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【6/30まで】キングの怒り  作者: 皆中明
2、隠されているもの
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黎の体4

 二人並んでゆっくりと歩きながら、校舎の渡り廊下から生垣に沿った通路を通って、寮の敷地内へと入った。そこを通ると、全寮生が自由に使用することが出来るコミュニケーションルームというスペースが目に入る。

 放課後に暇を持て余した者たちは、大体ここで時間を潰している。そして、真偽の程も定かではない噂話を披露しあっては、寮生活の中では満たされにくい好奇心を、何とか必死に満たそうとしていた。今もその真っ最中なのだろう。何やらざわついている様子が、二人の目にも入って来た。


「なあ、なんかいつもよりさらに騒がしくないか?」


 黎は、ガラス越しに派手なリアクションを取りながら、何かの話に夢中になっているのであろう生徒たちを見た。コミュニケーションルームは、二十一時までであれば男子生徒も女子生徒も共に過ごすことが可能で、体育祭や文化祭などの大型イベントのためのミーティングや、プライベートのパーティーなどでの利用が可能だ。

 特に届出も無く利用できるためか、毎日多くの生徒が集まっており、常に騒がしい。入学直後はこの環境に心が躍り、毎日何か楽しいことに出会えるのでは無いかと期待している者も多い。


 しかし、メンバーの入れ替わりが少ない状態で数ヶ月が過ぎる頃には、すっかり刺激を失ってしまう。夏を過ぎる頃には、皆おとなしくなってしまうのが通例だ。学校側はそれを承知しているからか、大体のことは見逃してくれていて、これまでに大きなトラブルが起きたことはないのだという。


 ここ数日は学校全体の興味が温田見の件に集中していたが、彼らの興味は、いつの間にか光彰と千夜の関係性へと変わりつつあった。その話題をリードしているのは、光彰のことを悪く言っていたあのクラスメイト達だ。その中でも、ひときわ得意気な顔をしながら話している男子生徒に黎は気づいた。


「葉咲だ。また光彰を怒らせるなとか何とか言ってんだろうな」


 話題の中心にいる事で悦に入っている男子生徒、それはやはり、恵那の甥である厄介な生徒、葉咲輝だった。


「そうだろうな。普段なら関わりたくはないが、この件に関しては否定していかないと行けないだろう。殺人を犯しているかもしれないなどと思われては困る。一応最上の後嗣だからな」


 そういうと、面倒くさそうに天を仰いだ。


「しかしうるさそうだな。何をそんなに話すことがあるんだか……」


 黎が呆れていると、ふとガラス越しにこちらをみている女子生徒の視線に気がついた。どうやら光彰のファンらしい。彼の方を指さしては顔を真っ赤にして騒いでいる。


「まだ浮かれてる時期なんだろ。新しいイケメンとか可愛い子とかに目が向かってて。でも、もう一月もすると勝手に落ち着くだろう。毎年のことながら、よくやるよ」


 光彰はそういうと、うんざりとした様子で息を吐いた。


「ああ、そっか。まだみんな張り切っちゃう時期なのか。狩りの季節なんだな。そうか、じゃあお前もまだ色々面倒くさい時期ってことだな。毎年誰かしらから熱烈な告白攻撃があって、大変な目に遭ってるだろう? 今年はどうなんだ? あ、あの子がお前を見てたぞ」


 先ほどの彼女が、光彰の方をぼーっと眺めてはキャーキャーとはしゃぎ回っている。その集団は、どうやら一年生の女子生徒のようだ。黎が見ていることにも気がつかないほどに、夢中になって光彰を見つめている。


「まあ、色々あるな。でも、今年はこれまでに比べたら楽な年みたいだぞ」


 ふっと楽しそうに息を吐きながら光彰は答えた。そして、その視線を例の噂話をしていた集団へと送る。すると、光彰に聞かれてはまずい話でもしていたのだろうか、ぶつかった視線を気まずそうに全員が逸らしていった。そしてそのまま、蜘蛛の子を散らすように散り散りにいなくなってしまった。


「あいつらが吹聴した噂のおかげで、今年は二年生以上の生徒は寄って来ないんだ。来るのは、俺と千夜のことをよく知らない一年生だけ。おかげでいつもより楽に過ごせている」


「ああ、なるほど。気味悪がられてるってわけね。それは……良かったのか?」


「そりゃあいいに決まってる。俺にはお前がいればいいからな」


 光彰はそう言って、黎に無邪気な笑顔を見せた。その笑顔は、逆光でよく見えなかった。時計塔の後ろから差し込む夕陽に、黎の目が眩む。細めた視界に僅かに見えたのは、文字盤が輝いて乱反射する様子だけだった。


「全くお前は、そんなことばっかり言ってるよな。ほら、眩しいから早く入ろうぜ」


 黎はそう返すと、赤らんだ顔を隠すかのようにして歩を早めた。 無言のまま自動ドアを抜け、寮内へと入っていく。


「柳野くん! 最上くん!」


 あまりの騒がしさに急いで部屋に戻ろうとする二人に、呼び止めようとする大きな声が響いた。この喧騒の中ではっきりと聞き取れるほどの声に驚いて見渡すと、小野が二人の方へと走ってくるのが見えた。


「小野さん」


 黎が驚いていると、光彰が「何か用か?」と小野に訊く。小野は三組の生徒であるため黎とはあまり接点が無い。しかし、第十一寮の寮長であるため、光彰とはそれなりに話すこともある。そのため彼をよく理解しているようで、返事が無愛想であってもまるで気にしていないようだ。


「ごめん、ちょっといい? 相談したいことがあるんだ」


 コミュニケーションルームから飛び出して来た小野結梨は、顔の前で手を合わせると、二人に時間をくれるようにと頼み始めた。


「少しなら構わない。何だ?」


 立ち話で済まそうとする光彰に、小野はもう一度合掌してみせた。どうやら、込み入った話があるようで、場所を移したいという。


「コミュニケーションルームがうるさいから、時計塔の自習室とっておいたんだ。悪いんだけど、そっちまで付き合ってくれない?」


 そう言うと、徐に黎の腕を引いた。


「え、ちょっと……」


 よほど人に聞かれたくない話をしたいのか、その動きはかなり性急だった。突然の事に翻弄された黎は、半ば引きずられるようにして走ることになってしまう。


「わ、待って待って! 行くから、手を離してくれ。転ぶ!」


 黎がそう言うのも構わずに、小野はどんどん走って行く。そして、躊躇いなく時計塔の自習室の前へと辿り着いた。手に持っていたカードキーを手慣れた様子で翳すと、ロック解除のアナウンスが終わるのを待たないうちに、急いで中へと二人を引き入れた。


「ごめんね、急に。どうしても聞きたいことがあるんだ。あ、カフェでコーヒー頼んでおいたの。飲んでね」


 小野はそう言って、テーブルの上に並べられたテイクアウト用のコーヒーを指さした。


「あ、ありがとう……?」


 突然連れてこられたにも関わらず飲み物が用意されていることに、二人は不信感を覚えた。光彰は、小野の表情を探るように見ている。黎も彼女の行動の意味が理解出来ず、戸惑っていた。


「小野、悪いが俺は、自分で用意したものしか口に出来ないんだ。申し訳ないが、これは誰か他の人にあげてくれ。話は聞くから」


 光彰はそう言うと小野に向かって頭を下げた。


——最上の人間はそうしないといけないもんな。


 黎は詫びている光彰を見てそう思いつつ、テーブルの上の三つのコーヒーへと視線を移した。三つのうち二つはブレンドで、もう一つは甘い香りのするラテだった。小野はそのラテを、迷いなく黎の前へと差し出す。


「柳野くんって甘いのを飲んでるイメージなんだ。合ってた?」


 そう言って、パッと笑った。しかし、黎はそのラテを辞した。こればかりは気持ちではどうにも出来ない事だったからだ。


「ごめん、小野さん。俺は確かに甘いのを飲むけれど、牛乳がだめなんだ。アレルギーがあるんだよ。でも、気持ちは嬉しいし、こっちのブレンドもらってもいい? これなら飲めるから。カフェで砂糖貰ってくるよ」


 そうして、そのまま部屋を出て行こうとした。すると、小野はあからさまに慌てた様子を見せた。彼女の動揺に、光彰は眉を顰めた。


「えっ、そうなの? ごめんね、知らなくて。あ、じゃあこれをどうぞ。フレイバーシロップなんだけど、私が好きでよく使うんだ」


 そう言って、小野はポケットから小さなケースを取り出した。そして、その中から何かを一つ抜き取って、それを黎の前にポンと置く。それは、透明で厚い円形の、コロンとした可愛らしい様相をしている。ほんのりと薄茶色の差したそれは、コーヒー味の飴玉のように見えた。


「飴にシロップが閉じ込められてて、溶けると甘くて美味しいんだ。今ちょっと可愛い物が好きな子達の間で流行ってるんだよ。雑貨屋とかで買うから、行かない人には馴染みがないかもしれないけどね。ホットコーヒーならすぐ溶けるよ」


 小野はそれを一つ開封すると、ぽちゃんと音を立てて自分のラテに入れた。


「キャラメルフレーバーだから、追加で入れると美味しいんだよ」


 そう言って笑うと、ごくりと一口飲んだ。光彰はそれを眺めつつ、コーヒーの液面をじっと見据えている。黎はそれを訝しんで


「光彰、どうした?」


 と尋ねた。


「いや、なんでもない」


 顔を顰めていた光彰は、そう言って黎に向かって表情を和らげた。

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