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天道寺天真の陰陽終末戦線  作者: くろえ
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第8話 帰宅

 電車に揺られること一五分、天真と凛音は天道寺家へと戻ってきた。


「きっと母さんに叱られるな」


 二日も家を空けていたことで、両親はきっと心配している。そんな不安を抱えて自宅の敷居を跨いだ天真だったが、数日前と変わらぬ日常がそこにはあった。


「あら天真、おかえり」


 母の夜白(やしろ)が爽やかに朝の挨拶をしてきた。卓袱台には朝食が並べられ、本当に何事も無かったかのように、トーストの焼きあがる音がキッチンから聴こえてきた。


「おかえり天真くん、思ったより元気そうで良かった」


 母親の横では眼鏡を掛けた父・冬彦が、コーヒーカップを片手に出迎えてくれた。


「一応聞くが、俺は本当に戦ったよな? 夢だったならそれでもいいのだが」

「さてどうじゃろうな。夜白、とりあえず茶くれ。玉露の」


 敷かれた座布団に腰を下ろした凛音は、我が家さながら食卓についた。


「おい、説明してくれる約束だったよな。なに人の家でくつろいでいる」

「無論じゃ。だが妾も暇ではない。問い一つで真実を射抜いてみせよ」

「何で上から目線なんだ……」


 知りたい事は山ほどあった。そして天真はしばらく考えた末に、凛音に問う言葉を決めた。


「何で俺だったんだ?」

「ほう、真ではないが中々良いところを突いたな」


 凛音は茶を啜った後、静かに語りだした。


「御主は妾と契りを交わした。あの部屋に入った時にな。しかしまぁ、あれは妾が寝惚けて玄真と間違えたわけじゃが。なにせ一〇年振りに起きたからのう」

(契り……あのキスが原因か)


 天真は玄真が死んだ日、通夜式のあとで凛音に出会ったことを思い出した。


「天道寺家の古くは陰陽師の家系で、強い霊力を持つ人間が稀に生まれてくる。玄真もその一人じゃった」


 陰陽師の家系であることは天真も知っていた。親戚には神主も多くいるし、そもそも七童子市はそういった伝承が多いことでも有名である。天道寺家、四祈宮家、御門家は七童子の陰陽師御三家として知られ、平安時代においては京の都より派遣された大家だったとされていた。

だがそれはあくまで大昔の話である。


「悪いがオカルトには興味がない」

「御主もそれなりに力を持っているのじゃぞ。玄真が死して封印が弱まったとはいえ、あの襖を開くことは常人には出来ぬ。何よりその証拠にオウガを起動してみせた」

「オウガはロボットだろう?」


 そう、あれは人間が造り出した機械兵器だった。少なくとも天真にはそう見えた。

 その疑問には冬彦が答えてくれた。


「オウガは陰陽連が使役する式神なんだよ。装甲は戦闘用に後付けしたものだから、まぁロボットに見えるかもしれないね」


 式神といえば、陰陽師が呪符などの紙を媒体に使役する霊的な存在。映画や小説などで知識としては天真も知っている。つまりオウガとは、科学と陰陽道を融合させた霊装兵器。冬彦はそう説明してくれた。


「ちなみに僕も陰陽連で技術開発局に所属しているんだ。今まで隠していてゴメンよ。陰陽連はあれでも極秘組織だし、玄真さんからも口外しないように言われていたからね」


 朗らかな微笑みを残しつつも、冬彦は申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

 冬彦が天真を君付けで呼ぶのは、彼とは血が繋がっていないという理由からである。そして母の夜白も実母ではない。夜白は天真の母の妹で、つまりは叔母にあたる女性だった。しかし親子関係が悪いわけではなく、天真にとって冬彦は父であると同時に、歳の離れた良き兄のような存在で、夜白もまた叔母であり心優しい義母だった。


「まさか母さんも?」


 天真が正面に視線を向けると、母の夜白は微笑みながら頷いた。


「冬彦さんと同じ技術班に私もいるわ。まぁ、私は非常勤みたいなものだけどね」

「そうか」

「なんじゃ、あまり驚かんのじゃな」


 凛音は意外にも冷静だった天真の顔を覗き込む。鬼との戦闘時もそうだったが、天真は年齢の割に達観しすぎている。それが凛音には不可解だった。


「ロボットに乗って怪物と戦え、なんて言われた時の衝撃に比べれば別に今更だろう。それにもう終わったことだ」


 天真が零した最後の言葉に、冬彦と夜白は顔を見合せる。そして凛音が大きく溜め息を吐き漏らし、頭をガシガシと掻いた。


「天真、御主の戦いはまだ終わってはおらん」

「なんだと? まさか……」

「そう、鬼はまだおる」


 凛音の言葉を聞き、天真は眉間と口端をヒクつかせる。

 あれだけ死ぬ思いをした戦いがまだ続く。その現実は天真には受け入れ難いものだった。

 玄真の弔い合戦はもう終わり、天真にとっての戦いはあの一度切りで完結している。これ以上、彼には戦う理由がなかった。そんな状態で戦えば今度こそ本当に死ぬかもしれない。そんな予感があったからこそ、内心では焦燥と恐怖の念に駆られていた。


「だ、だが翁さんの時は一〇年前だったんだろ?」

「いいや、次は遠からず来る」


 凛音は落ち着いた口調でそう断言した。


「天真くん、街の中心にある鳥居は、鬼の侵攻を封じていた結界だったんだ」

「結界?」

「そう、だけど結界を張っていた玄真さんは亡くなられてしまった」


 鬼神不葺御門は先の戦闘で完全に機能を失い、最終防衛ラインは開け放たれた。今の陰陽連には再び鬼を防げるほど、霊力を持った陰陽師はいない。それどころか天真を除いては、オウガを起動できる者すらいなかった。陰陽師の家系、御三家とは名ばかりで、霊力を備えている人間すらいないのが現実である。


「鬼は同族である者の位置を感知し、この世界へやって来ている。だから玄真はこの天道寺家の一室にも結界を張り、妾をそこに封じていたのじゃ」

「だったら全てはお前が原因だろう」


 天真は立ち上がり、凛音を睨み付ける。


「否定はせぬが、その結界を破ったのは御主自身だということを忘れるな」

「くっ……それで京子ちゃんは俺に義務があるとか言っていたのか」


 静まり返った食卓の中、しばらくすると夜白がおもむろに口を開いた。


「嫌なら無理に戦わなくてもいいの。お母さんもあなたに危ない事はして欲しくないし」


 息子の身を案じた夜白はそう言った。

 それは心からの言葉で、今の天真にとっては救いだった。しかし同時に情けないという思いも込み上げてくる。それでも素直に受け入れるには、大きな覚悟が必要なことだった。


「夜白、甘やかすでない」


 凛音は夜白を威圧するように目を細める。それは理不尽さを押し付けられた天真にとって、許容しがたい傲慢な態度と言葉だった。


「とにかく俺はもう乗らない。戦うなら一人でやればいい」


 そのまま襖を強く開き、天真は居間を後にした。


「ふん、惰弱者が」

「少し混乱しているだけですよ。全てを受け入れるには時間が必要ですから」


 夜白はそう言いながら、凛音に優しく微笑んで見せた。


「随分と余裕があるのう。これは御主ら人類の存亡に関わる大事じゃぞ」


 バリバリと煎餅をかじり、凛音は恨めしげな視線を投げ返す。


「大丈夫です。あの子は私の息子であり、父さんの孫ですので」

「……だといいがのう」


 正直、凛音には夜白が言うほど天真に剛毅さがあるとは思えなかった。言動こそ冷静で実直だが、彼のどこか気の抜けたような態度が気に喰わなかった。

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