5 勘違いをしていたようです。(3)
「え!? どうしました!?」
「き……嘘だ、どうして……あれか……いや、あれも……くそ、失態だ……自分が憎い……」
よく聞こえないが、なにやら呪詛のようなものをぶつぶつと呟いている。
私またやらかしちゃった……?
あ、そうか。ボッチに気を遣ってやってるのに「どうせあんたも私のこと嫌いなんでしょ!?」みたいなことを言われたら、親切を無下にされたと思って空しくもなるか……あああ、言い方が悪かった。反省。
「あ、あの、ごめんなさい。ルイス様を責める気持ちは全くなくて、むしろ私を嫌ってるのにこんなに良くしてくださってすごく感謝しているんです……」
「うぐ……! さらなる追い打ち……!」
「ええ!?」
どどどどうしよう!今は何を言っても逆効果な気がする。
でもプライドの高いルイスが膝をつくなんて、相当なことだ。
なんとか正気に戻す方法……正気に戻す方法は……。
「……えっと……あ! そういえば、今日はどうしてここに呼び出したんですか? 何か用事があるなら承りますよ! 急ぎではないですか?」
「くそ……ここでその話を出すのか……」
焦って絞り出した話題転換も失敗したようだ。もうだめだ。
「もういっそ……いや、どう考えても悪手だ……」
「ルイス様、本当にどうしたんですか……?」
さっきから情緒不安定すぎる。
大したことない要件なら帰った方がよくないか?
そもそも、いい加減orzの姿勢を直してほしいんだが。私が何か悪いことしてるみたいでいたたまれない。こんなところ誰かに見られたら……と不安になって周りをきょろきょろと見回してしまう。
とりあえず私だけ立ってるとルイスを虐めているみたいで見た目が悪いので、制服のロングスカートが土につかないようにしながらしゃがんでみた。
「あの、もうそろそろ立ち上がりま……」
コトン。
小さな白い箱がルイスのジャケットの内側から出てきた。
「あ!!」
「何か落としましたよ?」
ルイスは高速でそれを拾うと背中へ隠した。見られたらまずいものだったらしい。
「すみません。私は何も見ていませんのでお気になさらず」
「あ、ち……違う! これは……!」
「?」
「くっそ……! 何もかもが格好つかない……!」
「???」
ルイスは苦虫を嚙み潰したような顔で独り言ちた後、おずおずと持っていた箱を差し出して来た。
「……やる」
「え? ……でも」
「いいから早く受け取れ!」
「は、はい!」
勢いでもらってしまったが、本当にいいのだろうか。
そっと両手で持った箱を見つめる。
箱は白い大理石のような高級感と清潔さを併せ持った模様が描かれていて、ルイスの髪のような濃紺のサテンリボンがかけてある。明らかにプレゼントだ。
「開けても、いいでしょうか?」
恐る恐る聞くと、ルイスはそっぽを向きながらもしっかりと頷いた。
美しい紺色のリボンを解き、落とさないように制服のポケットに入れる。そして箱をそっと開けた。
「わぁ……!」
出てきたのは、鈍く光るサーモンピンクの透かし模様に純白のパールが散った、とても綺麗なバレッタだった。地の色は可愛らしいが、複雑な模様と本物のパールの輝きが大人っぽさを演出している。
箱から丁重に取り出すと、陽光を受けてより一層輝いている。
母のバレッタを見た時以上のときめきだった。
「どうしましょう……一目惚れしました」
「え!?」
「このバレッタに」
「ああ……なんだ……いや、この場合喜ぶべきか……」
ガシガシと頭をかいているルイスを見上げる。
「ルイス様、ありがとうございます。ちなみに、このバレッタはどこで?」
こんな素敵なバレッタが置いてあるお店、王都にあったなら私のリサーチ不足だ。ぜひお店の名前を聞き出して、常連になりたい。
「入学前の長期休みに、領地に行った時に見つけた」
「では、このパールはアンカー領産ですか?」
「ああ」
「さすがの美しさです……。金属部分に合わせて、薄桃色に光るものを選んで使っているんですね」
内陸のうちの領地とは違って、アンカー領は南東に位置する場所に海を擁する街がある。そこでは真珠の養殖が盛んで、品質も一級だ。それを加工する工房や宝飾店もあるので、ルイスはきっとそのどこかで見つけたのだろう。なるほど、王都にないはずだ。
その街は海鮮が美味しく、観光地としても人気らしい。私も一度行ってみたいとは思っていた。この世界は醤油がないので刺身や寿司は食べられないが、カルパッチョや生春巻きのようなものはあるらしい。魚介……生魚……ああ恋しや……。
「おい、どうした?」
「は!」
ルイスに訝し気に問いかけられて正気に戻る。今世では未だ食べたことのない鮮魚への憧れが強すぎるのがいけない。
バレッタに視線を戻す。よく見ると、模様がユリのような花と蝶を模しているのに気が付いた。ますます可愛い。私の好みドンピシャだ。
「領地視察のお土産に、買ってくださっていたんですか?」
「いや。君の母上から譲り受けたものを気に入ってるのは知っていたから、君に似合うとは思ったがその時は買わなかった。壊れたと聞いて、先日取り寄せた」
「そんなことまで……ありがとうございます」
ルイスの気遣いに胸が震える。私の気持ちを優先しようとしてくれていたとは、ルイスはなんていい奴だったんだろう。
どうしよう。実家から送ってもらう予定だったけど、今はもうこのバレッタ以外つけたくない。
私はリボンとは反対のポケットに箱を押し込むと、ささっと髪を上げた。そしてバレッタの留め具を開け、カチリとつける。……うん、首がすっきりして気持ちがいい。やっぱりこの髪型がしっくりくる。
一連の動作をじっと見つめていたルイスに仕上がりを見てもらいたくて立ち上がろうとしたら、ふらりと立ち眩みがした。
「お、おい!」
ルイスにさっと肩を抱かれる。
ふわりと色気のある甘い香りが漂ってきてドキリとした。
「あ……すみません」
「大丈夫か!?」
「はい……ほんの少しクラっとしただけなのでもう平気です」
「そうか……あ、悪い」
手を離してから気まずそうにしているルイスの視線を追うと、ルイスの手の土汚れが私の制服の肩にもついていた。
「ふふ、お気になさらず。こんなのすぐ落ちますよ」
私がささっと肩を払っている間に、ルイスも手や膝の汚れをはたいて落とす。よかった。やっとルイスも立ち上がってくれた。
私はその場でクルリとターンして、背中を見せる。
「どうでしょうか。おかしくありませんか?」
「ああ……似合ってる」
不意打ちのような直球の賛辞に虚を突かれるが、嬉しくなってつい笑顔になってしまう。
「えへへへへ。ありがとうございます。大切に使いますね。今度は二年よりもっと長く」
「壊れたらまた買えばいい。その年齢の君に一番似合うものを俺が見繕ってやる」
そうか、歳を重ねれば似合うものも好きなものも変わってくるか。でも、私との関係は変わらずにいてくれるつもりのルイスの気持ちがくすぐったい。
「では、私にもお礼の品を贈らせてください。こんな素敵で高価なものをいただいてしまったんですから。
何か欲しいものか、買い替えようと思っているものはありませんか?」
「そんなことを気にしなくていい。……もうずいぶん時間が経ってる。寮の自室で勉強するんだろう?」
ルイスが愛用の懐中時計を制服の内ポケットから取り出して蓋を開ける。「あと三十分で寮の門限だ」と続けた。
その時、ふと思い出した。
貴族の男性は、意中の女性の瞳の色に似たシルクの小さな布などを懐中時計に入れることを。
「そういえば、ルイス様はシルクの布は入れてないんですね」
「は? ああ……あんなもの、開けた瞬間に落ちて邪魔だろう」
「じゃあ、内側に宝石を埋め込んでいたり?」
「な、なんで俺に好きな女がいる前提なんだ! いないかもしれないだろう!」
「それなら懐中時計見せてくださいよー」
「だ、だだだだめだ! だめに決まってる!」
「おやおや? その反応はもしかして……?」
ルイスは慌てて懐中時計をジャケットに仕舞った。無理やり人のジャケットに手を突っ込むなんてはしたない行為はできないので、今日のところは諦めるしかない。
「と、とにかく、君にだけは絶っっっ対に見せないからな!」
「ええー、ますます気になるんですけどー……」
私のジト目から逃げるように、ルイスはさっさと背を向けて歩き出した。
よっぽど恥ずかしいものでも入ってるのかな。
……まったくもう、優しかったり意地悪だったり、よくわからんやつだ。
でも、一つだけわかったことがある。
ルイスは、私を嫌っているわけじゃない。
嫌っている人間の似合うものは見つけないし、わざわざ取り寄せるなんて面倒なこともしないだろう。
むしろ友人として意外と大切にされているのかもしれない。
それなら、その気持ちに応えられるように精進していかなくちゃ。お礼はまた後日考えるとして、目下しなければならないことは試験勉強だ。
ルイスに恥じない成績を取るのだ。えいえいおー。
オレンジ色の空を背に、ルイスと共に寮への道を急いだ。
ストックが切れたので、更新頻度がゆっくりになっております。申し訳ありません……!
のんびりお待ちいただけましたら幸いです!