2 婿探しは難航しています。(1)
チャイム――と言っても現代日本のように放送ではない。学園のシンボルとして有名な時計台にある本物のチャイムが鳴るのだ――の音で教師が授業の終了を告げる。
私は広げていた教科書や筆記用具を片付けた。
入学してから一か月。私の近くには未だに誰も座ろうとしない。それどころか、私が空いている席に座ったら、前後左右に座っていた生徒はそそくさと離れる。もはや病原菌扱いである。
元々私はボッチ大好きな性格だ。前世では女子の仲良しグループに入ることなく、何人かと付かず離れずの会話を交わす程度の付き合いをよしとしていた。一人映画も、一人牛丼も、一人焼肉も楽しむタチであった。
だがそれは前提として、ボッチを「選択」でき、ボッチを楽しむ「環境」がなくてはならない。
今の私は近づくことさえ嫌がられ、困ったことがあって尋ねようと声を掛ければ「話しかけるな」と一蹴される。そのくせこちらを遠巻きに観察し、私の一挙手一投足に対して重箱の隅をつつくようなダメ出しをしては、仲間内で嘲笑している。もはや前世で言うところのいじめである。
そんなことが常なので、さすがに自他ともに認めるボッチ族の私でも気が滅入るというものだ。
まあ入学前に多少の覚悟はしていたし、人のうわさも何とやらで、いつかはマシになるだろうと楽観的に考えるようにしている。成績上位をキープするために授業の予習復習は欠かせないし、授業が進めば前世の大学のようにレポート提出もある。学期毎のテストにはいつも全力で取り組む所存だ。
それにせっかく田舎の領地からこの度初めて王都に来たのだし、休日にはあちこち行ってみたい。
だから、私は忙しいのだ。強制ボッチでも私は強く生きるのだ。えいえいおー。
よし、お昼は購買に行って何か買おうかな――と席を立って鞄を持ち上げたところで、低い声が背後から投げられた。
「おい、ブス」
うわ、今日はブスときた。
私はため息を押し殺して、ゆっくりと振り返る。
「……なんでしょう、ゲス様」
「ゲ……! おい、今何て言った!? 無礼だぞ!」
「そちらが先に女性に向かって失礼な呼びかけをしたんじゃありませんか。そんな男などゲスで十分です」
「ふ、ふざけるな! 未だ友人の一人もできない君に声をかけてやったというのに!」
「結構です。他の皆様のように、どうぞ私のことなど汚物かなにかだと思って捨て置いてくださいませ」
私の言葉に、怒りに満ちていたはずの男の顔が歪んだ。
私と同じく一年のこの男、名前はルイス・アンカーという。そう、先日婚約解消となったアンカー侯爵家の、次男坊である。
艶やかな濃紺の髪とサファイアのような瞳は兄のリカルド様と同じ配色だ。だがリカルド様はかなりの長身で完成された骨格をしているが、幼い頃病気がちだったルイスは今もまだ発展途上だ。身長は私とさして変わらない。
そして何より、物静かなリカルド様の喜怒哀楽の「怒」を根こそぎ奪って自身にくっつけたのではないかと思うほど怒りっぽい性格をしている。顔の造作はリカルド様より整っているくらいなのに、眉を寄せた顔しか見せていないので正直取っつきにくい。
婚約者としてアンカー侯爵家の屋敷を訪ねていた頃も、会うたびに喧嘩を吹っ掛けてくるので、私の中でルイスは「面倒だけど立場上おざなりにできない厄介なガキ」という認識だった。
「フン。そんなこと言ったところで、随分不便そうじゃないか。君が泣いて懇願するなら、俺の昼食に同席させてやってもいいけどな」
「謹んでお断りいたします。あなたからの罵倒と嫌味と自慢を聞きながら嫌々食事するより、一人でさっさと終わらせて残りの時間を読書に当てた方が何倍も有意義ですから」
「……っ! ならばもういい! 可愛げのない女は一人寂しくパンでも食ってろ!」
顔を怒りで真っ赤にさせながらこちらに背を向け、取り巻きを引き連れて行ってしまった。
「聞きまして? あの生意気な物言い」
「お情けで声をかけてくださったのに、なんとひどい……」
「あの事があってリカルド様との婚約が破棄されましたのに、未だにルイス様にあんな口をきいて図々しい」
「ああ、嫌ですわ。やはりあの方々の『妹』などこの学園にふさわしくないのです。こうやって諍いごとを起こすんですもの。さっさと退学すればよろしいのに」
ルイスと話した後は、周囲の女子たちのさえずりが多い。
まあ、次男とはいえ侯爵家子息だし、身長は高くないが容姿は抜群、成績もよくて将来有望。その上婚約者がいないとくれば、結婚相手を探しているご令嬢方からすると垂涎の獲物だ。おそらく一年生の中で一番の優良物件ではないだろうか。
だから何とかしてお近づきになりたい彼女たちは頑張って声をかけるのだが、取り巻きのガードが堅いし、本人にも冷たくあしらわれてしまっている。
そんな中で渦中の私にはルイス自身から話しかけるのだから、彼女たちには面白くないだろう。それはわかる。だが、その矛先は私ではなくあいつに向けてほしい。ルイスとの会話中は息をひそめて聞きに徹し、終わった途端に私への愚痴を垂れ流すのではなく「こんな女じゃなくて私とお話ししましょう」と割り込むくらいの気概を見せてほしい。
ルイスもルイスだ。私との会話など面白くもなんともないだろうに、なぜ頻繁に突っかかってくるのだろうか。
この学園は、平民が入学するためには一定の肩書を持つ人間からの推薦状と入学試験が必要だが、貴族の子弟は全員通うのが決まりだ。ただクラス分けなどのために、貴族たちも入学前にテストがある。
そこで私がトップの成績だったので、入学式での新入生代表挨拶を打診されたのだが、兄たちのことがあったので辞退した。そこで次席のルイスが繰り上がりで代表挨拶をしたのだが、私にテストで負けたのが悔しかったからなのか、入学してからは以前にも増して私への当たりがキツくなった。
でも――不本意だが、本当に不本意なのだが、ともすると学園で一言も誰かと話さないような環境の中で、昔馴染みと口喧嘩をすることは、私にとって多少のストレス発散になっている。だからといって一緒に食事は取りたくないが。