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1 ゲーム本編は終了しました。(1)



 私が次期女伯爵になることに決まったので、一から婚約者を探し始めなければならないが、前途多難である。

 何を言っているのかわからないと思うので、順を追って説明しよう。少々過激な部分もあるので、覚悟を持って聞いていただきたい。


 私はいわゆる転生者である。現代日本で女性として生活していて病死した記憶がある。そしてこの世界のグリュンブト王国のフリーチェ伯爵家に生を受けた。名前はブリギッタ。よろしく。

 前世を思い出したのは落馬が原因である。言っておくが私が落馬したのではない。当時十歳の兄の落馬である。

 穏やかな馬に乗り、周囲に馬術の教師も護衛の兵士もいた中で調子に乗った兄が手を離して立ち上がり「オレ、こんなこともできるんだぞー!」と騒いだ結果が落馬。自業自得過ぎて笑える。

 しかも打たれ弱い兄は、軽い打撲で済んだくせに「痛い!怖い!もう馬になんか乗らない!」とやさぐれて乗馬の練習をやめてしまった。

 一緒に練習をしていた七歳の私はこの一部始終を見ていて「なんて馬鹿で軟弱なんだろう……だから将来あんな顔だけ野郎になるんだな…………あ」という具合に前世の記憶と、ついでにこの世界が乙女ゲームと酷似していることに気づいたのだ。


 その酷似している乙女ゲームは「真・エターナルラブ~生徒との禁断の恋~」というもので、題名から察せられるように、ヒロインは教師で、攻略対象は全員生徒である。

 だが教師、とは言っても仮契約のもので、いわば教師の卵……教育実習生のような扱いだ。だからヒロインはあちこちのクラスの授業を見学したり参加したりして色んな生徒と交流し、各学年にいる攻略対象たちと関わっていくことになる。


 舞台はグリュンブト王国の首都リンデンの西の端にある、ボーグン上級学園。十五歳からの三年間を王侯貴族の子女と、試験により選抜された少数の平民が通う学校だ。もともとヒロインは男爵家の出身でこの学園の卒園生だが、父が事業に失敗し借金返済のために自身も働かなくてはならず、伝手を辿ってこの学園に教師になるために来たという設定だったはずだ。


 我が兄であるトーマス・フリーチェ伯爵令息は、授業を抜け出して葉巻を吸っていたところをヒロインに見つかり、物語がスタートする。

 実はその葉巻は吸うと快感と陶酔感が広がり、身体が弛緩するという中毒性の高い薬物だった。しかもトーマスの実家である伯爵家の領地の一部地域で自生している葉が原料であり、近年王都では若者の間で広がり問題になっているものだった。

 ヒロインはトーマスを説得し伯爵家にその葉巻を生産するのをやめさせようと奮闘するが、黒幕の悪徳商人に捕らわれ奴隷として売られそうになる。

 そこに改心したトーマスがヒロインを助け、伯爵家の悪事を告発、伯爵家当主とその妻――父と母だ――は処刑、伯爵家は取り潰し、ヒロインとトーマスの二人は平民として結婚し慎ましく暮らす、というのがハッピーエンドのストーリーだ。


 ちなみに、トーマスがグレた理由のきっかけは、嫡男は自分であるにも関わらず、妹の方が何をやっても優秀なため。乗馬や剣術でも一度も勝てないことに心折れてしまったという設定だ。

 ここで察していただけただろうか。乙女ゲームのトーマスルートでは、妹である私ブリギッタ・フリーチェは、この「トーマスがグレたきっかけ」の部分でしか登場しない。イラストどころか名前さえ出てこないモブなのである。

 しかも伯爵家取り潰し後はどうなったか全く描かれていないのだ。まあ、没落した貴族令嬢の行く末など碌なものではないことは目に見えているが。


 さて、前世やら乙女ゲームやらを思い出した私がすることはたくさんあった。

 まずはゲーム本編で詳しく書かれていた葉巻の原料となる葉について、自生する地域の隔離と、栽培から生成、出荷に至るまでを徹底的に管理すること。これは生成の仕方を変えると麻酔薬となり、医療現場で重宝されることになるというのは本編後のおまけストーリーで書かれていたので、初めからその通りにした。

 そして本編では父母をそそのかして葉巻を作らせ、その販売ルートを独占して大儲けをしていた悪徳商人を実際に探し出し、すでに人身売買など多くの犯罪行為をしていたそいつを牢屋にぶち込んだ。かなりの苦役を課され、向こう三十年は出てこられないらしい。

 そして私自身は剣術は習わず護身術だけを習うことにし、勉学ではこっそり手を抜いて兄に劣等感を抱かせないようにした。


 これらすべてを兄がボーグン上級学園に入学するまでの五年間でやり遂げた。大変だった。でも私はやったのだ。

 いくら娘とはいえ年端も行かない子どもの言うことを真に受けて名義を貸してくれたり権力を使ってくれた父母には感謝している……が、そんなんだから本編では悪徳商人のいいようにされてしまうのだと思った。なんとか処刑やら取り潰しやらの未来の芽は摘んだとは言っても、今後も父母が騙されないように私が目を光らせておかなければならないだろう。


 兄は攻略対象者だけあって、容姿はすこぶる良く成長した。金髪のサラサラストレートに、サンゴ礁の海を思わせる碧い瞳。ちょっとやんちゃそうな、でも著しく整った顔のパーツ。大して鍛錬していないくせに女性受けするような細マッチョ。

 実際、領地の町娘やら遠縁の令嬢やら未亡人やらといったあちこちの女性たちから秋波を送られているようだ。だが「まだ一人に縛られたくない」などとほざいており、婚約はしていない。本編でも女性経験は豊富だが、婚約者はいない設定だった。

 我が兄ながらとんだクズだ。父母は兄を甘やかしすぎだと思う。だが私が注進しても、調子に乗りやすいくせに繊細な兄には悪手にしかならないので、鬱々としたジレンマを抱えていた。


 もし兄が学園でヒロインと懇意になっても、本編のような伯爵家の取り潰しや父母が処刑されるような事態にならない限りは応援するつもりだった。

 だが先の通り兄はクズだし、わざわざこんなのを選ばなくとも将来有望な攻略対象者たちが他に三人もいる。だからそちらの玉の輿を狙った方がいいんじゃないかとは思っていた。



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