第31話 痩せた憎しみ
陰陽連地下基地・ドーマンでは、オウガの出撃準備が急ピッチで進められていた。
前回の戦闘から多少の時間的余裕があったこともあり、機体は武装を含めて完璧に整備されている。ただし拾番武装・陰陽轟羅十二天砲だけは凍結されていた。
十二天砲は強力すぎるため、最後の手段として権造の許可が要るように設定されたのだ。
鬼の反応を観測してから二〇分ほどして、オータムランドから天真と凛音が本部に戻ってきた。二人はすぐにパイロットスーツを着込み、コクピットへと乗り込んだ。
《葬者・天道寺天真、および六道凛音の搭乗を確認》
「法眼の娘よ、鬼の識別種はどうなっている?」
凛音はアカネに確認の通信を入れる。
『現在解析中です』
残っている鬼は全部で三体。そのどれが出現しても、凛音は前回以上に過酷な戦闘になることを予想していた。
『出ました! 識別コードF【夜叉】です!!』
鬼の固体を分けている識別コードは、一〇年前の戦いで確認した六体それぞれに付けられている。ただあくまで固体を見分けるためであり、敵の情報はほとんど無いに等しい。
かろうじて把握出来ていたのは、最初に現れた天狗ぐらいのもので、それ以外の鬼の能力は全て不明。元同胞の凛音とて、その中身が誰なのかは戦ってみなければ判らなかった。
『天真、訓練通りにすれば大丈夫。危険だと感じたら迷わず退避しなさい』
「……鬼は……す」
『天真……? どうしたの?』
天真は通信では聞き取れない小声で何かを繰り返し呟いていた。
『システムオールグリーン。陰陽霊装パージ。式神【天刻】発進どうぞ!』
「ゆくぞ天真! オウガ、バッシュ・アウト!!」
「四祈宮君、テンマボーイは大丈夫なのかね?」
「少し……気負っているだけだと思います」
言いながらも京子は何か言い知れぬ不安に駆られていた。しかし今は鬼を倒すことが先決であり、迫る脅威に対し神経を割いていたことで深く考えないようにした。
「これで四体目、ここがターニングポイントになるな」
権造は司令所の椅子に腰を掛け、大型モニターから戦場となる街並みを睥睨していた。
「司令、ここでもし勝つことができれば、プロジェクト・オウガは推進して構いませんね?」
「わかった。四祈宮君に一任しよう」
計画の承認を得られた京子は微かな笑みを浮かべる。
そしてその計画の鍵となるオウガを見つめ、祈るように拳を握り締めていた。
「ゲート奥部の霊子反応増大。目標、顕現します!」
ゲートから姿を現した鬼は形容しがたい異様な風体をしていた。
これまでの完全な人型とは違い手足が無く、赤いボロ切れのような包帯を全身に巻きつけ、鎖に縛られている。その中身はガス状のようで、さらに当然のごとく浮遊していた。
一見すると超巨大なミノムシのようにも見える。
花房山の麓で待機していたオウガは、鬼の出現と同時に緩やかに立ち上がった。
「来るぞ、まずは手筈どおり敵の出方を窺うのじゃ。距離を保てよ」
「……倒す……鬼はすべて殺す……殺す」
《メイン葬者の脈拍上昇》
「天真?」
「おおおおおおおおおおぉぉ――――――――ッ!!」
鬼の姿を捉えた天真は、咆哮と共に猛然とオウガで駆け出した。
事前に京子と凛音から伝えられていた作戦など、彼の頭の中には既になかった。
地響きを轟かせ爆走するオウガ。そのまま加速の勢いをぶつけるようにして、剛腕を鬼に対して振るう。その一撃は見事に頭部を直撃し、鬼の巨体を吹き飛ばした。
「らぁッ!!」
即座にオウガは大地を蹴り跳躍。雑木林に倒れ込んだ鬼の上空から、さらに追撃の拳が炸裂する。拳は鬼の胴体部に深くめり込み、鈍い打撃音が響き渡った。
「四祈宮さん! メイン葬者の霊力が急変動! 陰陽相克が大きく乱れています!」
「何が起きてるの!?」
鬼を下敷きにして、馬乗り状態となったオウガの双眼が赤く揺らめいた。同時にフェイスガードが開き、機体の全身から蒸気が噴き出し始める。
「何度も何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度もッ!!」
天真はオウガの両拳を交互に打ち下ろし、鬼を延々と殴りはじめる。それは最早、ロボットの戦闘ではない動物的な闘争だった。
「何度もッ!! どれだけ俺から奪えば気が済む!!」
「天真、御主……」
感情が堰を切り、繰り返される怒りの殴打。
あらゆるものに裏切られ、失い続けてきた少年の怒りの矛先は、鬼と呼ばれる敵に向けられていた。その叫びはどこまでも悲痛で、どこまでも虚しく戦場に響き渡っていた。
「返せ!! 翁さんを! ハルナを返しやがれぇ――!!」
凛音は天真が感情の乏しい少年だと思っていた。だがそれは違っていた。
これまでは倦怠の中に沈んでいた憤りを、心の奥底に押し殺していただけだ。
すべては自分の所為だと思い込むしかなかった。己の努力が足りないから、己に運がないからと諦めることで理性を保ってきた。しかし祖父を失い、この世界の真実を目撃し、掛け替えのない幼馴染や友人がすでに、人間としての一生を終えている現実を知った。
そして先刻、目の前で形代となったハルナを見たことを機に、溜め込んでいた怒りの導火線に火が着いてしまった。
「はぁ……はぁ……ッ! うおおおぉ――ッ!!」
止めの一撃を放とうとオウガが拳を振り上げたその時――。
「なに!? ぐあぁ!」
鬼との間で何かが爆発し機体が弾き飛ばされていた。オウガは河川に落下し、水しぶきが派手に舞い上がる。スコールのように川の水が降りしきった後、これまで聞いたことのない音声を外部のセンサーが拾ってきた。
『そんな痩せた憎しみでは、蟲すら殺せない』
「……っ!? しゃ……べった?」
「そ、その声は……毘沙門か?」
突如として人語を喋りだした鬼。そして其の名を凛音は呼んだ。