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3 ひと騒動ありましたが、結果オーライです。(1)



「あ」


 カシャン、という軽い金属の音がした。それと同時に金色の髪が解かれ広がって、腰まで落ちていく。


「……あーあ。朝からついてない」


 私は床にバラバラになった、つい先程までバレッタだったものを拾った。二年前、母のものだったのを強請って譲ってもらった、琥珀色で、大きな花の彫りが美しいバレッタ。手入れしながら大事に使っていたのに、経年劣化には勝てなかったようだ。

 支点の金具が真っ二つに折れているので、自分で直すのは無理だろう。

 破片を集めて、勉強机に置く。


 伯爵位以上の貴族子弟は寮の一人部屋をもらえる上に、自分のことは自分でする寮則があるので、従者や侍女は連れて来られず、部屋には私一人だけ。おそらく防犯の意味もあるのだろう。それを私はこれ幸いと、自室では思う存分自分を曝け出していた。――ああ、なんて楽。

 これが領地の実家なら、部屋に控えている侍女がすぐさま飛んできて、ものの数秒でバレッタは片付けられていたはずだ。「危ないのでお嬢様はお近づきになりませんよう」などと注意されながら。

 私が壊したんだから責任持って片付けるのに申し訳ないと思いつつも、それが彼女たちの仕事なのだからと私もお願いしただろう。

 ――やってもらって助かる時も多いけど、現代日本で一人暮らししていた記憶を持つ身としては、貴族の生活というのはなかなかに窮屈で気疲れするんだよね……。


 そんなことをぼんやり考えていたら、勉強机のすぐ側にある窓から日光が差し込み、バレッタを照らした。すると透明度が増し、掘られた花がキラキラと輝いた。


「綺麗……」


 ……思い出した。母が日差しの中を歩く時に、付けていたバレッタがこのようにとても綺麗で、どうしても欲しいと思ったのだ。譲ってもらってからは日中は自分の後頭部で髪を留めていたので見ることもできず、あの感動を忘れていた。手入れをするのは、いつも外した後の夜だったし。

 そうだ、これはそのまま置き物として大切にしよう。

 自分の大好きなものが手元にあり、こうして美しい姿をいつでも見られるなんて、大層贅沢ではないか。

 そして運良く明日は休みだ。入学してからずっと寮の自室と学園を往復するだけだったが、この機会に王都を散策して新しいものを買おう。

 今日は髪をリボンで括り、明日のことを考えながらウキウキした気分で学園に向かった。



***



「君、か、髪……!」

「え?」


 横合いから声をかけられ振り向けば、驚いた顔をしたルイスが私の頭部を凝視していた。

 学園に到着して、さあ授業の準備をしようと思っていた時のことである。

 けれどバッサリ切ったわけでもなく、たかがいつも上げている髪をハーフアップにしたくらいで、それほど衝撃的だろうか。


「えっと……いつも付けているのは、今朝壊れてしまって。他のバレッタも持ってきていないので、とりあえず今日はリボンを使った、というだけなんですが……」

「直す予定は!?」

「いえ、代わりの物を買おうと思っています」

「……クソっあの時買っていれば……」

「え? カッテイレバ?」


 なぜひどく悔しそうに悪態をつくのかわからず小首を傾げるが、慌ててなんでもないと誤魔化されてしまった。

 それから、しばらく何かを言いたそうに口を開閉していたが、やっと決心がついたのか、ぼそぼそと小さな声で言葉を紡いだ。


「……ず、ずっと、大事に付けていたのに……残念だった、な」

「え? ええ……そうですね。でも二年間ほぼ毎日付けていましたから、仕方ありませんね。幸い、装飾の部分はきれいに残っていますので、これからは置物として眺めて楽しみたいと思います」


 うむ、とやけに重々しく何度も頷いたルイスを見て、私の方が驚愕した。


 この人、今、私を慰めた?

 私がバレッタを大切に使っていたのを知っていて、私の気持ちを汲んだ?

 ……どうしよう。すごく嬉しい。


 針の筵の学園で、久しぶりに人の優しさを感じられて、私は舞い上がってしまったようだ。

 何も考えずルイスの手を両手で取り、満面の笑みを浮かべてはしゃいだ声をだしてしまった。


「ルイス様、ありがとうございます! 実はあれ、光に翳すととても綺麗なんです。よろしければルイス様も今度見てみてください!」

「は、あ? いや、いつも見てるから知ってるが……。……っ⁉」

「あ、そうでしたね。私以外の方は別に見ようとしなくても見れましたものね……ああ、ごめんなさい。ルイス様のお気持ちが嬉しくて、思わず手を取ってしまいました」


 気まずくなってそっと離したが、ルイスはそのまま氷になったかのように動かない。


「……? ルイス様? どうされました?」

「…………な、なな……」

「ナナナ?」

「なんでもない!!!」


 教室中に響くほどの大声で嘘を吐くと、貴族にあるまじき速さで教室の外へ走っていってしまった。


 え、もうすぐ授業始まるよ?

 てか、みんなの見本となるべき侯爵子息が走っていいの?

 もしかしてルイスって、実は女子に耐性ない人だった?

 まさか女性恐怖症とかじゃないよね?

 でも手を取るくらい、子どもの頃からあった気がするんだけど……。


 唖然とする私を残して、周囲の喧騒が次々と耳に届く。


「あれって……もしかして……」

「うそ、ショック」

「なんであんな女が……」

「許せませんわ……」

「なんとしてでも止めましょうよ……」


 え、何?本当に私、やらかしたの?

 ルイスに悪いことしちゃった?

 うわー……女子からの視線が痛い……。


 反省してその日は一日、いつも以上に静かに過ごした。 



 教室を飛び出したルイスが「く……! いつもブリギッタを見ているとバレたか!? いや、あの返しではたぶん大丈夫なはずだ……。それよりも近すぎだろう! 手にキスされるかと思った……いや、あいつに限ってそんな意図はない! 落ち着け俺……!」などとテンパりまくりながら独り言をつぶやいているなんて、ブリギッタにはもちろん知る由もない。

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