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天道寺天真の陰陽終末戦線  作者: くろえ
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第46話 見星

 天真が追い詰められていた同時刻、京子達は第二司令所となる七童子高校の地下に集結していた。


「生き残ったのは……これだけか」


 陰陽連のスタッフで無事だったのは、京子とアカネを含めて僅か二〇名足らずだった。


「四祈宮さん、こんな状態で泰山府君祭が成就したとして、本当に意味があるんですか!? 私の妻も基地で死にました! 仲の良かった同僚も瓦礫に潰されたんですよ!!」


 一人の男性スタッフが京子に対し、恨みがましく訴える。司令所内は重苦しい空気に包まれたまま、誰もが目を逸らし合い悔しさに打ち震えていた。


「確かに形代と魂魄が消滅した者は二度と帰らない。それでも、いまオウガの中にある鬼達から集めた霊力を媒介にすれば新世界への扉が開かれる。これは人類の存亡を懸けた戦い。君もその覚悟をもって戦い続けてきたはずでしょう」

「そ、それは……」


 反論の余地を奪われた男性はそのまま俯いてしまった。しかし京子の言葉に決して納得したわけではないことは、握り締めた拳が物語っていた。


「し、四祈宮さん! オウガが……天真くんが!!」

「どうしたの!?」


 アカネがオペレーティングシステムを再起動させ、葬者のデータを確認したところで驚きのあまり口元を覆った。ディスプレイに映し出されたのは、頭部が半壊し、魂魄に甚大なダメージを負った天真のパーソナルデータだった。


「損傷箇所から魂魄が散っています! 早く処置しなければ彼は消滅します!」

「御前は何をしているの!? 通信繋いで! 早く!」

「駄目です! 通信回線は故障したままです!」

「くっ、私達にはもう何も……何もできないの? ここで見守ることしか……ッ」


 例え通信できたとして、今の京子には何もできなかっただろう。イヴリィスを前に、戦場から退いて態勢を立て直す隙などあるわけもない。手助けをしようにも残った陰陽連の人員には戦闘ができる者はいない。戦いの行く末はすでに、一人の少年に委ねられていた。



「ここまでだ、天道寺天真。式神諸共に散れッ!!」


 片膝を突いたまま動けぬオウガに、再びイヴリィスの炎弾が放たれた。

 迫る死の脅威を前にして、天真に見えていたのは小さな揺らぎだった。炎の中にある極々微細な揺らぎ。それが何なのか理解できないまま、彼はオウガの手を伸ばしていた。


「――ッ!?」


 オウガの手から燐光が迸り、イヴリィスの放った炎が掻き消えた。それは先ほどの障壁による防御とは異なるものであり、その奇妙な事象に逢魔は目を細める。


「炎を消したのは水行による相剋ではなかった。だとしたら……何をした?」

「はぁはぁ、ぐっ……」


 無意識だった。

 天真自身にすら起きた事象の説明などできない。ただ見えた揺らぎを掌で止めただけ。


「何をしたのかと訊いているんだッ!!」


 天真が炎を掻き消した〝その技〟は、究極的な一手として戦況を一変させた。そして凛音は彼の背後でその瞬間を捉えていた。だがそれを言葉に表す術を、彼女もまた持ち合わせてはいなかった。

 万物の生成消滅といった変化は、互いに対立する二つの霊気。つまり陰と陽の二気のせめぎ合いによって生じた対消滅エネルギーを元素としている。


「天真、御主にはそれが見えたというのか」


 天真には陰陽術の発するエネルギーの接合点が見えていた。それをオウガによって破断し、術そのものを消滅させたのだ。

 本来は決して目に視えず触れることも叶わない。それを成し得たのは、天真が持つ〝見鬼〟をも凌ぐ、〝見星〟〈己の宿星すら見える瞳力〉。そしてオウガの力だった。


「莫迦な! そんな事が人間に、いや鬼にだって出来るはずがない!!」


 逢魔が驚愕するのも無理からぬことだ。

 極論を言えば鬼族や陰陽師の術である五行すべてが封じられたということになる。それどころか物理的な攻撃すら、運動エネルギーの接合点を封じれば無力と化すだろう。


「俺じゃない。俺は見えただけだ」


 天真の言葉通り、彼にはあくまで見ることしかできない。実際に接合点に触れ、炎を消滅させたのはオウガである。

〝天刻〟とは鬼族の元頭領・六道王呀の字であり、決して触れえぬ天にすら己の存在を刻みつけるほどの力を持った最強の鬼神。それが天刻のオウガだった。


《当該追加武装を暫定的に『陰陽乖離掌(ユニオンキャンセラー)』と呼称》


 オウガの脅威を目の当たりし、一変、逢魔は焦燥に駆られていた。怒りと憎しみが膨れ上がり、それと共鳴するイヴリィスの霊力も増幅していく。


「消えろッ!! 人間も、この世界も全て消えてなくなれぇ――ッ!!」


 イヴリィスの腕部から炎弾が放たれる。それは先にオウガの頭部を破壊した圧倒的な威力を誇る炎術だった。しかも回避場所をすべて奪うほど大量に放たれている。

 しかし――、それらの攻撃は刹那の内に消滅していた。


《敵機『イヴリィス』の葬者へ警告――》


 炎弾を陰陽乖離掌によってすべて防ぎ切ったオウガが、突如として外部にその機械音声を響かせる。それには逢魔はおろか、天真と凛音も愕きを隠せずにいた。


「オ、オウガ?」


《当機への攻撃は無意味である。よって、降伏を勧告する》


「な……んだと」


《これは当機の記憶領域に存在する〝血族への恩情〟である。これ以上の破壊活動及び人類への干渉を停止せよ》


「凛音、これはどういうことだ?」


 天真は事態の把握が出来ずに困惑していた。


「おそらくオウガの中に残留している魂魄の影響じゃろう。父上は……誰よりも兄上を愛しておったからな」


 オウガの警告後、戦場は静寂に包まれていた。二機の式神は向かい合ったまま、辺りに燃え広がる炎だけが時の流れを告げている。

 逢魔にとってオウガの警告など無意味だったことは言うまでもない。現実世界で人類を殺し尽くし、同胞すらも利用し願った世界が目と鼻の先ある。泰山府君祭を成すことで手に入れられる新世界が――。


「いまさら情けだと? あなたはそんな姿になってまで僕の邪魔をするのかぁ!!」


 イヴリィスの胸部が展開していく。それはオウガの最大武装と同一のもので、機体背部の炎輪も同様に回転し、霊子の加速を開始した。


「――じゅ、十二天砲か!?」

「避けたければ避けろ。この街が消し炭になっても構わないならね。それともさっきみたいに打ち消してみるかい? どちらにしろ、君は僕に抗う術など無い。四祈宮ハルナが此処にいる限りね……はははははッ!!」


 避ける選択肢など天真には始めから無い。しかし陰陽乖離掌で防いだところで状況の打破にはならない。さらに天真自身の魂魄は今も散り続けている。

 天真にはもう打てる手立てがたった一つしか残されていなかった。


「ハルナ……すまない」


 静かにそう口にした天真。


「天真、まさか御主……っ」

「オウガ、陰陽轟羅十二天砲……発射スタンバイ」

「天真ッ!!」


 後部座席から飛び降りてきた凛音が天真の正面に立った。そのまま胸倉を掴み、彼の顔を引き寄せる。


「貴様、ハルナを――……っ」


 天真を叱責しようとした凛音だったが、彼の悲痛な顔に思わず言葉を飲み込んだ。

 天真はハルナにずっと感謝していた。

 今の彼が在るのは、四祈宮ハルナという幼馴染が傍に居続けてくれたからだ。

 いつでも励ましてくれた。どんな時も笑っていてくれた。そんな幼馴染に何も応えてやれなかった自分が虚しかった。だから何を犠牲にしても、救ってやりたいと心の底から願っていたのだ。しかし、その術が今の自分には無いことも分かってしまった。

 視界が霞んで見えるのは散っていく魂魄の所為だけではない。

 天真の目からは熱い涙が止め処なく溢れ出していた。


「すまない……すまない……すまない、すまないすまないすまない」


 操縦桿を握り締めたままの両手が涙で濡れていく。悔しさに打ち震えながら、天真は何度も何度もハルナへの謝罪の言葉を繰り返し続けていた。


「本当にそれでよいのか?」

「仕方ないだろッ! 他にどうしようもないんだ!! ここで負けるわけにはいかないだろ!? それとも何か? この状況を変えられる奇跡のような手があるとでもいうのか!?」

「……」


 凛音は天真の胸倉を握ったまま押し黙った。


《――敵機、霊子量増大》


 アラート音がコクピット内に鳴り続けている。もはや一刻の猶予もない。

 天真に戦う為の覚悟を説いたのは凛音自身だ。故に彼女もまた、その覚悟を決めねばならなかった。それが例え苦渋の決断になろうとも。


「ハルナを助ける方法はある」

「ほ、本当か?」

「じゃがその前に約束しろ。もし妾がハルナを救えたら、以降は二度と迷うな。何があっても目の前の敵を倒すと妾に誓え」


 凛音の表情はいままでになく真剣だった。


「わかった……誓うよ」

「良し。ならばその前に御主には伝え、そして渡しておくものがある」


 そう前置きを入れ、両手を天真の頬に添えた凛音は彼と唇を重ねた。その瞬間、天真の頭の中に様々なものが流れ込んできた。


(これは――)


 それは凛音の、そして鬼族の辿ってきた遠い過去の記憶だった。

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