第202話 コルシカ VS ジャック①
――シャノアがアルバンたちの下へ駆け付けることになる、およそ一時間前。
場所は、ビクトールが屋上から落下した場所。
薄暗い曇り空の下、イヴァンが彼の死体を見つけた場所には、追悼の意を示す花束が幾つも置かれていた。
その中に、新たに花を添える一人の女子生徒の姿。
「……」
花を添えたのは、コルシカだった。
コルシカは目を瞑って地面に膝を突き、胸の前で両手の指を組んで、祈りを捧げる。
死者にせめてもの安らぎあれ、と。
――が、
「さあ! お祈りは終わりました! 今日も〝王位〟目指して、ダンスレッスンと参りましょうッ!」
すぐにパッと目を開いていつもの調子に戻り、立ち上がってその場を後にする。
コルシカは正直に言って、〝王位決定戦〟が続けられて「よかった!」と思っていた。
心の底から安堵し、容認してくれたローエンに深く感謝しているほどだった。
しかし――あまり無邪気に喜ぶのは、ビクトールの死を無視するような真似になってしまうかもしれない……とも思っていた。
それはよくないし、それは嫌だ、と。
コルシカは自他共に認めるアイドルであるが、同時にしっかりと〝職業騎士〟の誉も備えている。
〝職業騎士〟は率先して戦場に立つ者たちであり、故に死が身近な者たち。
だから志半ばで散った者を、決して無下に扱わない。
ビクトールはEクラスの〝王〟候補であり、ひいてはコルシカと一年の〝王位〟を奪い合う好敵手になるはずだった。
つまりコルシカにとって、ビクトールも自分と同じアイドル。
ならば敵味方の関係なれど、目指すモノは同じ。
それ即ち志を同じくする者として、コルシカはビクトールの死を同胞の死と感じていたのである。
だからコルシカはビクトールを悼むことを忘れまいとし、「あなたの仇は私が取ってあげますからね、我が好敵手よッ!」と胸の内で闘志を燃やしていた。
コルシカは頭こそあまりよくなかったが、心は潔白そのもの。
この愚直なまでの精神性こそ彼女のアイドルとしての魅力であり、一年Cクラスの面々が〝アイドルヲタク〟となって彼女に付いていこうとする理由であった。
ビクトールへの献花を追えたコルシカは、ダンスレッスン……という名の槍術の鍛錬に向かおうとする。
――しかし、
「――おやおや?」
外廊下の中を歩いていた彼女は――はたと気付く。
自分の進行方向の先……まるで自分の行方を遮るかのように、一人の男子生徒が佇んでいることに。
「…………鬱だ」
――ボサボサの黒髪を長く伸ばし、目の下に大きなクマを作った、色白の男子。
顔立ちは比較的端正。けれど血色が悪く、そんな顔を隠すように前髪を伸ばしている。
猫背で常にブツブツとなにかを呟いていることも相まって、とても印象が悪い。
だがコルシカにとって、そんな見た目などはどうでもよかった。
彼女は見た目で人を判断するという行為をしない――というか、できない質だった。
それだけ純朴な性格であったのだ。
「やや、あなたは! Eクラスのジャック・ムルシエラゴさんッ! ビクトールさん亡き今、私の好敵手になるやもしれぬお方ではありませんかッ!」
コルシカはジャックのことを知っている。
そもそもコルシカは、当初からEクラスの〝王〟はジャックかビクトールのいずれかになるだろうと踏んでいたから。
――コルシカは、ジャックという人物には〝なにかある〟と直感的に感じ取っていた。
「……」
ジャックはフラフラとよろけながら、コルシカへと近付いてくる。
そして手が触れられる距離――よりもさらに近付き、ほとんどゼロ距離になって、コルシカの首元の匂いをスンスンと嗅いだ。
「ふ、ふぇ!? な、ななななんですか!? アイドルにお触りは御法度ですよッ!」
流石のコルシカも、この行動にはドン引き。
反射的にバッとジャックから距離を取る。
「……いい匂い…………でも……違う……」
コルシカの匂いを嗅いだジャックは――どこかがっかりしたような表情を見せた。
「お前は違う……お前じゃない……。鬱鬱する……やっぱり……彼女でないと……」
「……??? あ、あの~……?」
明らかに情緒不安定な様子を見せるジャックが、少し心配になってくるコルシカ。
だがそんな彼女に対し、
「……〝王〟」
「へ?」
「僕が……〝王〟になった……Eクラスの……。だからお前に……決闘を申し込む……」
――ジャックの口から出た言葉は、意外なモノだった。
少なくともコルシカにはそう感じられた。
彼女は驚いてしばし目を丸くしたが、それも束の間――
「な、なるほど! つまり〝王位〟の座を賭けて、Cクラス〝王〟である私と戦いたいということですねッ!?」
ビシッとポーズを決めて、ジャックの挑戦を受けることを即決する。
「であらば、その決闘受けて立ちます! さっそく先生に『決闘場』使用の申請を――」
「……いらない」
「――え?」
「死傷避けなんて……いらない……。誰かに見られる必要も……ない……。僕とお前……二人いればいい……」
「い、いや、しかしですね……」
「……怖いの?」
そう言って――ジャックは初めて、笑う。
ずっと陰鬱そうにしていた表情が、歪に吊り上がる。
「鬱だなぁ……Cクラスの〝王〟が……そんな臆病者だったなんて……」
「――!」
明らかにバカにした言い方。
明らかに神経を逆撫でする言い回し。
そしてなにより――臆病者という一言。
その一言は、コルシカにとって聞き捨てならない言葉だった。
いや、彼女でなくとも、〝職業騎士〟の誉を持って生きる者であれば誰しもが許容できなかっただろう。
勇猛果敢を是とし、己が命よりも槍働きを重んずる〝職業騎士〟にとっては。
ジャックはたった一言で、コルシカの尊厳を明確に傷付けたのだ。
温厚なコルシカも、初めて☆の瞳に怒りが宿る。
「い……いいでしょう! そこまで言われてしまっては、私も退けませんッ!」
売り言葉に買い言葉。
臆病者ではアイドルは務まらない。
この戦いはなんとしても勝たねばと――コルシカの闘志に火が付いた。
「あなたの言う通り、誰にも見えない場所で――二人きりで決闘をしてあげようではありませんかッ!」
アイドルにセクハラはNG(´·ω·`)
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