4 態度が軟化しました。(2)
二限と三限の間の中休みは、まだあと半分くらい残っている。
私は先ほどまでの会話を思い返し、ため息をついた。
「あの方、完全に私が加害者だと決めつけてません? それを権力で脅して私の都合のいいように事実を捻じ曲げていると考えてそうなんですが」
「さあな。だがああ言っていた手前、これ以上君が不利になるようなことはないだろう」
「だといいですけど」
疲れたので木の幹に背中を預けた。少し青臭く、けれど深みのある香りが鼻を楽しませてくれる。ルイスは腕を組んでアードルフが去った方を見ていた。
「あいつの兄はトーマスと同学年の生徒会役員だったらしい。色々と思うところもあるのだろう」
「そうでしたか……。兄の素行はずっと良くなかったようですから、生徒会の方々の頭痛の種だったのでしょうね……。父は領地のことが忙しくて王都には来られないですし、母と私のことは見下していて何か言ったところで逆効果なので、私たち家族も歯がゆい思いをしていました。手紙を送ってもなしのつぶてで」
「だろうな。なんでトーマスだけああなってしまったのか……」
本当に余計なことしかしないな、あのバカ兄は。攻略対象なのだから、ゲームの強制力が働いていたとしても、もう少しキャラ設定をどうにかできなかったのだろうか。方々に迷惑しかかけていない。
今度兄に会ったら全力でグーパンしてやる。
ふつふつと怒りを募らせていたら、ふと気づいた。
なんか私、ルイスと普通に話せてるぞ。奴が喧嘩腰じゃないのって、入学前以来じゃない?
ルイスが組んでいた腕を解いて、私に顔を向ける。その瞳からは怒りも蔑みも感じない。そのことに心から安堵する。
「朝、君の話を聞くことになった後、アードルフに同席させてくれと頼まれた。以前からあいつや他の生徒会役員に君の状況を訴えても動かなかったから、この機会に本人と話したら何か変わるかもしれないと思って承諾した。君が何度も同じことを言わなくて済むし、俺がいないところで聴取を受けるよりも、近くにいる方が何かあった時にすぐ動けるからな。
だが、想像以上に『妹』の先入観が強くて君に失礼な態度だったな。さっきは話の腰を折らないように静観していたが、君は不愉快だっただろう。後でよく注意しておく」
「え?」
入学以来、会えば口喧嘩していたのに、裏では私のこと気にかけていた?
しかも、アードルフの態度を注意すると!?あのルイスが!?
私は驚きのあまり手で口を覆った。
「……なんだ、その反応は」
「いえ、びっくりしすぎて。あなたの私への態度をまるっと棚に上げて、アードルフ様のことを非難するので」
「お、俺はいいんだ! 昔からお互いを知っているから!」
「それ屁理屈すぎません?」
図星をさされルイスは焦っている。おそらく自分でもよくないとは思っていたのだろう。
いい機会だ、今までの不満を言ってやる。
「入学前試験で次席だったのが悔しいのかもしれませんが、話しかけてくるたびに『不細工』『ブス』『不気味』『不愛想』『不躾』『ブロッコリー』とか言ってくるの、ひどいですからね」
「おい、最後のは言った覚えはないぞ!」
「ならば他の言葉は女性に対して適切だと思っていますか?」
「ぐ……っ!」
指摘され、ぐうの音も出ないらしい。「ぐ……っ!」と言ってるけど。
ルイスの眉間に深くしわが寄っている。
「だ、だが、試験の結果に忸怩たる思いはあっても、君の努力を否定しようとは思っていない! 八つ当たりと思われるのは不愉快だ!」
「じゃあ、なんでずっと怒っていたんですか?」
「それは君が俺と婚……!」
「コン?」
「~~~~っ! なんでもない! 暴言については謝罪する! これでいいか!?」
「ええー……。途中でやめて気になるし、全然謝ってもらった気がしないんですけどー」
「理由は言わない! だが許してもらうにはどうすればいいんだ!?」
わがままボーイが逆ギレしてんですけど。まあいいや、怒りっぽいルイスにはよくあることだから気にしない。
「んー……。じゃあ、これからは普通に話してください。昔馴染みに冷たくされるの、これでも少し寂しかったんですよ?」
「う……! わ、わかった。しかし、売り言葉に買い言葉なのだろうが、君もつっけんどんな態度だったぞ」
「ふふ、そうでしたね。ごめんなさい。じゃあ、お互いにもう意地張るのはやめて、入学前みたいに戻ろうってことで」
「ああ」
「本当に?」
「男に二言はない!」
「じゃあ、約束です」
手を伸ばし、人差し指でルイスの首の横の方ををちょんと触った。それにルイスの肩がびくりと跳ねる。
この世界では約束をする時に相手の首に軽く触れるという習慣がある。もし破ったらこの首もらうぞ、という意味合いがあるらしい。物騒だが、前世で約束をする時に言う「嘘ついたら針千本飲―ます」もなかなかに刺激的だし、似たようなものだろう。
「ほら、ルイス様も」
自分の首を指差す。ルイスは少しためらうように手を彷徨わせ、そっと伸ばしてきた。
そして首……というより耳の下に数本の指で触れると、鎖骨の方へするりと這わせた。それがくすぐったくて、ふふっと笑ってしまう。
ルイスがはっと気づいたように手を離すと、「わ、悪い……」と気まずそうに言った。なんだ、こんなに素直に謝罪できるんじゃないか。
「……もうすぐ授業が始まる。行くぞ」
「はい」
先に行くルイスの背中を追いかけた。するとルイスの歩みが遅くなり、隣になったところで歩調を合わせてくれたので、並んで歩いた。
「言い忘れていました。私のこと、ずっと気にかけてくださってありがとうございます。嬉しかったです」
「……ああ」
横を見れば、ルイスの耳が真っ赤になっていた。あ、そういえば女性恐怖症か女性に耐性がないだったんだっけ?
でも嫌なら嫌ってはっきり言う性格だしなぁ。この前は挙動不審になっただけだし、今も不快そうではない。
じゃあ、ただ恥ずかしがってるだけってことかな。まだ十六歳の思春期真っ最中の男の子、箸が転がっても恥ずかしいお年頃ってことか。この国はスプーンとフォークを使うのが主流だけど。
「なんだ、人を見ながらニヤニヤするな」
「いやー、ルイス様ってかわいいなって思いまして」
「はあ!? どういうことだ! おい、ブリギッタ!」
「あはははは!」
幼馴染とのわだかまりが消えて、心が軽くなったからだろう。
久しぶりに、心から笑えた。