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10/14

5 勘違いをしていたようです。(1)


 バレッタの件から一週間が経ったが、あれ以降クランツのアホ先輩はめっきり姿を見せなくなったので清々している。


 ちなみにアードルフの事情聴取の後でルイスと教室に帰る際、話の流れでアホ先輩以外の言い寄ってくる二人の先輩の名前も無理やり言わされた。ルイスは「ふーん?」と興味なさそうな声を出していたが、ものすごく悪い笑みを浮かべていた。アホ先輩ほどしつこくはないからそこまで警戒しなくてもいいんだけどね。

 だが他の絡んできていた先輩2人も、噂のせいかここ最近はめっきり会わないから、かなりストレスフリーな生活を送れている。


 反対にメイヤー男爵令嬢とホフマン男爵令嬢は、教室が一緒なので嫌でも毎日会っている。二人はしょっちゅう視界の隅でもじもじと言いたいことがありそうな雰囲気でこちらを見てくる。格上の相手から絶縁宣言をされているので自分たちからは話しかけられず、私から声を掛けられるのを待っているのだ。

 だが私は彼女たちと視線が合ってもすぐ逸らすので、その度に二人共がっくりしている。よっぽど実家でお灸を据えられたのかもしれない。もしくはなんとか弁解して交流できるようにしろと命令されたか。

 ――生憎と立場上、一度言ったことは簡単には覆せないんだよねー。でも先にそっちが喧嘩売ってきたんだから当然の報いだよねー。……なんて、私も性格悪いな。


 わざと聞こえるように言っていた私の悪口は、この一件を機にぴたりと止んだ。きっと彼女たちから他の令嬢たちに事の詳細を聞いて、自分の家も小麦を買えなくなったら困るとでも思ったのかもしれない。ふはは、第一次産業の強みよ。

 まあ入学当初よりさらに遠巻きにされた気がするが、雑音がなくなってむしろ快適だ。




 それから、結局バレッタは領地の実家から送ってもらうことにした。

 貴族間の問題が出てしまったので、領地にいる両親に今回のことの次第を、ごめんなさいの嵐と共に手紙に書いて送ったら、大層心配させてしまったらしい。そしてクランツ子爵家、メイヤー男爵家、ホフマン男爵家にはどう報復してやろうかフフフと、お人よしの両親らしくない腹黒いことが手紙に書いてあった。一応、過激なことは止めてほしい旨の返事を書いたけど。


 両親からの手紙の最後に、母から「家に使っていないバレッタがあったはずなので近々送りますね」という言葉が添えられていたので、甘えることにした。この一件で新しいバレッタを買う気が失せていたので渡りに船だ。

 領地から王都は馬車で五日と遠いので、手紙だけならまだしも物となると実際に届くのはまだ数日かかりそうだ。一緒にいろいろ送ってくれるつもりのようだし。それまではリボン生活だ。面倒くさい。




 そもそも、なぜ私がバレッタにこだわるのか。それはただ単に一番簡単で時間がかからない上に崩れにくいからだ。

 前世はズボラな性格だったこともあり、子どものころからほぼずっとショートカットだった。短めに切って、肩ぐらいまで伸びて邪魔になったらまた切るを繰り返していた。

 しかしこの国では女性のショートカットはイコール修道女だ。その上未婚の女性は髪の美しさと長さはステータスになる。だから面倒だが髪は腰まで伸ばしているし、毎日手入れは欠かさない。

 でも、垂らしたままでは邪魔なのだ。特に勉強で机に向かっていると、バサバサと落ちてきて「キィーー!」となるのだ。

 前世では当たり前にあった髪ゴムはこの世界にはないし、この無駄に直毛な髪をまとめるにはリボンでは力不足で、そのうちするすると落ちてきて解けてしまう。

 その点、バレッタは簡単だし早くできるうえに、がっしりと髪を挟んでくれるので最高なのだ。髪をまとめてくるくるっと回しながら持ち上げ、バレッタで挟めば完成だ。慣れれば一分もかからない。

 それが楽で、実家でも人と会う予定がない日は自分でやっていたくらいだ。侍女のみんなは「普段からもっと貴族令嬢に合った装いをしてください」と渋い顔をしていたけど。

 その分、お茶会などに行く日や婚約先だったアンカー家への訪問の日は、ピンやら簪やらをふんだんに使って凝りに凝った髪型にしてくれていた。懐かしいな……髪のセットだけで一時間以上かかるから、肩も凝ったんだよな……。


 母がどんなものを送ってくれるか楽しみにしつつ、しばらくはリボンでグルグルぎゅうぎゅうに縛るとするか。




 試験が来週に迫った休前日の朝、寮から学園の園舎への道を歩いていると、ルイスが横に並んできた。


「……おはようございます?」

「ああ」


 珍しい。

 私は朝から悪意の籠った視線を受けたくないと、いつも人通りが少ない早めの時間帯に登園している。 一方で、ルイスは通常の時間に取り巻きたちと来ているはずだ。


「どうしました? こんな朝早くに」

「……ほ、放課後、時間はあるか」

「ええ。ご存じの通り仲良くする相手もおらず、勉強するか勉強するか勉強するかですからね」

「君のその自虐はもはや楽しんでないか」

「まあ、開き直らないとやってられないので」

「自暴自棄にはなるなよ。それこそ馬鹿共の思う壺だ」

「言われなくともわかってますよー」


 入学してもう2ヶ月になるが、私には未だに友人と呼べる人がいない。

 むしろバレッタの件が背びれと尾びれをつけた噂になり、更なる危険人物と認定される始末だ。

 生徒どころか教師でさえ、私が質問しに行くと嫌がる人もいるくらいだ。

 人の噂もなんとやら、入学当初は兄たちとは違うことを日々の生活の中で証明していけば、私自身を見てくれる人もいるかと思っていた。でも、さすがに衆人環境の中でガラス玉を粉々に踏み潰し、素手でバレッタを折ったら頭のイカれた奴だと思われても仕方ないのかもしれない。


 余談だが、私は女性の中では腕力も握力もかなり強い方だ。それもあり、ゲームでは剣術の稽古でひ弱な兄を打ち負かすことができたのだと思う。

 そういえばガラス玉の破片は後で片付けようと思っていたのに、戻った時にはすでに綺麗になっていた。誰か知らないけどありがとう。


 反対にバレッタの一件以来、ルイスとは話すことが増えた。

 ルイスとはちょっとした口喧嘩はするが、授業で聞き漏らしたところを尋ねれば教えてくれるし、難しい問題へのアプローチの仕方を議論することもある。すると自然とルイスの取り巻きたちとも話すようになり、最近はとても有意義な時間を過ごせるようになった。

 以前はそれさえできず、何かあると教授たちに聞きに行っていたが、忙しい彼らに「また君か……」という顔をされるのも心苦しかったのだ。

 ルイスは頭がいいし、取り巻き――いや、この言い方をするとルイスに嫌がられるので友人と言うことにしよう――も多くて学園内の情報に詳しいので、彼ら経由で色々と知ることができて助かっている。今まで私はあまりにも情報弱者すぎた。




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