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3 ひと騒動ありましたが、結果オーライです。(3)



「やあ、僕のブリギッタ嬢!」


 朝から不快な声を聞いたが無視するわけにもいかず、嫌々ながら振り向いた。

 そこには例のごとくクランツ子爵の三男がなぜか勝ち誇った笑みを浮かべていた。それに青筋を浮かべた私は早口で言い返す。


「……私はあなたのものになった覚えはありませんが。せっかくの清々しい朝に、不躾に大きな声で呼ばないでいただけませんか。私は用事がありますので、先日のような実のない話でしたらご遠慮いただきたいのですが」

「実? あるよ大ありだ! ようやく僕の努力が実を結んだという訳さ! もはや君が僕を愛していることは明白だ! だがそんなに強く主張しているのに、そのツンケンした態度はさすがにいただけないよ?」

「は?」


 この男が何を言っているのか一ミリも理解できない。

 とにかく恐ろしいことを誤解しているので、それだけは訂正せねばと口を開く。


「何から誤解が生まれたのかわりませんが、私が先輩を慕うことは過去現在未来ありえませんのでお引き取りください」

「……おい! さすがに優しい僕でもその天邪鬼な口には苛立ちを禁じ得ないぞ! そのバレッタの宝石は僕の瞳とそっくりじゃないか! こんなにあからさまに心情を吐露しておいて、僕を拒絶するなどおこがましいだろう!」


 いつもやけに小難しいことを言いたがるが、今日は特に口調がおかしくないか。おこがましいってここで使うのが正しいのか?

 そしてバレッタと聞いてはっとし、すぐさま髪につけているそれを外す。美しい青緑のガラス玉を見た後に前方にいる男の顔へ視線を移すと、なるほど確かによく似た色だった。


 しくじった。


 この男が気持ち悪すぎて、一番最初に挨拶した時以来、できるだけ目を合わせたくなくて顎や首あたりを見るようにしていたのが仇になった。一回見ただけでは瞳の色など覚えられないし。

 ふと男の背後を見やると、昨日店で会った男爵令嬢たちがニヤニヤしながら二人で何かをこそこそ話していた。


 しまった。嵌められた。


 彼女たちは、私がルイスと話した後に遠くから聞こえるように私への悪口をピーチク囁く女子たちの一員だ。きっと目障りな私に早く適当な男とくっついてほしかったのだろう。

 クランツのアホ先輩が私に接触してくるのはうちのクラスの近くだし、そもそも私が誰かと話していると目立つ。だから何度も見かけていたはずだ。

 昨日は多少強引だったけどやけに普通に話すから、警戒が緩んでしまった。……ああ、本当にしくじった。

 とにかく、事実は言っておかないと。


「いいえ。私は昨日、髪専門の小物屋で彼女たちに会い、このバレッタについたガラス玉と似た瞳を持つ方はいないか彼女たちに確認したところいないとおっしゃって、お二人に強く勧められたので買ったまでです。あなたに気持ちがあったからではありません」

「違いますわ! わたくしはそんなこと言っておりませんわ!」

「そうよ! わたくしたちのせいだと言うの!? やはりあの方たちの『妹』など恥知らずですわ!」


 その後も男の背後からピーチクパーチク言っているが耳障りだ。不躾な視線が嫌だから人通りが少ない早朝のうちに登園したかったのに、この騒ぎで見物人が少しずつ増えてきてしまった。


「可愛い彼女たちもこう言っているんだ。ブリギッタ嬢、嘘はいけないよ? ほら、今ならまだ許してあげよう。君の口から僕に愛を告白すればね!」


 ブチ、と頭の中で何かが切れる音がした。


 私は持っていたバレッタを床に落とすと、靴の踵でガラス玉を勢いよく踏みつけた。小さくパリッという音がする。そのままぐりぐりと踵を動かすと、それに合わせてジャリジャリと鳴った。

 足を上げてみれば、ガラス玉は粉々、バレッタ自体もひしゃげていた。しゃがんでそれを持ち上げる。

三人は唖然としていた。


「な、なに、を」

「誤解をさせてしまったので、きちんと訂正しなければと思いまして」


 無表情のまま、コツコツと彼らに近づく。

 私の暴挙に恐々とする男のすぐ側を通る時、その耳元で最大限のドスのきいた声を出した。


「勘違い野郎が、調子こいてんじゃねぇぞコラ。ハナからテメェなんか眼中にねぇんだよ。これ以上付き纏ったらテメェの汚ぇブツもへし折ってやるからな。消えろ」


 言いながら男の目の前でバレッタを真っ二つに折る。

 ヒュッ、という音は、男の息を吸い込んだ音か。それともブツが縮んだ音か。


 進行方向にいる二人がガクガクと震えながらこちらを見ているので、男を放置してそちらに歩を進めた。

 私が彼女たちの前で立ち止まると、二人はびくりとした。

 息を吸って大きめの声を出す。


「メイヤー男爵令嬢、ホフマン男爵令嬢。せっかく貴女たちが選んでくれたバレッタを、壊してしまいました。ごめんなさいね。赦してくれるかしら?」

「「は、はい!」」

「そう、ありがとう。でもこんなことになってしまって、私も貴女たちも気まずいと思うの。せっかくだけれど、今後のお付き合いは控えさせていただくわね。実家にも伝えておくわ。それでは、ごきげんよう」

「「……あ……!」」


 彼女たちの顔は今や真っ青を通り越して白くなっている。ようやく自分達がしたことの重大さを自覚したようだ。

 自分たちは大勢の前で嘘をついたということが明らかになった。その上、私は腐っても次期女伯爵。

 フリーチェ伯爵領は農業に適した広大な土地で、特に小麦と根菜は国内ナンバーワンのシェアを誇っている。グリュンブト王国の主食はパンとじゃがいもなので、つまりフリーチェ伯爵家は国民の生活の基盤を支えていると言っても過言ではない。

 学園では兄のことがあったのでこのような立場にいるが、王国全土で見ればそんなのは些細なこと。我が家の国への貢献度は高いままだし、それこそゲームの麻薬のようなことがない限り王家から見放されることはない。

 その私から衆人環境の中で絶縁宣言をされるということは、男爵程度の貴族にとっては一大事だ。彼女たちの実家はうちから食物を直接買い付けることができず、他家から買うことしかできなくなり、その分マージンの上乗せ分も払うことで財政は大打撃。彼女たちは実家でかなり肩身の狭い思いをすることになるだろう。


 やりすぎかもしれないが、こちらとていい加減コケにされるのも我慢の限界だったのだ。

 遠くから囀るくらいならまだ可愛いものだったが、度を越した嫌がらせをしてくるなら、私とて容赦はしない。

 私が舐められるということは、我がフリーチェ伯爵家が舐められるのと同義だからだ。ならば私は私と我が家を守るために全力で戦う。

 まぁ、気に食わないからって誰も彼も絶縁したり脅したりっているのは権力の乱用になってしまうので、今回みたいなことがない限りは穏便に済ませたいものだが。


 あ、キモい先輩への脅しはなんだったかって?

 それは前世で一時ハマったヤンキー漫画の好きだったキャラクターのセリフをちょっと改変したのよ、うふふ。まさかあんなにビビってくれるとは思わなかったけど。所詮あの男も打たれ弱いボンボンだったってことだ。

 あの反応では、もう付き纏ってくることもあるまい。騒ぎになってしまったが、今後不快な思いをしなくて済むのなら結果オーライだろう。


 固まって動かない三人を残し、四方八方からの視線を振り払うように長い髪を揺らしながら、私は堂々と廊下を歩いた。



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