第4話 六道凛音
その言葉がどれだけの重さを持っているのか、気が動転していた天真には伝わっていない。しかし京子の目はひたすらに「現実を受け入れろ」と彼に訴え続けていた。
京子から逃げるように流した視線の先には何も無い。ただ無機質なコンクリートの床が広がっているだけ。
「倒す? このロボットに乗ってか? 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。俺には無理だ」
「そうやって逃げるの? いつものように」
「ッ!!」
忌まわしい記憶、思い出したくない過去を射抜かれ、天真は思わず京子に手を出しそうになった。しかし寸でのところで踏みとどまる。
「あなたには義務がある。その資格と可能性も、全てがあるのよ」
「そんなものはない。こんなのは理不尽だ」
京子の言葉を振り払い、天真は彼女に背を向ける。だが自分の言動とは裏腹に、天真は京子の心中を察していた。彼女が何の根拠もなく、こんな馬鹿げた事を言っているとは思えなかったからだ。京子の言う義務とやらが本当にあるのではと恐れていた。
「京子、それは少し違うぞ」
離れた場所から聞き覚えのある声が耳に届いた。その声の元を辿ると、オウガと呼ばれたロボット兵器の腹部ハッチが開いた。
「お、お前は……」
コクピットから姿を現したのは一人の少女だった。純白のパイロットスーツを着込み、桜色の髪をアップで纏めた美少女。
「昨日振りじゃな。玄真の孫よ」
一〇メートル以上ある高さから飛び降り、軽々と着地した少女がスタスタと近づいて来る。
ピタりと張り付いたスーツが、まだ幼さを残したボディラインを浮かび上がらせ、小麦色の肌と白スーツのコントラストが彼女の妖艶さを際立たせている。改めて見ても息を飲むほど、人間離れした可憐な美少女だった。
「御前」
「こうなってしもうた責任は妾にある。お前の言う義務とやらもな」
自嘲気味な微笑みを浮かべながら少女はそう口にした。そして言葉を紡ぐ。
「だが経緯がどうであれ、小僧が契約者となってしまったことは事実じゃし、おそらく玄真も初めからそのつもりだったのじゃろう、と妾は思う」
『敵が移動を開始しました! オウガの出撃はまだですか!?』
切迫した事態がオペレーターから告げられる。
「ふざけるな」
震えた声で天真は呟いた。
「お前は何者だ? なぜあの時、俺の家にいたんだ!? なぜこんなっ――」
重ねた詰問は、少女の平手によって打ち消された。
格納庫内に乾いた音が響き、京子やその他の作業員から視線が集中する。
警報音だけを残して格納庫内は静まり返っていた。
「……ッ!」
「仮にこの場で全てを話し聞かせたとしよう。だがそれで御主は全てに納得し、受け入れて戦場に臨むかや?」
「……内容による」
「嘘じゃな。そうなれば御主は御託を並べて逃げる理由を探すだけじゃ」
「俺はそんな卑怯者ではない」
「ならば必要な答えだけ簡潔に述べよう。それを聞いたら出撃じゃ。どうじゃ?」
少女は二本の指を立てる。
言質を取られてしまった天真は、仕方なくその問いに無言で頷いた。
「一つ、妾の名は六道凛音。鬼の血族じゃ。二つ、オウガは妾と契りを交わした者が乗らねば動かぬ。以上」
透き通るような声音で滔滔と語られた言葉。そのどれもが理解とは程遠い、断片的な情報ばかりだった。だがこれ以上の追及は承諾してしまった手前できない。それは余りにも無粋で、格好の悪いことだと天真は考える。その潔さを察した凛音が言葉を付け加えた。
「もし生き残ることができれば、知りたい事に答えてやらんでもない」
「…………わかった」
凛音の横では京子が複雑な表情でいる。先ほどまでは天真に厳しく接していた彼女だが、いざとなればその決意も揺らいでいた。
「天真……その、本当にいいの?」
「あぁ、これでいい。けど京子ちゃん、最後にもう一個だけいいか?」
天真は侵攻を始めた鬼の映るモニターを見ながら尋ねる。
「翁さんは死んだのか?」
「えぇ」
「夢じゃ……なかったんだな」
「明るく振舞ってはいたけど、玄真さんは鬼との戦いで身体も心もボロボロだったのよ」
祖父はただの老いとは違う、何か決定的なものが壊れかけていた。それは天真も本能的に気づいていたことだ。その答えをこんな状況で知るとは思わなかったが。
だが彼の胸の奥で燃え上がっているのは、弔いの炎であることは言うまでもない。そんな天真を見た凛音は苦笑しながらも、その面影にかつての相棒を重ねていた。
「よろしくのう。玄真の……いや、天道寺天真」
「別に……まだお前を信用したわけじゃない」
天真はむっすりしながらも、凛音に差し出された手を握り返す。
その手は細く小さく、温かかった。そして何故か懐かしく感じられた。
「オウガを出撃させます!」
京子がオペレーターへ伝達し、その場を仕切り始めた。オウガのメンテナンスを行っていた整備班も慌ただしく作業を再開する。
『了解。発進シークエンスはこちらでコントロールします』