第6話 ロケットパンチ――、というやつだ
《陰陽エンジン出力75パーセント》
オウガの機械音声と共に、機体のアクチュエータが駆動を開始する。
《アクティヴバトルモードへ移行》
戦闘態勢に入り背部の天輪が展開する。そして口部のフェイスガードが閉じ、各関節部から青白い粒子を噴出させ、オウガが右脚を一歩前に踏み出した。
「先に言っておくが、妾は訳あって戦闘の援護はできん。天真、御主が奴を倒すのじゃ」
「簡単に言ってくれる」
「来るぞッ!」
鬼が一直線にこちらへ突っ込んできた。
電柱や民家といった建築物を薙ぎ倒し、踏み壊し、土煙を巻き上げて黒い巨体が迫る。同時に鬼を中心に景色がモノクロに変容していく。
「なんだ!? 色が……」
「何をしておる!! さっさと避けんか!!」
凛音が叫ぶ前に、天真はすでに操縦桿を握り締めた両手で機体の制御を試みていた。
繰り出された敵の鋭い爪撃を半身で避ける。
「っ!」
鬼は突撃の勢いで、そのままビルの外壁に激突して瓦礫に埋もれていた。
天真は敵の攻撃に対して反応は確かに出来ていた。しかし、回避を行うための操作をしてから機体が反応するまでのタイムラグによって、完全に避け切れず左腕の肘から先が切り裂かれ宙を舞っていた。
「腕がッ!? ちぃッ!」
《左腕喪失。戦闘力21.3パーセント低下》
破損した左腕からまるで血のような赤黒い粒子が噴出する。同時にコクピット内は激しい衝撃で揺れ、液晶パネルにはエマージェンシーウィンドウが幾重にも表示され明滅を繰り返す。
「ぐっ! なんだこれは!?」
天真の左腕に痛みが走り、光の粒子となって指先から消失していく。
《葬者、魂魄ダメージ。反痛中和制御を起動》
「うっ、うああぁ――ッ!!」
「落ち着け! 肉体そのものが消えたわけではない! 神経を研ぎ澄ませ!」
凛音の声で我に返った天真は、自身の左腕の感覚がまだ残っていることに気づいた。そして薄くぼんやりとだが、左腕はまだ操縦桿を握った状態のまま存在していた。
「あれくらい避けられんのか!」
「無茶を言うな。こいつはゲームより動きが鈍すぎるぞ」
(くそっ、どうする……どうすればいい)
天真が苦戦を強いられる中、花房山の地下では京子が陰陽連司令部へと戻っていた。
「状況は!?」
オペレーター席に座る法眼アカネの背後から、モニターを覗き込み戦況を確認する。
そこにはすでに左腕を失ったオウガと、葬者のパーソナルダメージを示すモニターがオレンジ色に染まった危険な光景が広がっていた。
「戦況は明らかに不利です。このままでは……」
「待って」
そんな絶望的な状況下で、京子はある異変に気づいた。
「霊力が上がっている? それに……この状況でバイタルが正常値だなんて」
「四祈宮君、テンマボーイは我々にフューチャーを見せてくれるやもしれんな」
司令部の中央席に座す初老の男が、たくわえた白い髭をしごきながら不敵な笑みを浮かべている。
彼こそ陰陽連の現司令官・御門権造その人だった。
「御門司令」
「彼を見ていると、玄さんがカムバックしてきたように感じるよ」
「――武器があるんだったな」
天真は脳内に転写された機体の武装を思い出し、液晶パネルを操作する。しかし手順通りに武装の展開を試みたが、返ってきたのは無慈悲な反応だった。
《使用不能。武装の解除がされていない》
「どうなっている」
「す……すまぬ。いま使える武器は無いのじゃ」
これにはさすがの天真も表情を曇らせた。
オウガは一〇年前の戦闘で一度大破しており、その修復に特別な工程を経てようやく再ロールアウトされたばかり。故に武装までは手が回っていない不完全な状態だった。
「素手で戦えってことかよ」
《スペック面では目標を凌駕している》
戦闘兵器にも関わらず今は武器がない。そんな馬鹿げた話があるかと苛立ちを覚えたが、オウガの回答では機体性能は敵よりも上だと言う。
天真は考える。生き残るために今なにをすべきなのかを――。
武器はない。だが強い。この二つの情報から導き出した彼の行動は常軌を逸していた。
だがそれはこの戦いにおいて、唯一にして最善の一手であった。
(敵はスピードもパワーもある。だったら逆に――)
「オウガ、左腕のエネルギーを全面カット。そして回路を右腕にバイパス。できるか?」
《可能。実行開始》
直後に左腕から漏れ出していた粒子が止まる。そして液晶パネルの隅に表示された機体の三面図では、左腕のエネルギーゲインがゼロの値まで下がり、逆に右腕の数値が振り切っていることを示すアラートが表示されていた。
「何をするつもりじゃ?」
「同じ水量を放出する時、蛇口は小さい方が水の勢いが増すんだ」
「はぁ?」
激突したビルに埋もれていた鬼が再び活動を開始した。そして天真たちの機体の方へと向き直り、攻撃を仕掛けんと駆け出す。
《危険。回避行動を推奨》
「避けろ天真! 死ぬぞ!?」
「死ぬ? 違うな。この機を逃して花実が咲くものか」
市街地を抜け、小高い丘を跳び越えてきた鬼の強襲に対し、天真は機体の右腕を目標に向かって突き出した。敵との直線距離はおよそ二〇メートル。
「右腕のエネルギーを臨界まで上げろ。回路が焼き切れても構わない」
《了解》
「目標確認。この距離なら――」
「天真!」
「くぅらえ――――ッ!!」
天真は残されたオウガの右腕、その肘関節から先を切り離した。限界まで圧縮させた粒子を噴射剤代わりとして解き放つ。爆発による轟音が響き渡り、辺り一面に風が吹き荒れた。
爆発による運動エネルギーで加速させた拳による物理攻撃。
それすなわち――
「ロケットパンチ――、というやつだ」
放たれた右腕は敵の胴体に直撃し、先端部からひしゃげていく。その途中、腕の内部が衝撃と焼き切れた回路を導線として大爆発を引き起こした。
燃え盛る炎と広がる黒煙。爆発によって吹き飛ばされた鬼が、山沿いの国道に叩きつけられるようにして落下。右上半身が損傷した様が天真のいる位置から確認できた。
だがまだ止めにまでは至っていない。息の根を止めてはいない。殲滅できていない。ならば攻撃の手を緩めてはならない。追撃だ。追い打ちだ――。
いま天真の頭の中にあるのは『敵を如何にして倒すか』だけだった。僅か一六歳の少年がそれを油断なく、躊躇なく実行できたのは敵が祖父の仇だったからだ。祖父と鬼に対しての語り尽くせぬほどの恩讐が、少年の戦う理由を確固たるものにしていた。
「次、左脚部を同じシークエンスで撃て」
《了解。左脚部をパージ》
オウガは爆発の反動でビルを背に倒れていた状態のまま、今度は左脚部を敵に向かって撃ち放った。一撃目の右腕で照準の補正を完成させていた左脚は、離れた場所で倒れていた敵に対して突き刺さり、直後に再び大爆発。
「む、無茶苦茶じゃ……」
驚愕する凛音をよそに、天真は続けざまに右脚部も切り離した。
「釣りはいらん。とっておけ」
爆発で広がる熱風が木々を焼き、高い火柱がモノクロの空を茜色に染めていく。そして断末魔に似た獣のような咆哮を最後に、この戦いは決着を迎えていた。
《目標の撃滅を確認》
オウガが戦闘終了を告げた直後、爆心地から一筋の光が空へと上がった。そしてその光がオウガへと落ち、淡い輝きに機体が包まれる。
両腕両脚を失った機体の中で天真は小さく息を漏らした。
「まったくとんでもない奴じゃな。まさか手足を自爆技に使うとは」
鬼を倒した直後、色褪せていた景色は元の鮮やかさを取り戻していた。
これが天道寺天真にとって、世界を変える為の第一歩だった。
「仇はとったぞ……翁さん」