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「第二王子殿下にご挨拶申し上げます。

 本日は時間をつくってくださいまして、誠にありがとうございます」


「いらっしゃい、フューゲル夫人。

 僕相手に堅苦しくする必要はないよ」


 王城のサロンでカーテシーをする私に、第二王子殿下気さくに声をかけた。


 あの夜会の数日後、私はヘンリックを通じ第二王子殿下に面会依頼を送った。

 そして、それはあっさりと許可され、こうしてヘンリックと一緒にサロンに招かれたのだ。


「それで?

 僕に話があるってことだったけど」


「はい。第二王子殿下に、折り入ってお願いしたいことがあるのです」


 私はにっこりと笑って、殿下の顔を真正面から見た。


「私を、バルテン王国の聖女にしていただきたいのです」


 殿下は大きく目を見開き、まず私の隣にいるヘンリックを見た。

 ヘンリックが頷くと、また私を見て、それからぱちぱちと瞬きをした。


「ええと……夫人は、この前の夜会に参加してたよね?」


「はい。殿下にもご挨拶させていただきました」


「あの時の、アレも……見てた、よね?」


「はい。最初から最後まで、しっかり目撃しましたわ」


「聖女になるって……それがどういう意味か、わかってるんだよね……?」


「もちろんでございます。

 私は、魔王様の花嫁になりたいのです」


「ええぇぇ……リック、夫人は正気なの?」


「リサはどこまでも正気ですよ」


 にこやかに応える友人兼護衛騎士に、殿下は頭を抱えた。


「口で説明するだけではご納得いただけないと思いますので、こういったものをお持ちしました」


 私はテーブルの上に、私の小説を並べた。


「ああ、これの歌劇をハイデマリーと観に行ったことがあるよ。

 竜が人間に変身したりして、独創的で面白かったね」


 殿下が指さしたのは、重版がかかり歌劇にもなった私の代表作の一つだった。


「まぁ! 光栄ですわ!

 殿下に私の作品を褒めていただくなんて」


「……ん? 今、私の作品って言った?」


 首を傾げた殿下に、私は笑顔で応えた。


「はい。これは全て、私が書いた小説です。

 このユカリ・シキブというのは、私のペンネームなのです」


「ええぇ⁉ リック、本当なの⁉」


「剣に誓って、真実です」


「うわぁ~……嘘ぉ……」


 殿下は本を手に取り、パラパラとページを捲った。


「その作品は、狼の獣人が主人公の恋人になるんです」


「狼の獣人……あった、この挿絵に描かれている、これだね。

 狼の耳と尻尾がある人間って感じなのかな」


「そうです。狼の特性も兼ね備えた人間だと思っていただければいいかと」


「それはまた、独創的だねぇ」


 獣人が登場する小説や漫画は前世ではたくさんあり、私はそういったファンタジーな設定の小説が好きで暇さえあれば読み漁っていた。

 その時の記憶が、今の私の創作の種になっている。


 そんな私の作品が、バルテン王国で広く受け入れられたのは幸いだった。


「殿下にこのような話をするのは、不敬にあたるのかもしれませんが……

 私の作品は、つまるところは私の性癖を文字にしたようなものなのです」


「せいへき」


「なにが言いたいかといいますと……私はこの作品に出てくるような獣人だったり、人間に変身した竜だったり……なんといいますか、そういった意味で普通ではない男性が好みなのです」


「そ、そうなんだね」

 

「それで……私、あの夜会で……魔王様に恋をしてしまったのです」


 赤らめた頬に手をあて恥じらう私を殿下は化け物を見るような目で見て、私の隣のヘンリックが頷いて見せると額を片手で覆って天を仰いだ。


「夫人……僕の頭では、理解が追いつかないよ……」


 殿下は、私たちがもうすぐ円満離婚をして、ヘンリックとマリアンネが結婚する予定であることを理解し受け入れてくれている。

 柔軟な考えができる方のはずだが、それでも私が魔王に恋をしたというのは信じ難いようだ。


「……本気で、魔王の花嫁になりたいと思ってるの?」


「魔王様は、その気になればあの場にいた全員を殺すことができたはず。

 それなのに、立ち向かった騎士たちは気絶させるられただけで、ほとんど無傷だったと聞いております。

 きっとお優しい方なのだと思います」


「う~ん、そうかな……」


「見た目は怖いけど、実は優しいっていうギャップがツボなのです。

 それに、とてもお強いですし、大きくてきれいな翼もあって……控え目に言って最高ではありませんか!」


「夫人は、ツボも独創的なんだね……」


「だからこそ、こういった小説を書くことができるのですわ」


「まあ、そういわれたらそうかなって気もするけど……

 リック、夫人は本当に正気でこんなこと言ってるんだよね?」


「はい。妻はどこまでも正気です」


「剣に誓える?」


「もちろんです。私の首を賭けても構いませんよ」


「マジか……」


 殿下は物凄く複雑な顔をした。


「私の作品は、歌劇になるくらい評価されたものもありますが、これだけでは私が聖女の称号を得るには足りないと思います。

 なので、こういったものをお持ちしました」


 私は持参したガラス瓶をテーブルに置いた。

 中には、小さく切ってからカラカラに乾かした人参やキャベツなどが入っている。 


「これは、水魔法で水分だけを抜き取った野菜です。

 便宜的に、『乾燥食品製法』名付けました」


 つまり、フリーズドライ製法のことだ。

 凍らせていないのにこんな名前をつけたら紛らわしいので、とりあえずそれっぽい名にしたのだ。


「うん、そのようだね。

 これがなんになるの?」


 私は乾燥食品製法の利点を説明した。


 まず、軽くて場所を取らない保存食を作ることができる。

 これにより、兵糧や緊急時のために保管されている食料の種類や量を増やすことができる。

 水分だけを抜くため、栄養素はほとんど損なわれることはない。

 予め調味料も混ぜておけば、お湯を注ぐだけで栄養豊富な具だくさんスープとなるのだ。

 

「なるほどねぇ、水を抜くだけで……」


 殿下はしげしげと瓶の中身を覗き込んだ。


「現状、バルテン王国は食料に困ってはおりませんし、これで今すぐ人命が助かるというようなものでもありません。

 ですが、便利な技術であるというのは間違いないと思うのです。

 小説家としての実績に加え、この技術をお伝えすることで、聖女という称号に足りるかどうか検討をしてみていただけないでしょうか」


 水属性の魔法が使えるひとなら、食品から水を抜くのはコツさえ掴めば難しくはない。

 そのうちどこかの商会に製法を売って、使用料を支払ってもらうことにしようと思っていたのだが、面倒だからと先延ばしにしておいてよかった。


 殿下はガシガシと紺色の頭を掻いた。


「即答はできない。

 父上にも相談しないといけないし、この乾燥食品製法に関しては、あれこれ実験してみないことにはなんとも言えないからね。

 でも、検討はすると約束するよ」


「ありがとうございます、殿下!」


「父上たちにも同じ説明をしてもらうことになると思うから、そのつもりでね」


「はい、もちろんです。

 心を込めて全力でプレゼンさせていただきます!」


 ぐっと拳を握った私に、殿下は苦笑した。


「リックが契約結婚するって聞いた時は、どうなることかと心配したんだよ。

 きみのような相手だから、リックは受け入れたんだとやっと納得できた」


「リサは、私にとって最高の契約結婚相手ですよ」

 

「私も、ヘンリック様と契約結婚できてとても幸運だったと思っております」 


 殿下が私の話を頭から否定するような方でなくて助かった。

 もし聖女の称号が得られなかったら、その時はその時でやりようはあるのだが、できればちゃんと聖女として認められたいと思っている。


 それからの殿下の行動は早かった。

 すぐに国王陛下に私が伝えたことを奏上し、ハイデマリー嬢も交えて乾燥食品製法の検証にとりかかったそうだ。


 その結果、私は十日後に王城に呼び出され、国王陛下を始めバルテン王国の首脳陣の前で私がユカリ・シキブであることと、聖女になりたい理由をプレゼンした。

 

 その際、ヘンリックとは三年で円満離婚することを前提とした契約結婚であることも正直に明かした。

 そうした理由として、生家であるキルステン伯爵家で冷遇されていたからとこれまた正直に言うと、全員が気の毒そうな顔をした。

 

 現在の生家がどのような状況かは知らないが、これでもっと立場が悪くなることは確定だ。

 私はこうして、母と弟だけでなく父にも見事にざまぁをかましたのだ。


 ヘンリックが薔薇色の髪の女の子を探しているのは一部では有名な話だったようで、私を通じて偶然出会えたことを皆が喜び、全員がマリアンネとの再婚を祝福してくれた。

 それだけヘンリックの働きぶりが評価されているということだ。


 これで、マリアンネ後ろ指をさされたりすることはないだろう。


 魔王の花嫁となった後の私の身を案ずる声もあったが、魔王はほとんど誰も傷つけることはなく、あれだけの威圧感を放ちながらも殺気も皆無だったことから、おそらく私に酷いことはしないだろうという結論になった。

 

 実際問題として、あんな強大な力を持つ存在を野放しにはできない。

 バルテン王国側からしたら、安全装置としての花嫁をなんとしてでもこちらから押し付けたいくらいなのだ。

 自ら進んで魔王の花嫁になりたがる女性がいるなら、反対する理由などないということで、それから数日後に私は正式に聖女の称号を授与されることとなった。


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