第247話 二人もいりゃ充分だろ
「あ~あ、面倒くさ」
妻から事の経緯を聞いた俺。
そんな俺の口から最初に漏れ出た言葉は、いつもの口癖だった。
――俺は今、ちょっと前までアル王子がいた王城の一室にいる。
部屋の雰囲気は如何にも事件現場って感じ。
窓ガラスが粉々に割られ、壁には大きな穴が開いている。なんでもエステルが吹っ飛ばされて、壁を突き破ったんだと。
あのエステルを子供扱いしたってんだから、アル王子を攫った奴はまあまあデキるのかもな。
「ま、いっか。どっちにしても叩っ斬るつもりだったし」
ぶっちゃけ、名指しとか怠い。
レティシアに危害がなかったんなら、なにがどうなろうと知ったこっちゃない。
正直、スルーできるならスルーしたいわ~。ホントマジで。
でも……妻が悲しむ顔は見たくないじゃん?
それにレティシアを困らせておいて、はいそうですかと済ませる気にもなれん。
いいだろう。売られた喧嘩なら買ってやる。
自殺志願者の期待に応えてやるのも、情けってヤツだろう。
さっさと行って終わらせよ、と俺は腰に刺した剣に手を置き、踵を返す。
「で……アルベール国王」
部屋から出る前に、俺は彼の名を呼ぶ。
俺のすぐ傍には、やや険しい表情をしながら部屋の惨状を眺めるアルベール国王の姿。
どうもアルベール国王にとっても、この事態は流石に予想外だったらしい。
「アル王子を攫った誘拐犯ってのは、エステルがぶっ飛ばした奴の仲間と見ていいんすよね」
「……レティシアちゃんの話を聞く限り、たぶんね」
「知ってるんでしょ? ならさっさと教えてくださいよ、その阿呆がどこにいるのか」
「ちょっと待ちなさいな、アルバンちゃん」
アルベール国王はやや低い声でそう言って、俺を引き留めようとする。
「確かに、遅かれ早かれノワールの塒には突入するつもりだったけどね……。でも昨日の今日どころか、今日の今日でこんなことが起こるなんて、流石のアタシも想定外」
眉間を指で押さえ、ため息交じりに言うアルベール国王。
「ああもうっ、こんなことになるとわかっていれば、もっと早く手練れの騎士を揃えておいたのに……!」
「必要ないっすよ」
「え――?」
「必要ないっす。どうせ連れてっても、無駄に死体が増えるだけですし」
アル王子を連れ去った奴は音もなく王城に忍び込み、警護の騎士を殺して、エステルさえも軽々と吹っ飛ばした――。
そんじょそこらの騎士程度じゃ、たぶん戦う前に死体に成り果てるのがオチだろ。
ならむしろ、連れていかないほうがマシ。
邪魔になるだけだし。
そんなことを思う俺に、レティシアが歩み寄ってくる。
「アルバン、私も一緒に――!」
「ダメだ」
「で、でも……!」
「レティシアは来ちゃダメだ。こればっかりは許さん」
俺はできるだけ冷たくない声色で、妻を突き放す。
レティシアの魔法は確かに頼もしい。
彼女がいてくれれば、大きな戦力になるのは間違いない。
だがそれ以上にリスクが大きすぎる。
塒とやらに虫ケラが何匹いようと問題じゃないが、アンブローズとかいう奴だけは危険かもしれん。
なんとなく、そんな予感がする。
アル王子を連れ去った時は伝言役としてレティシアを見逃してくれたようだが、また見逃すとは到底思えない。
俺は、妻を危険に晒すことなどできない。
「すぐ帰って来るからさ、レティシアは温かい紅茶を入れて待っていてくれ」
「……うん」
「本当に一人で乗り込もうってのね、アルバンちゃん」
感嘆したというか、半ば呆れたような口ぶりでそう言ってくるアルベール国王。
俺は「いや~」と返し、
「別に一人でもいいんですけど――やる気がある奴ならもう一人いますし」
そう答えて、俺はフッと笑う。
「二人もいりゃ充分だろ。なあエステル」
「ったりめぇよ――でしてよ」
品性の欠片もなく大きく足を開いて床に座り、ガラの悪さを隠そうともせず壁にもたれかかっていたグルグルの金髪縦ロールが、ゆっくりと立ち上がる。
「こちとら、花も恥じらう浪速のお嬢様ですから……? 〝上等〟コカされたまんまじゃ、下がるに下がれねぇンですわ」
エステルの全身には闘志がみなぎり、その佇まいは気迫に満ちている。
……俺は普段、いつどこでどんな虫ケラが襲い掛かってきたとしても、レティシアが対象でないなら気にしないし構わないと思ってる。
だって俺、強いし。絶対に勝つし。
ただ、今のエステルを見てると思う。
ああ……コイツとはちょっと喧嘩したくないかも――って。
「はぁ……。そこまで言うならもう止めないけど、ちゃんとアル王子は連れ帰って頂戴ね」
アルベール国王はそう言って、アル王子が連れ攫われたであろう塒の場所を俺たちに教えてくれる。
それを聞いた俺とエステルは――
「いきましょう、オードラン男爵。アル王子が待っていましてよ」
「おう」
「――このエステル・アップルバリの〝特攻〟……とくとご覧遊ばせ」
▲ ▲ ▲
「で……でかしたッ、アンブローズッ!」
首輪で身体を引かれるアル王子の姿を見たノワールは、途端に歓喜の声を上げる。
「役立たずのビギーは失敗したというのに、流石は俺の執事……! い、いや待て、まさか偽物であったりはすまいな……!?」
「ご安心くださいませ、正真正銘アル・マッラ王子殿下でございます」
アンブローズはクスッと笑い、リッチャの方へと視線を流す。
「それに……この少年が本物であるか否かは、リッチャ殿ならすぐに見分けられるはず」
「…………」
リッチャは首輪に繋がれたアル王子へと近付き、腰を落として彼の顔をジッと見つめる。
そんなリッチャと目が合い、顔を真っ青にしながらカタカタと震えるアル王子。
「リッチャ叔父上! 貴様……ッ!」
「……間違いない、本物のアル王子だ」
リッチャはすぐに確信を持った。
顔立ち、明らかにこちらを見知った反応、そしてたった今聞いた声――。
その全てが、目の前の少年をアル王子足らしめていた。
「フッ、壮健なようで安心したぞ我が甥よ」
「許さんぞ! 貴様などに、ネワール王国はくれてやるものかッ!」
「アンブローズ殿、誠ご苦労であった。ノワール殿にも、先程の非礼を詫びさせて頂こう」
リッチャはすっかり機嫌がよくなっていた。
いや、それ以上に安堵していたと言うべきか。
肝心のアル王子の身柄が手元にあるのであれば、後の始末はどうとでもできる。
ヴァルランド王国との国交断絶は免れないだろうが、自分自身がネワール王国の次期国王となるのはもはや確実。
目の前に連れてこられたアル王子の姿は、リッチャにとって天からの恵み以外の何物でもなかった。
「とはいえ事情が変わったな。本当なら今すぐ殺してしまいたいところだが、我らの暗躍がヴァルランド王国に知られてしまったかもしれないとなれば――」
「生かしておいた方が好都合、でございますよね」
ですからこうしてお連れしました、と言葉を繋げるアンブローズ。
そんな彼の言葉を受け、リッチャは実に感嘆とする。
「う、うむ。貴殿はアンブローズ殿と申されたかな? ビギーとかいう男と違い、お主は実に聡明だ」
「そうだろうそうだろう! このノワール・ゲッツの自慢の部下なのだ、ワハハハハ!」
アンブローズの手柄をさも自分事のように示威するノワール。
そんなノワールを見てリッチャは小さく「チッ」と舌打ちしたが、話がこじれるのが面倒なのでそれ以上はなにも言わないでおいた。
「それにしてもなぁアンブローズ、一体どうやってアル王子を誘拐したのだ? さぞ苦労しただろう。ん?」
「いえいえ、それほどでも。まあ……ここにお連れするまで、少々タイミングは見計らわねばなりませんでしたが」
「……? タイミング?」
不思議そうにノワールが聞き返す。
だが――その刹那だった。
〝ドーンッ!!!〟という轟音が鳴り響き、豪邸の地下室を大きく揺さぶる。
それはまるで、巨大な怪物が大地を踏み付けて地割れを起こしたかのような――そんな〝力〟を感じる衝撃だった。
そして――次の瞬間。
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