第5話 出撃
天真はタラップ代わりのワイヤーに足を掛け、オウガのコクピットへと上がる。
(俺がロボットのパイロットか……)
「動かし方は知っているな?」
逆側から上がってきた凛音が、さも当たり前のように訊いてきた。
「知るわけがないだろう」
「……玄真の奴、ホントに何も教えていなかったのか」
コクピットの中は複座式と呼ばれる二人用の操縦席になっていた。設置されたシートの前方に天真、後方には凛音が座す形となっている。
天真がシートに腰を下ろした直後、首筋にチクリとした痛みが走った。
「ッ!?」
(何だ……? 頭の中に……流れ込んでくる)
それはオウガについて必要な知識と情報を、脳内に直接転写するインストーラーだった。その情報自体も天真の頭の中に流れ込んできている。しかし武装や機体性能に関しての情報知識だけで、肝心の操縦方法についてはない。例えるなら数式の解答だけ教えられ、その途中の計算式がすっぽりと抜け落ちているような状態だった。
「念じれば動くとか、そういう仕様では」
「ないな。戦闘機動には搭乗者の操縦が不可欠じゃ」
天真の言葉を凛音はバッサリと切り捨てる。
「……厄日だ」
「諦めろ。どのみちオウガが敗れれば全員死ぬ」
『出撃ゲートはFチェンバーを使用されたし。繰り返す、Fチェンバーを使用されたし』
機体が格納庫内をコンベアで移動を始める。同時に接続されていた多くのケーブルが抜け、機体が壁際に固定された。
『起動シークエンスは最終フェイズまで省略』
『陰陽エンジン、奥拉リアクター共に出力安定』
『天刻転輪リンケージ。霊子コンデンサー、相克バランス異常なし』
『葬者二名の精神状態、問題なし』
聞こえてきた複数のオペレーターの音声と共に、透過液晶ディスプレイが立ち上がった。直後、緑色に発光するラインが天真の足元、頭上、左右に流れていき、彼の居る場所の内景を浮かび上がらせる。そして照明が点き、周囲を明るく照らし出した。
眼前には歪曲したパネル液晶があり、腰を掛けているシートの両脇には操縦桿がある。
(この感じ……どこかで)
操縦桿を握った天真は、コクピット内に既視感を覚えていた。目に映るインターフェイス、配置された機器類。だが現実感はない。実際に触れたことはないはずだが、確かに見覚えのある光景が広がっている。
『システムオールグリーン。陰陽霊装パージ。式神【天刻】、発進どうぞ!』
「いくぞ天真。オウガ、バッシュ・アウト!」
「ぐッ!」
全身が急激に押し上げられ、機体に掛かった反動で天真は危うく舌を噛みかけた。
京子はオウガの出撃を見届けると、戦いの行く末を見守るために基地の司令所に向かう。その途中、彼女はエレベーターの中で天真の無事をひたすら祈っていた。
* * * * * *
花房山の中腹にある分厚いシャッターが開かれ、格納庫のリニアレーンから昇ってきたオウガがその巨躯を現した。
『天真くん、オペレーターの法眼アカネです。これより機体の管制制御は、オウガ自身が行います。音声コマンドシステムにも対応しているので、活用してください』
《制御移譲を承諾。葬者の声紋及び霊紋の分析完了》
「人工知能か。しかもこの音声……」
コクピット内部から聞こえる男性の機械音声にも、天真は聞き覚えがあった。その時、ふと頭の隅に浮かんだのは祖父の顔だった。
「そういうことか……冗談キツいな。あの翁さん」
「どうした?」
まさかとは思った天真だったが、機体の操縦方法が理解できていた。
「ゲームだ」
「『げえむ』? なんじゃそれは」
「VRゲームだよ。こいつは翁さんと遊んでいたゲームと同じなんだ」
ゲームのタイトルは『美少女メカふぁいといんぱくつ! ~好きなアイツは大陰陽師3~』。
一般流通はされていない個人製作の対戦ゲームらしく、祖父は知り合いに創ってもらったと天真に話していた。タイトルはともかくクオリティは驚くほど高く、個人が創ったとは思えない奥深いゲームだが、何故かヒロインとの恋愛が楽しめるアドベンチャーモードが付属している。
そしてゲーム内のインターフェイスや、主人公機のボイスが、オウガと酷似していた。
「ふむ、よく分からぬが、その『げえむ』と同じならば戦えるのじゃな?」
「多分な……」
《目標接近。会敵まで1・4キロメートル》
黒き巨人が赤く燃える夕陽を背に近づいてくる。正しく逢魔時であった。
踏みしだかれたアスファルトが砕け、電線など意に介さず引き千切り進撃してくる侵略者。
「あれが鬼か」
天真は思考の整理をすでに終えていた。鬼の姿をディスプレイ越しに見つめる彼の瞳はどこまでも暗く深く沈み、覚悟を決めた冷めた眼差しへと変化していく。
天真はこの状況が現実であるとするなら、そして目の前にいる黒い巨人が敵だとするなら、戦う以外の選択肢がないことを享受していた。
可能性の問題として、戦わずに死ぬのであれば戦う。戦い、勝てば生きられる。至極単純な答えを導き出しただけである。こんな事は非現実的だと嘯くことに何の意味もないからだ。
天道寺天真はこの時すでに、常人の域を超えた適応力を発揮していた――。