎でさえそうなのだから、光彰の表情は酷いものだった。うんざりした様子で足を組み、顰めっ面をしている。それでも少しは気を遣っているのだろう、不満が隠せずにいる口元は手で覆い隠していた。


 一人で話し続けられるよりは質問に答えてもらった方がまだマシだと思ったのか、黎は一人で話し続ける小野を止めるため、会話を進めることにした。


「小野さん、俺たちに何か聞きたいことがあるんじゃないの? もしかして、小野さんも時計塔の千夜の話を確かめようとしてる?」


 調子良く話し続けていた腰を折られて、小野は黎を軽く睨んだ。しかし、光彰も先を促すように彼女を見ていたため、気を取り直して質問に答えていく。


「あ、ごめん。なんで二人を呼んだのかを忘れてた……。私、どうしても話が逸れちゃうんだよね、ごめんなさい。あの、私が聞きたいことは千夜の話そのものでは無いんだけれど……。今寮の敷地内で同じような幽霊騒動が出て来てるのは知ってる?」


 そう言うと、コーヒーに口をつけた。手に持ったカップからは、香ばしいコーヒーと甘いミルクの香りがしている。光彰は小野の言葉に何か思うところがあったのか、足を組み替えながらじっと彼女を観察していた。


「似たようなってのは、他の場所に千夜が出るってことか?」


  光彰がそう訊くと、小野は慌てて被りを振った。


「ううん、違うの。その幽霊は千夜じゃないし、出る場所も時計塔じゃないのよ。第一寮の自習室らしいよ」


 と言った。それを聞いて、二人は驚いた。


「うちの自習室に? いや、それが本当なら、誰かが光彰に報告しに来るだろう?」


 黎がそう返すと、小野は言いにくそうに「そうなんだけどね……」と視線を泳がせた。それを口にしていいものかどうかを、かなり悩んでいるように見える。しかし、言い淀む小野の代わりに、光彰自身があっさりとその答えを出した。


「俺に報告して来ないということは、俺がその問題に関わっていると噂されているからだろうな。千夜の話と同じように、俺が誰かを呪うためにその霊を呼んでるっていう事になってるんじゃないか?」


 光彰がそう訊ねると、小野は目を丸くした。


「うん、そう。そうなんだけど、全然動揺しないんだね。結構悪く言われてるのに」


 小野の言葉に、光彰は目を伏せながら顔を顰めた。噂は常に彼を煩わせるものだ。放っておこうが関わろうが、勝手に評価はつけられていく。その全てにいちいち動揺していては、何も出来なくなってしまう。


「いや、そんな噂に動揺する必要が無いだろう。もし俺にそういうことが出来たとしても、そんな回りくどいことはしたくない。嫌な奴がいるとしたら、徹底的に関わらないようにすればいいだけじゃないか。もしそれで済まないような事態なら、直接相手と話す。それでもまだ足りないと感じたら……これまでそんなことは一度も無かったが、その時は父の権力を利用させてもらうよ。ここで起きる事なら、それが一番手っ取り早いからな。お前なら俺がそうしそうだって、なんとなくわかるだろう?」


 光彰はそういうと、困ったように笑った。最上の力に関しては、クライアント以外には広めてはいけないことになっている。その性質上、あまり知られてはならないからだ。いくら小野が知りたがったとしても、このことに関しては話すわけにはいかない。


 しかし、それを抜きにしたとしても、この噂自体が馬鹿げていると思っていた。周りの人間を恨むほどに、彼が人に対して興味を持っているように見えるのだろうかと呆れている。小野からその話が出たことも、彼をひどく驚かせていた。


「やっぱり? まあ、そうだよね。最上くんなら、たとえ呪いみたいな非科学的なことが出来たとしても、その前にもっと現実的な実力行使が出来るだろうって思ってはいたんだ。でもさあ、呪いをかけるような人に見られてたことには、うそでもいいから動揺したように見せた方がいいよ。少しは狼狽えたりしとかないと。困った時に助けてもらえないよ。可愛げのない人は助けたいと思ってもらえないんだからね」


「その程度でものを判断するような人間に、俺を助けることなんて出来る訳がない。だから別に構わない」


「……うわ、本当に嫌なやつ。でも、そうだろうなと思ってしまった」


 小野はそう言って、まるで汚いものでも見るようなじっとりとした目で光彰を見た。そして、少し身を引いて距離を置くような素振りをする。すると、それを見て光彰が吹き出し、大口を開けて笑い始めた。


「あははっ! お前、そんな顔……」


 彼の思いもよらない行動に、小野本人もだが、黎も激しく動揺した。


「えー! 最上くんってそんな顔して笑うの? すごーい! めちゃくちゃ貴重なものを見た気分だよ!」


「う、嘘だろ? 光彰が俺以外の人の話をちゃんと聞いてるだけでもびっくりするのに、そんな顔をして笑うなんて……。田岡の時といい、お前一体どうしたんだよ!」


 二人揃って大きな声で喚き散らしながら、光彰をここぞとばかりに揶揄った。それを聞いている光彰は、まだ楽しそうに笑っている。


「あはは。あーおかしいな。お前やっぱり、温田見と同じなんだな。あいつも俺のことを一人の人間として見てくれていたけど、お前も俺をそういう風に扱ってくれてる。他の奴らは俺に媚びるのに必死で、そんな汚いものを見るような目を向けたりしないんだぞ。そうやって雑に扱われると、なんだか安心して嬉しくなってしまうな」


 そう言って嬉しそうに笑っている。


「その喜び方ってどうなんだ。ちょっと歪んでるっていうか、変態っぽいな」


 貴重な姿を見て感激しつつも、黎はいつものように冷たい対応を忘れなかった。しかし、光彰の言葉を聞いた小野には何か思うところがあったらしい。悲しげに目を伏せて黙り込んでしまった。


「小野さん? どうかした?」


 黎が小野を気遣ってそう尋ねると、悲しそうな様子のまま小野は笑顔を貼り付けた。そして、


「私は厚ほどいい人ではないよ」


 と呟いた。


「私は、そんなにいい評価をしてもらえるほど強くない。だって、これまでも寮長会議とかで最上くんが煙たがられてたり、教室で陰口叩いてる人がいても、何もして来なかったもの。悪評を流したりはしないけれど、何か行動を起こしたりもしない。口だけで何も出来ない、一番ずるい生き物だと思うよ。……だから、振られたんだし」


 いつもの勝気な態度とは一変して、しゅんと縮まるように小さくなった小野を見て、光彰は眉を顰めた。彼にはその言葉が、にわかには信じられなかったのだ。


「お前、温田見に振られたのか?」


 光彰が驚いてそう訊ねると、小野は「うん」と一言だけ答えた。小野の様子を見る限り、それが真実であることに間違い無いのだろうと思い、「理由は?」と訊いてみる。しかし、小野は被りを振って


「理由ははっきりと教えてくれなかったんだ」


 と寂しそうに答えた。


「それならお前の性格の問題とは限らないだろう。温田見に何か別れなければならない理由があったんじゃないか? 俺もそう親しかったわけじゃないが、万が一お前の性格の悪さに嫌気がさしていたのだとしたら、あいつはそれをバカ正直に言ってしまうようなやつだっただろう?」


 光彰がそう訊ねると、小野は「そうだといいんだけどね」と言って完全に俯いてしまった。


「あれからずっと、厚は千夜を好きになったんじゃないかって噂されてるんだよね。私みたいな気の強い女じゃなくて、千夜みたいに儚くてキレイな人の方がよくなったんじゃないかって。そうだとしても、厚にそう言われてたら納得出来たかもしれない。でも、私は何も言われてないんだ。だから、理由は本当にわからない」


 すると光彰は思わずふっと笑いを零してしまった。小野の言葉で、どうしても引っかかる言葉があったのだ。


「千夜が儚い、ねえ」


 思わずそう零してしまった。それを小野が聞き咎めると、彼は黎へちらりと視線を送った。そして、


「いや、なんでもない」


 と、誤魔化すように微笑んで見せた。


 千夜が儚いと言われているのは知っている。しかし、本物の千夜は、儚さとは対極にいるような人物だ。ただし、そのことはまだ他人には明かせない。これは光彰と黎、そして千夜本人だけの秘密だ。


 温田見殺しの事件の犯人を探すためには、本当の千夜がどんな人物だったかを知っている人間は、これ以上増やさない方がいい。彼はそう判断していた。犯人を炙り出すために、それを使って怪しい人物を篩にかける時が来るかも知れないからだ。


「取り敢えず、噂になっている時計塔の千夜についても、温田見が死んだことについても、第一寮の幽霊についても、俺は全く関わりがないということだけは伝えておく。その噂には、なんの根拠もない。お前の話もそうじゃないのか? 温田見のような人間は、他の人を好きになったとはっきり自覚していたのなら、きちんと理由を説明して別れるだろう。俺はそう思う。そして、そうしていないのなら、その可能性は考えなくていいんじゃないかとも思うぞ。少なくとも、温田見にそういう自覚は無かったはずだ」


 黎は驚いた。目を剥くような激しい驚きではなく、じわりと心が暖かくなるような感激が、体の奥から湧いてくるような感動が沸き起こっていた。


「光彰、お前いつの間に人を思いやれるようになったんだ?」


 思わずそう零してしまうほどに驚いていた。それを受けて、光彰は恥ずかしそうに笑った。


「心外だな。お前にはいつも優しくしてきたつもりだぞ」


 黎は、そう返してきた光彰に、うまく言い返せないくらいに驚いていた。そして、こんな風に光彰を変えたのは、きっと温田見なのだろうと思っていた。光彰が話していた彼との関係性から察するに、おそらくそうなのだろう。そして、こんなことを成し得た彼の人間性の凄さを思い知った気がした。


「温田見くんってすごいんだな。光彰をこんな風に変えるなんて……」


 小野は黎のその言葉に頷く。彼を思い出しているのか、いつの間にか柔らかな笑みを浮かべていた。


「本当だね。厚の優しさはこんなに影響力が強いんだね」


 そう言いながら、涙を流した。


「ねえ、最上くん。私ね、第一寮に出るっていう幽霊に会いたいの。その霊は、もしかしたら厚の霊なんじゃないかと思ってるの。もしそうなら、会って話したい。どうして死んじゃったのか、本当に自分から飛び降りたのか。それに、私のことはもう嫌いになってたのか、とかね。聞きたいことがたくさんあるのよ」


 小野は涙を流したまま、光彰へ訴えた。それを見て、彼はようやく彼女の話したいことを理解した。彼女は、光彰が本当に霊を操れるのであれば、温田見の霊と話をさせてもらえるのではないかと思っていたのだろう。幽霊と話がしたいなどということを、他の生徒の前で話すわけにはいかない。だからわざわざこの場所を選んだのだろう。


「霊に会いたいって……お前もしかして、深夜の男子寮に忍び込むつもりなのか? 下手したら、折角決まった推薦が取り消しになるかも知れないぞ?」


 小野は第十一寮の寮長だ。その彼女がこの学園寮唯一とも言えるルールである門限を破ろうとしている。それがどれほどの大きな罪として捉えられるのかを、光彰は危惧していた。光彰自身は、その決まりを破ろうとも、理事長の息子であることが影響して、大きく扱われることはなかった。でも、それが小野となるとそうは行かないだろう。ここはそういうところなのだ。


「それでも行くよ」


 小野は力強くそう答えた。


「大学なんて、努力すればいつかどこかには行けるでしょう。私は勉強も割と好きだし、一般入試でもどこにでも行ける自信はあるの。でも、厚と話すためには今じゃないと無理だから。大人になって後悔したとしても、その時にはもうここには戻って来れない。謹慎も停学も取り返せるけれど、この気持ちを解消しないと前に進めないのよ」


 小野はそう言うと声をあげて泣き始めた。光彰と黎は、その姿をただ見守る事しかできない。だからと言って、ルール違反をした生徒に恵那がどんな処分を下すのかが分からない以上、見て見ぬふりをすることは彼にも難しかった。


「小野、お前は行くな」


 光彰はそういうと、足を組み直して腕を組んだ。小野は冷たく言い放った光彰を睨みつけると、


「いやよ! 行かないと……」


 と、反論しようとした。しかし、光彰はそれを手で制し、その先を話すことを許さない。


「お前は行くな。どう考えても問題がある。その代わりに、俺が行く。それなら在寮扱いになるから、時間外の移動許可だけで済む。俺に任せておけ」


 柔らかく頬みながら光彰がそういうと、小野はまた目を見開いて驚いた。そして「いいの?」と問いかける。光彰はそれに、より優しい笑顔で答えた。


「もちろんだ」


 それを聞いて、小野はその場で泣き崩れた。


「ありがとう。本当はすごく不安だった。それでも行きたくて……。ありがとう、最上くん」


 その嗚咽を聞きながら、彼女の隣では黎も声を殺して泣いていた。

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