1 ゲーム本編は終了しました。(2)
兄が全寮制のボーグン上級学園に入学して二年間はまだ良かった。成績は平均より下であり、休日の外泊が多く金遣いが荒いのは頭が痛いが、それでも大きなトラブルはなかったのだ。
だが最終学年である三年次。ヒロインが赴任してきてからは変わってしまった。
授業を勝手に抜け出すのは当たり前、伯爵家のツケでの買い物の額が跳ね上がり、平日休日問わず無断外泊を繰り返す。酔っ払いと喧嘩して王都の警備隊に厄介になったこともある。
このままでは卒業できないどころか伯爵家を没落させるのではと両親が本気で悩んでいたその時、決定的な事件が起こってしまった。
兄が他の攻略対象者である公爵子息、騎士団長子息、平民の特待生と共にヒロインの家でヒロインと乱こ……イチャイチャしていたところを、公爵子息を探していた私兵が見つけてしまったのだ。
公爵子息は本来ならば休前日のその日、外泊届を出していたので実家に帰っているはずなのに、こっそりヒロインの家に行っていた。だが根回しが甘く、子息がいないことがばれて公爵家が騒然となって子息を探していたところ、子息に似た人物がよく出入りしているという情報を得てヒロインの家に突入し、言い逃れができない現場に遭遇したということだ。とんでもないものを見せられて、私兵の皆さんカワイソウ。
後から私の両親に詳細を尋ねたら、かなり婉曲して答えてくれたのだが、要はゴ・ピーというやつだ。思春期の少年たちの持て余した欲望を一人で受け止められるなんて、さすがヒロインすげぇな、なんて他人事のように思ってしまったが、要はハーレムルートに入った結果なのだろう。
私は前世でハーレムルートはプレイしなかったからよくは知らないのだが、とにかく攻略対象者たちの言動をすべて肯定して甘やかしてセクシー満載のイベントを成功させれば、どの個別ルートよりも簡単にハーレムルートをクリアできるらしい。
ゲームではそれもいいかもしれないが、これは現実だ。本人たちとその実家、それに学園はこのスキャンダルにてんやわんやだった。
ヒロインは教師という立場だったため罰が一番重く、孤島の修道院に島流し。一生出られないらしい。実家の男爵家も爵位と領地の没収。家族は平民となり借金返済が絶望的だとか。
公爵子息は廃嫡し領地にて蟄居。騎士団長子息も廃嫡し親戚の辺境伯預かりとなり、一兵卒として辺境伯軍に従軍するそうだ。平民の特待生は王都から追放されたということしかわからない。
だが攻略対象者たちみんなが共通して言えることは、学園は強制退学になったということだ。
それは兄にもいえることである。実家に帰ってきた兄は「騙された」とか「俺は悪くない」とか泣いて喚いていたが、日ごろの生活態度に加えてのこの一件はさすがに父母も擁護できなかった。
兄は廃嫡されたのだが、幼い頃からずっと兄を想い続けてくれていた遠縁の次期女男爵である令嬢がそれでもと懇願してくれたため、うちからの多額の支度金――という名の迷惑料と謝礼――と共に男爵家に婿入りした。
兄は最後まで「あんなゴリラみたいなブスな女なんかと結婚したくないぃぃぃぃ!!」と泣き叫んでいたが、未だに自分に選択権があると思っている方が不思議だ。彼女は容姿はまあ……だが、学園での成績は優秀だったし、女男爵としての素質は問題ない。私も何度か会ったことがあるが、優しくて穏やかな人なのでとても好きだ。
義姉の愛が、兄の腐った性根をたたき直してくれることを切に願う。
そんなこんなで、我がフリーチェ伯爵家は、繰り上がりで私が次期女伯爵になることに決まった。我が国が、正式な手続きさえ踏めば女でも爵位を継げる国でよかった。そうでなければ今回のことで爵位返上もあり得たのだ。兄には殺意しか湧かない。
それと同時に、次期侯爵であり五歳年上のリカルド・アンカー様との婚約は白紙となった。
両家の事業提携のための嫁入りだったからお互いに恋愛感情はなかったが、協力して侯爵家を盛り立てていこうと話していた。だが貴族法により次期当主同士は結婚できないので、婚約を解消することになったのだ。
アンカー侯爵家は代わりに次男をフリーチェ伯爵家に婿入りさせるのはどうかと打診してくださったが、こんな瑕疵のついた伯爵家に婿入りせずとも侯爵家子息ならもっと条件のいい家と縁付けるだろうと、丁重に辞退し申し上げた。
事業提携の話は工場の建設が着工していることもあり、なんとか婚姻と切り離して継続できているので、そこだけはほっとしている。
と、まぁそんな感じで、私は一から婚約者を見つけなければならなくなった。
そして私は今年、バカ兄と入れ違いで学園に入学することになったのだが――。
「ねえ、ほらあの伯爵家の……」
「あんなことがあって、厚顔無恥にも妹が入学してくるなんて……」
「あの家の者なんて、また退学する事態になるでしょうよ……」
あの兄たちのやらかし後の学園は、妹にとって針の筵です。