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天道寺天真の陰陽終末戦線  作者: くろえ
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第36話 恋路

 翌日、七童子高校の一年D組の教室は騒然となっていた。以前は凛音が転入してきた際に男子生徒が大いに盛り上がっていたが、今回はその逆である。


「六道逢魔です。皆さん、宜しくお願いします」


 幼いながらも整った顔立ちで、爽やかな笑顔をつくった逢魔。そんな美少年にクラス中の女子が見惚れて密かに騒ぎ始めていた。逆に男子の大半は、嫉妬から不機嫌な面持ちを並べている。

 そんな中、教壇に立つ京子と天真の横に座っている凛音だけが、一様に険しい表情で綺麗な顔を曇らせていた。


「あいつは……」


 天真は覚えている。ハルナと下校していた時に出会った野球帽の少年だ。


「凛音の血縁者か?」

「……兄じゃ」


 短く答えた凛音の声音からは、いつもの尊大さが消えており、怯えている様子がわかった。

 逢魔が京子に出した条件とは、凛音と同じように「学校に通わせろ」というものだった。その条件に一体何の意味があるのかは不明。だが実際のところ、そんな条件など気まぐれの興味本位でしかなく、逢魔にとっては時が満ちるまでの遊興に過ぎなかった。


「では六道はそこの空いている席に」


 京子が指定したのは教室の窓際にあった座席。そこは天真のすぐ後ろにある席だった。

 言われた通り、素直に京子の指示に従った逢魔が空席へと足を運ぶ。

 その途中、天真が自席から立ち上がった。その行動にクラス中の視線が集まり、京子と凛音は戦慄する。二人は天真に逢魔のことを何も伝えていない。逢魔の素性を知れば、天真は毘沙門戦と同じように逆上するかもしれない。予測不能な事態に陥り、最悪の結果を招きかねないと判断した京子と凛音は、あえて天真には隠していた。


「君は、あの時の親切なニンゲン」


 逢魔は初めて会った時のことを思い出した。あの時は天真がオウガの葬者であることは知らなかった。道を尋ねたのは本当に偶然だった。


「お前は……敵だな」


 天真の一言によって教室は静まり返った。

 大半の生徒は、天真の意味不明な発言に困惑し、それ以外は「また天道寺が阿呆なことを言い始めた」と呆れている。だが京子と凛音の二人は、逢魔の正体を一瞬で看破した天真の感性に瞠目し、同時に最悪の展開が脳裏をよぎった。

 その時、スパンと乾いた音がした。


「こら、何を藪から棒に失礼なこと言ってんのさ!」


 ハルナは天真の後頭部をはたき、腰に手を当てむっつりと頬を膨らませていた。


「ぐっ、痛いじゃないか」

「逢魔くん、ゴメンね。天真ちょっとアホの子なので」

「おい、誰がアホだ」

「あぁ、気にしてないよ。それよりこの前は飴ありがとう。美味しかったよ」

「人の話を聞け」

「あっ、でしょう! あれ『かいこん君』印のハッカ味なんだよぉ!」

「だから人の話をだな……」


 ハルナの行動によって張り詰めていた教室の空気が弛緩していった。その後、逢魔は特に何をするでもなく、至って真面目に授業を受けていたし、表面上はいつもと変わらない日常だったのだ。しかしそれが凛音からすれば逆に不気味でもあった。


 その日の放課後――。

 逢魔は凛音を校舎裏に呼び出し、彼女が来るのを待っていた。

 一緒に教室を出なかったのは、凛音が掃除当番とやらを任されていると言われたからだ。


「おい、チビガキ」


 木陰で休んでいた逢魔の周りを、いつの間にか四人の男子生徒が取り囲んでいた。連中の一人、リーゼント頭の男子が煙草をくわえニタニタと嗤っている。


「ここは俺等の喫煙所だ。ボコされたくなかったら去ねや」


 逢魔は連中の顔を端から順番に眺め、やがて何かを思い出したように手を叩いた。


「あぁ、君ら『やんきー』ってやつか。ははっ、面白い頭してるね。でも確かそんなダッサい恰好って、何十年も前じゃなかったかな?」


 小馬鹿にされた男子生徒が顔色を変えた。その怒りが周囲に伝播し、他の三人も目つきが鋭くなっている。


「このチビ、ブチ殺されてえらしいぞ。女みてえな面しやがって」

「おうおう、やっちゃえケンちゃん!」


 男子生徒が手を伸ばし、逢魔の胸倉を掴んで引き寄せる。体格の差は歴然で、大人と子供が喧嘩をするようなものだ。しかしそれはあくまで外見だけの話である。


「な、何をしておる!」

「凛音、遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」


 逢魔は胸倉を掴まれた状態のまま笑顔を妹へと向ける。そんな余裕の態度は不良少年をさらに激昂させ、無言のまま拳が繰り出された。

 不良少年の拳は逢魔の顔面直前で止まっていた。だがそれは寸止めをしたわけではなく、視えない壁に阻まれ届かなかったのだ。


「いってぇ、何じゃこりゃ」

「いつまで僕に薄汚い手で触れている。ニンゲン風情が」

「兄上! やめっ……ッ!」


 次の瞬間、四人全員の身体が空気を入れ過ぎた風船のように弾け飛んでいた。


「僕からは手を出さないけど、これは仕方ないよね」


 降り注ぐ血の雨と肉塊の中、逢魔は未だ爽やかな笑顔を湛えたまま佇んでいる。凛音はそんな兄の姿に身震いがした。本来ならそのまま形代に戻るはずの少年達だが、逢魔の霊力によって魂ごと消滅させられ、完全な死を迎えていたのだ。


「天道寺天真だっけ。あいつ面白いね」

「!?」

「彼が転生体なんだろう?」


 逢魔は凛音の心を覗き込むように目を細める。それは問いというより、確信に近い口振りだった。直後に凛音から途轍もない殺意を帯びた霊力が放出される。二人の間の空間にビキりと亀裂が走り、霊気の波動がせめぎ合う。まさに一触即発の状態だった。


「そう怒るなよ。妹の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。むしろ協力と言っていい」

「どういう意味じゃ」


 凛音は殺気を漲らせたまま、兄の言葉に耳を傾ける。

 逢魔が囁くように告げた内容は、彼女にとって許し難いものだった。


「そ……それは誠か?」

「知らなかったのか。ははっ、やっぱりニンゲンはクズだな」


(だとすれば京子は初めから妾を……っ!)


 凛音の胸にはわずかに猜疑心が浮かび上がっていた。それが次第に大きくなっていくのは、他に考えられる余地が無かったからだ。欠けたピースを嵌めていくほど、現実は残酷さを凛音に突きつけてきた。


「わかっただろう。人と鬼は決して相容れぬ存在だ」


 妹の肩に優しく手を置いた兄は、邪悪な笑みを浮かべていた。それが甘い誘惑であり、姦計だということも凛音は頭ではわかっていた。しかし払い除けることができなかった。

 そして広がる蒼穹に愛しき男への想いを馳せる。


 ――もう一度だけ逢いたい。


 その想いだけで千年近くも生きてきた。凛音にとって逢魔の言葉が事実である可能性がある以上、到底看過できることではなかった。


「ならば妾は……」

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