5 勘違いをしていたようです。(2)
放課後、私はルイスに指定された場所にいた。つい先日、生徒会のアードルフと話しルイスと仲直りをした、常緑広葉樹の下だ。
ほどよく奥まっていて人気がなく、だが大きな声を出せば教室棟の廊下に聞こえるくらいの距離。全校生徒からの視線が痛い私にとっては絶妙な場所だ。
だが、もうかれこれ約束の時間から三十分以上待たされている。
ルイスがいたずらしたり故意にドタキャンするとは思わないが、いい加減、寮の自室の机にかじりついて試験勉強がしたい。持っていた教科書の試験範囲は各三回読んで集中が切れてきたし、喉が渇いたので、もう少し待って来なかったら帰ろうかな。
……と思っていたら、茂みの奥からルイスがひょっこり出てきた。また走ってきたのだろうか、息が上がっている。
「……遅くなったっ!」
「ええ、本当に。遅刻というのは相手の時間を無駄に奪うことだとわかっていますか?
こういう場合は、遅くなったなどと事実だけを言うのではなく、遅くなってごめんなさいと、きちんと謝罪しなければいけないんですよ? こんなこと、十六の学園生に言うのも馬鹿馬鹿しいですが」
「う……」
「それから、もし待ち合わせに遅刻するなら、それがわかった時点で相手に伝えるべきだと思います。
まあ私は誰かに伝言を頼めるような相手ではありませんけどね」
なんせ必要事項を伝えるだけでも嫌がられるくらいだからね。
ルイスに対して怒っているわけではないが、遅刻は信用を損なう行為だ。待ち合わせ相手が私でなくとも、今後はないように釘はしっかり刺しておく。
ルイスはバツが悪そうな顔をすると、軽く頭を下げた。
「……遅くなって悪かった」
「あらあら、今日は素直ですね。わかりました。謝罪を受け入れましょう。ちなみに、遅れた理由は?」
「女子数人に囲まれ、しつこくて身動きが取れなかった。一緒にいたやつらは事情を知ってて犠牲になってくれたから先に抜け出した」
「ふふ、相変わらずモテモテだこと。みなさん家名と外見に騙されてません?」
「はあ!? 君も大概人のこと言えないだろうが!」
「私は普通ですが?」
「どこがだ!普通の令嬢はバレッタを真っ二つにはしないし、こんなにふてぶてしくない!」
まあ確かに、蝶よ花よと育てられた深層のご令嬢が私の立場に置かれたならば、己を取り囲む学園の雰囲気に一週間で音を上げるだろう。
ふてぶてしいとは、なかなかに的確な表現だ。
ルイスは続ける。
「それから君よりもっと愛想もいいし、媚びも売る! 己を着飾ることに邁進し、口を開けば己の身に付けるドレスかアクセサリーか家の自慢だ! 君の行動を逐一見ては批判し、ありもしない醜聞をでっちあげては俺に告げに来る! わざと目の前でハンカチを落とし、拾ってやればその手を掴むし腕を絡めてくる! いい加減にしろ! そんな小細工せずにアダム相互反発性理論の一つでも議論しに来い!」
「……えっと……お疲れ様です?」
なにやら相当ストレスが溜まっているらしい。
いつの間にか私への悪口ではなく、自身にすり寄るご令嬢たちの愚痴に取って代わっている。
きっとついさっきもそんな感じで足止めを食らっていたのだろう。
……好意を持っていない相手からの過度な接触は、精神をすり減らすだけだからなぁ。私も大いに覚えがある。
すべての令嬢がルイスの言う通りではないが、彼とお近づきになりたい令嬢はみんな肉食系女子のようだ。なるほどルイスとは合わなそうだ。
そしてもう一つ、引っかかるものがあった。
「私の醜聞、でっち上げられてるんですか……」
「ああ。お行儀のいいご令嬢方は『噂で聞いた』とだけ言っているがな。出所を聞いても曖昧にしか答えないし、証拠なんぞ持ってきたためしもない。その度に注意するが、自分は聞いただけだとはぐらかされて終わりだ。そんな法螺を吹く暇があるなら、二と十三ヶ条独立方程式でも解いてろ!」
「ご迷惑をおかけします……」
「君が謝る必要なんて何一つない!」
ばっさりと強い口調で断言されるが、そこには私への信頼と気遣いが込められていて、心がほんわかする。
自分の代わりに怒ってくれるって、嬉しいものだな。
私など放っておいた方がルイスも煩わしいことにならないで済むのに、むしろずっと気にかけてくれている。
潔癖なところがあるからな、ルイスは。気に食わない昔馴染みであっても孤立しているのを放ってはおけないのだろう。それが、今の私には申し訳なくもありがたい。
ちなみにアダム相互反発性理論も、二と十三ヶ条独立方程式も、去年の数学の学会で発表された、この世界独自の計算式だ。それらを出してくるあたり、理系が得意なルイスらしい。
悪意を持った誰かに醜聞をでっち上げられてると聞いて悲しくないわけではないが、もう今更だ。一つ一つ潰していったところでイタチごっこだし、その労力があるなら勉強に当てたい。
直接危害を加えられることがない限りは放置して、私自身は品行方正でいれば、来年か再来年にはいい加減下火になっているだろう。全てに目くじら立ててもストレスが溜まるだけだ。
さて。そんなことよりも今は、ルイスに感謝の言葉を伝えなきゃね。
「……私、気付いたんです。
この学園であなたは、あなただけは、兄たちのことを持ち出して私を蔑んだことないですよね。
友人ができないことをからかっても、私が彼らと同じ過ちを犯すことはないと確信しているみたいに」
「みたい、じゃない。実際そうだろう。何年付き合いがあると思ってるんだ。
トーマスはトーマス、君は君で違う人間だ。個人の罪はその個人が負うべきであって、君たち家族じゃない。
ましてやクソ真面目で男など平気でコケにする君が、奴らと同じ色欲魔な訳があるか」
「……そう、ですね。あなたは、ちゃんと私を見てくれてますよね。そしてその上で私を嫌ってる」
「………………は?」
ルイスとは口喧嘩はするけど、全然嫌じゃない。むしろ楽しいし、学園の中では気を張らずにいられる貴重な相手だ。
ということは、だ。
ずっと私の中のルイスは「元婚約者の面倒な弟で腐れ縁」という印象だったけど、今はもっと違うものと認識しているみたいだ。
そう、たとえば「喧嘩友達」とか「悪友」とか?反りは合わないけど、信頼し合ってるみたいな。あ、「ライバル」とも言えるのか。学年主席を競い合ってるからね!
「だから私も安心して、言いたいことを言えるんです」
「……き、ら?」
がく――と効果音がつくかのように、ルイスが地面に膝と手をついた。現代日本で一昔前に流行った、orzと同じ姿勢だ。




