6 歓待を受けました。(2)
ディートリンデはずっと機嫌がよさそうだ。あれ?私って学園中の嫌われ者だったよね?と首を傾げたくなるほどの歓待だ。
だが目の前にある豪華なアフタヌーンティーセットを私が堪能しないと、この時間がいつまでも終わらないぞという無言の圧力が彼女からビンビン伝わってくる。
しばらく無言の抵抗を試みたが敵うはずもなく、根負けした私はすでに紅茶を嗜んでいるディートリンデに倣って、とりあえずカップとソーサーを手に取り、一口飲んだ。
ふわっとしたダージリンの高貴で芳醇な香りと、苦味の一切ない透き通った味、その温かさに気持ちが一気に落ち着いた。
「……美味しい……!」
「そうか。我が家で輸入している最高級の茶葉だ。君の口に合ったならなにより」
ぎょっとした。それが顔に出ていたのだろう。ディートリンデは悪戯が成功したようなニンマリとした笑みを浮かべた。
「もちろん、王家に献上したものと同じものだ。君への好意を表したつもりだが、迷惑だっただろうか?」
「めめめ滅相もございません!」
私はぶんぶんと首を横に振った。
シュテグマン公爵家は貿易を営んでおり、その利益は「国に治める税が国内の貴族で断トツトップ」ということからもお察しだ。中でも紅茶部門、特にダージリンは国内の貴族がこぞって買い求めるほどの高い品質を安定的に維持しており、さらに言えば全体のほんの一部しか採れない希少な葉は王室御用達なのだ。
それを私相手に出すとか……後が怖すぎるんだが……。
「ふふふ。可愛いね。さあ、君のために用意したお菓子だ、たんとお食べ」
「は、はい……」
ええい、ままよ!と目の前で宝石のようにピンク色に輝くマカロンに手を伸ばす。一口齧れば、外側のサクッ!に加えて、中のしっとり!とラズベリーの甘酢っぱさが見事なハーモニーを奏でる。
私は震えた。
「お、美味しい……!」
「それは重畳。これらに使っている小麦は全部君の領地で採れたものだ。つまり、君の家のお陰でこのお菓子たちが生まれた。だから遠慮することはない、満足するまで食べてほしい」
「ありがとう、ございます」
バスケットに入っているチョコチップクッキーを食べる。バターの香りと少しビターなチョコチップが相性抜群だ。他のお菓子も大変美味しくて、どんどん進んでしまう。
咀嚼してる間に、不躾ながらチラリと目の前の麗人を見遣る。紅茶を飲む様一つ取っても完璧な美しさで、やはりやんごとなき家のご令嬢は全てにおいて違うなと感じる。
ディートリンデ・シュテグマン公爵令嬢。
シュテグマン公爵家は五代ほど前の王弟が臣籍降下した際に興った。それ以降も王家との繋がりは深く、二代ほど前には王妃を輩出している。
ディートリンデは家柄、容姿、実力は申し分ないことに加え、本人の強い希望で、卒業後は近衛騎士団に内定している。そして御年六歳になる姫の専属護衛を拝命するらしい。
金髪碧眼の可愛らしく聡明な姫と、彼女に付き従う背の高い美麗の騎士……!ああ、早くお二人の画が見たい!
そんなディートリンデは、実は乙女ゲームの重要な登場人物でもある。いわゆる悪役令嬢ポジションというやつだ。
彼女は攻略対象である騎士団長子息の婚約者だった。
ゲームの騎士団長子息ルートは子息が放課後、学校裏の林で剣の自主練習をしているところに、主人公が迷い込むのが始まりだ。婚約者があまりにハイスペックなので、騎士団長子息はずっとコンプレックスを抱いていた。そこで主人公が彼の気持ちに寄り添い、子息はありのままの自分を愛してくれる主人公に惹かれていく……という、途中までは比較的穏やかな展開だ。
しかしいざ婚約を解消して主人公と結ばれようとすると、ディートリンデに「ならばお前たちの気持ちを見せてみろ」と言われ、いきなりバトルモードに突入する。
これまではシュミレーションゲームだったのに突然RPGのような戦闘画面に変わるので、プレイヤーたちが「ぽかーん」となるのが通過儀礼だ。
しかも逃げられないし、回復アイテムなどもない。
ここに来るまでに地道にミニゲームでステータス上げをしていれば、なんとかディートリンデに勝てるのだが、面倒だからとやっていないと負けてバッドエンド一直線だ。しかもバトルモードに入ると毎回のターンで勝手にセーブされるので、やり直しもきかない鬼畜仕様となっている。ちなみにこの怒涛の展開は他の攻略対象にはなく、騎士団長子息ルートのみだ。
そもそも騎士団長子息のコンプレックスの原因となるだけあって、ディートリンデはめちゃくちゃ強い。それでもなんとか勝利すると、バトルモードが終わり晴れやかな笑顔で「幸せになれ!」と主人公たちの背中を押してくれるのだ。
そんな寛大で美しいディートリンデに心を鷲掴みにされるプレイヤー多数。「なんでディートリンデが攻略対象じゃないの!?」「むしろ他のヒーローたち喰ってね?」「追加版か続編にはぜひ姐御を! 百合を!」という声がネットに溢れていた。
兄たちのやらかしによる数か月前の断罪では「婚約者を淫乱教師に寝取られた可哀想な美人令嬢」という、完全な被害者という扱いだったようだ。みんな彼女に同情的だったが、本人は通常とあまり変わらない様子で彼らを罵るようなことは一切口にしていなかったので、さらに彼女の株が上がったらしい。なるほど、だから圧倒的人気で生徒会長にもなろうというものだ。
だから、王国の食料自給率に貢献しているとはいえ、田舎伯爵家の私などは本来お近づきになれないお人なのである。身分はもちろん、やらかしの被害者と加害者側としても。
だがディートリンデはそのようなことは些末事だとでも言うように気軽に話しかけてくる。
「ところで、君はずいぶんとお転婆なようだね? 誤解を解くために髪飾りを踏み潰し、素手で折り曲げるなんて……ふふふ!」
「あの時は……ちょっとやりすぎた……と言いますか……」
「そうそう、あの時の残骸だが、君が去った後に生徒会の方で処分させてもらったよ」
「それは……お手数をおかけいたしました」
深々と頭を下げる。綺麗になってたとは思ったが、生徒会でやってくれてたのか。
「いい、いい。楽にしてくれ。実はあの場面に私もいたのだよ」
「うっ……。お見苦しいところを……」
「『これ以上付き纏ったらテメェの汚ぇブツもへし折ってやるからな』……だったか。あの啖呵は痛快だった!」
ひゅっと息を飲んだ。
まさか聞かれていたわけじゃないよね?ならどうして内容を知ってるの?アホ先輩がばらした?
「ああ、緊張させてしまったね。すまない。私はちょっと読唇術が得意なんだ。私から誰かに言ってはいないし、ましてやあの『勘違い野郎』も誰にも告げ口していないはずだよ」
ディートリンデは綺麗な笑顔で真っすぐ私を見つめた。
「あの時だよ、君は噂にあるような底意地が悪く非常識で不道徳で嫉妬深い人間ではないと確信したのは。アードルフ達はなんだかんだとうるさく言っていたが、私はむしろあの程度で済ませるなんて、君は非常に理性的で温厚で慈悲深いと思ったよ」
「えっと……ありがとう、ございます?」
ディートリンデからの賛辞に目を白黒させる。あれ以来さらに生徒たちから「触るな危険」とばかりに遠巻きにされている身からすると、ディートリンデのような考えは学園ではむしろ異端なのではないだろうか。それに「あの程度で済ます」と言っているが、ディートリンデだったらどうするのだろう。公爵令嬢怖い。
それより読唇術って何よ……!これ以上チート能力持ってどこを目指してんの!?
怖いからこれから内緒話はマウンド上のピッチャーとキャッチャーみたいに絶対に口隠してする!
気まずさを振り切るように、クッキーへと手を伸ばす。さくっと噛めば、口の中に広がるバターとほんの少しのレモンの香り。これもめちゃくちゃ美味しい。
するとそこで、軽いノックの音が聞こえた。
「なんだい?」
「アンカー様がお越しです」
「ナイトがもう到着してしまったのか。残念だ。……仕方がない、少し待たせておいてくれ」
「かしこまりました」
ディートリンデがソファから立つと、未だ座ったままの私に手を差し伸べる。
「楽しい時間はあっという間だね。さあお嬢様、お手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
そっと手を置くと優しく引かれて私も立ち上がる。お茶もお菓子も最高に美味しかったが、この密室から出られると思うと緊張が少し和らいだ気がした。
「ああ、そういえば、兄君は息災かい?」
その問いに、手紙と引き出しに押し込めたものたちのことを瞬時に思い出し、げんなりする。
「ええ。男爵領で順調に義理姉に調きょ……いえ。尻に敷かれているようです」
「ははは! 彼女とは私も会ったことがあってね。男爵程度ではもったいないくらいの女傑だろう?」
「ええ、私もそう思います。その唯一の欠点が兄に一途でいてくださっているところなのが心中複雑ですが……。ご存じの通り兄はあんなですし、すぐにでも離縁されるのではとヒヤヒヤしていましたが、今のところ仲良くやっているようでほっとしています」
「そうか! 夫婦仲がいいのは何よりだな!」
ディートリンデは上機嫌で数度頷くと、ドアを開けてレディーファーストとばかりに先に通らせてくれる。どこまでも紳士だ。
生徒会室の最初の部屋に戻ると、ルイスとアードルフがいた。
清々しそうなルイスと違って、アードルフはげっそりとしている。これは相当やられたな。
「やあ、諸君。ブリギッタ君を借りてしまって申し訳なかったね!」
私の隣に並びながら朗らかに声をかけるディートリンデを見た瞬間、ピンときた。
……最後の問いが、本当の本当の本題だ。




