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天道寺天真の陰陽終末戦線  作者: くろえ
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第47話 発端

 人間と鬼との争いは連綿と続く長い歴史。

 争う理由など鬼ですら忘れてしまうほど、始まりの時は遥か太古の時代。しかし本当の意味で鬼族が人間に憎悪を抱いたのは、現在(いま)より約千年前まで遡る。

 鬼族の女性が人間の手よって殺されたことが始まりだった。

 その女性の名は貞芽(さだめ)

 彼女は鬼族の頭領であった六道王呀の妻。そして凛音と逢魔の母親にあたる人物だった。

 平安時代初期、鬼と人との間に協定が結ばれた。それは都を中心に日本各地に蔓延りだした、アヤカシと呼ばれる存在を共通の敵としたことで結ばれたものだった。

 協定の証として、当時、七童子の土地を治めていた氏族の身内から数人の女性が鬼の隠れ里に送り出され、鬼族もまた同じように京の都に女性を送り出した。それは互いを牽制し合うための人質であり、協定が結ばれたとはいえ彼等の間には未だ深い溝があったのだ。


 鬼族はアヤカシが霊脈から吹き出る負の思念体、有り体に言うならば悪霊であることを知っていた。それは大地を汚し、自然を破壊する人間が招いた自業自得の結果。

 鬼達からすれば憎むべき人間が自滅していく都合の良い事象だった。しかし頭領であった王呀は、逆にこれを人間との和平を実現するための好機と考えた。


『もう分かり合う時が来てもいいはずだ』


 無論、すべての鬼達が王呀の決断に同意したわけではなかった。しかし彼は自らの妻を人質として差し出すことで、その覚悟を同族に示した。

 当時の人間にはアヤカシを調伏する(すべ)、つまり陰陽術――鬼族の間では鬼術と呼ばれる――を扱える者がいなかった。アヤカシを調伏する代行者として、王呀達は各地の霊脈を鎮めて回ることになった。それには長い年月を必要とし、少数部族である鬼だけで全てのアヤカシを調伏し、霊脈を浄化するのに一〇年以上の歳月を費やすこととなった。

 一〇年の時を経て、各地へと旅立っていた同胞達が、その役目を果たし里に戻り始めた。

 凛音と逢魔の二人も修行を兼ねて王呀の旅に同行し、里に戻ってくる頃には一人前の術者に成長していた。ただし戻らなかった者達も多く、アヤカシの調伏に失敗し命を落としたのではと噂されていた。

 全ての霊脈が浄化され、日ノ本の国に一時の平穏が訪れた。


『皆の衆、これまでよくやってくれた。戻らなかった同胞も多くいるが、今宵は彼らの魂に哀悼の意を捧げ、ささやかながら祝宴を開こうと思う』


 王呀は鬼の隠れ里に住まう全ての同胞を広場に集めた。そこには朝廷からの使者より賜わされた褒賞品の数々が並んでいた。

 色鮮やかな唐衣裳装束、茶器に武具、貴醸酒、そして大きな葛篭。どれも山里には不釣合いな逸品ばかりだった。初めて目にする物ばかりの中で、まだ幼かった凛音は目を輝かせ浮かれていた。


『都の菓子は物凄く甘くて美味いらしいぞ』

『兄上それは誠か!? 旅の途中で食べた団子よりも甘いのかえ?』

『はははっ、食べてみればわかるさ』


 祝宴が開かれ、鬼の里には活気が溢れていた。誰もがこの先、人間との和平を信じて新たな未来に心を躍らせていた。


『兄上! 早く妾は都の菓子が食べたいぞ!』

『そう急かすなって。多分、この葛篭の中とかにあ……』


 葛篭の蓋を開いた逢魔の目には、信じられないおぞましい光景が飛び込んできた。



『うっ、うあああああああぁ――――――――ッ!!』

『逢魔?』


 何事かと思い、王呀が葛篭の中身を確認する。


『ッ!?』


 それは女の首だった。

 京の都に送り出した鬼族の女性四名の首が、葛篭の中に収められていた。


『貞芽……』


 酒で酔っているせいだ。そうでなければ目の前のそれは夢か何かだと王呀は思った。だがそれはどこまでも残酷な現実で、新たな未来などではない悲劇の始まりだった。

 響き渡った王呀の慟哭を合図にしたかのように、里の周囲が紅蓮の炎に包まれだした。

 里には京の都から人間の兵が押し寄せ、見るも無残な殺戮が始まった。


『アヤカシ退治、誠に苦労であったな。だがもう用済みだ』


 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、朝廷からの使者はしたり顔で王呀の前に再び姿を現した。


『貴様ら……これが、これが貴様らのやり方か!!』

『雌は捕らえろ。雄は皆殺しにして晒し首だ』


 鬼の隠れ里は血に塗れ、生き残ったのは僅かに二〇余名。鬼族の八割がこの戦いで落命していた。本来、人間の力は鬼よりも遥かに劣るもので、如何に多勢にであってもその力量差を崩すことは容易ではない。


『ぐっ、酒に毒を盛られたか』


 しかし原因はそれだけではなかった。

 人間の兵の中に別のものが混じっていた。純白の式服を身に纏った四人の子供。後に陰陽師達の祖となった半鬼半人。そんな彼等の術によって、多くの鬼は討たれ散っていった。


『……そこまで堕ちたか。人間共ォ!!』

『何を吠えている? 貴様ら畜生の雌が人間様の子を孕んだ栄誉の結果だぞ。感謝して欲しいものだな。フハハハハハハハッ!!』


 凛音が天真に見せる過去の記憶は断片的なもので、それ以降はただ鬼と人間の血を血で洗う闘争ばかりだった。そして数を多く減らした鬼族は、抵抗も虚しく敗走するしかなかった。運よく逃げ延びた者も、陰陽師によって次第に追い詰められ殺されていった。

 それからさらに二五年が経過し、その間に凛音は天道寺天心と出会った。

 凛音は憎んでいたはずの人間に惹かれ、共に歩んでいける道を求め願った。しかし争う運命からは逃れられず、身を潜め力を溜めていた王呀をはじめとする七鬼は復讐の戦いに身を投じることとなる。


『お前は自分の信じる道を征け』


 それが凛音の聞いた父の最期の言葉だった。

 王呀は鬼族の秘術である熾鬼神化を行い、陰陽師との戦いに臨んだ。その力は強大で、数で勝る陰陽師に多大な損害を与えることに成功した。しかし結果として王呀は最強の陰陽師であった安倍晴明の前に倒れた。

 そして残された伍戦鬼と逢魔もまた、天心の命を賭した封印術によって位相世界・亡念卿へと封印された。

 凛音は両親も兄も、同胞も、愛した男さえも全て失い、ただ人間と世界を呪いながら生き続けた。

 幸いにも鬼と人は見た目では区別がつかず、その素性を隠しながら人間社会で生きることは難しいことではなかった。


 憎むべき人間達の中で孤独に耐え、生き恥を晒してまで願っていたのは想い人との再会だった――。

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