第37話 憑代の巫女
凛音は校舎へと戻り、真っ先に京子の下へと足を運んだ。
夕暮れの西日が射し込む職員室は閑散としており、数名の教師がデスクで何かしらの業務に追われている。その中で一際目立つ小豆色のジャージ姿もあった。
「話がある」
「御前……いかがされましたか?」
京子は明らかに態度と声音に怒りを滲ませている凛音に戸惑った。
「いいから、こっちへ来い」
凛音は有無を言わせず京子の手を引き、生徒指導室まで連れ込む。部屋には二人きり、天真も逢魔もいない。そしてしばしの沈黙を挟み、凛音は糾弾を始めた。
「ハルナが憑代の巫女であることを、なぜ妾に隠していた?」
「っ! それを誰から……」
「誰でもよいわ!!」
凛音の形相が変わり、壁に拳を叩きつける。その膂力は人外そのものであり、壁に大きな亀裂が入る。
「京子、貴様は妾を謀ろうとしたな? 妹可愛さに計画の要を隠匿し、代わりを妾にさせようと企んでいたのではないのか!?」
凛音の云う〈憑代の巫女〉とは、プロジェクト・オウガの鍵となる人柱のことだった。
因果の紐を解く特殊な霊力を備えた鍵。新世界へと転移するために必要不可欠な存在。それが〈憑代の巫女〉である。
平安時代において、陰陽師は官職であったため女性が就くことのできない職であった。しかし当然のこと、霊力を持ち生まれてくる女性もおり、彼女達は総じて巫女と呼ばれていた。その中でも特に稀有な霊力を内包した者は、天災を鎮める祈祷の儀、強力な妖魔の調伏、穢れの浄化などに利用されてきた。解り易く説明するなら、霊力の詰まった電池代わりとして陰陽師が活用していたのだ。
「御前、落ち着いてください。私はあなたを利用するつもりなどありません」
「口では何とでも言える! 所詮、貴様は人間、そして妾は鬼じゃからなぁ! 鬼娘一人の命で世界が救われれば安いのじゃろう!?」
凛音は確かに今でこそ人間側につき鬼と戦っている。だがそれは自分の目的の為であり、心から信頼しているわけではなかった。鬼の一族が人間から迫害されてきたのは事実なのだ。
「そもそも貴様が純潔を守っておれば、それで済んだことであろうが! 自分の命も妹の命も惜しんで、始めから妾を使う算段だったわけじゃな!」
巫女は処女を喪失すると霊力を失う。ハルナの姉である京子にも、その昔、霊力が確かに宿っていた。しかし現代では陰陽師の出番など無く、巫女が貞操を守る風習などすでに廃れていた上に、周囲の人間は誰も霊力を持っていなかった。故に京子にその素養があったことに気付けなかったのである。
「そ、それは……」
京子の想いは軽々しく口に出来るものではなく、凛音から逃げるように視線を逸らした。
「妾は貴様ら人間の思い通りにはならん。これからは妾のやりたいようにやる」
これまでに見せたことのない冷たい眼差しと、吐き捨てた言葉と共に凛音は部屋を出て行った。
「御前……」
今の凛音にはどう説明したところで火に油を注ぐだけだろう。そう思った京子は時間を置いて話し合う機会を設けようと考えていた。しかしそれから三日後、凛音は天道寺家から姿を消し、行方をくらましてしまった。
そして五番目の敵が〝鬼神不葺御門〟の奥から現れた。