第30話 デート・エンド
それからほどなくして、ハルナが土産を買い込み戻ってきた。
「二人共、お待たせしました!」
両腕には大量の紙袋を抱えている。
「地元の遊園地で何をそんなに買ったんだ?」
「それはモチロン、かいこん君グッズだよ!」
袋の中からハルナが取り出したのは、『かいこん君』と呼ばれるキャラのヌイグルミだった。
「かいこん君とは何じゃ?」
「えーっ! 凛音ちゃん知らない? かいこん君は七童子市のゆるキャラなんだよ!」
「いや非公式だぞ」
七童子市はかつて養蚕業が盛んであった歴史があり、そこから生まれたのが蚕をモチーフにしたゆるキャラ『かいこん君』だった。その創作者がオータムランドの経営者であり、売店にグッズを置いているのだ。
「なるほどのう、確かに昔から絹織物はよう作られていたな」
天真はこの『かいこん君』がどうにも苦手だった。
いわゆるキモかわ系に属するキャラクターなのだが、見た目は白い芋虫のそれでしかなく、取って付けたように人の手足が生えているのだ。しかもなぜか脛毛がある。
「相変わらず気色悪いキャラクターだ」
「そっかなぁ、私はカワイイと思うんだけど。凛音ちゃんはどう思う?」
「愛嬌は……あるかのう」
そう答えた凛音の顔はわずかに引き攣っていた。人の趣味をどうこう言うつもりはないが、やはりハルナは少し他の人間と感性が違うようだった。
「他にもいっぱい買ったよ! かいこん君クッキーでしょ、かいこん君饅頭に、これがオススメのかいこん君モナカ!」
「食い物ばっかだな」
果たしてどれも見た目が芋虫なので、食欲など一切湧かないお土産だった。
「そうだ! 写真撮るの忘れてたよ! 三人で撮ろう!?」
「いや妾、写真はちょっと……魂を抜かれる恐れが」
「いつの時代の迷信だ」
ハルナがデジカメを片手に、道行く家族連れの中年男性に声を掛ける。
撮影を快く引き受けてくれた男は、手渡されたカメラを覗き込み、フレームの中に三人を収めようとした。
「そっちの小さい方の子、もうちょっと真ん中寄ってね」
「ぶ、無礼者! 誰の胸が小さいか! ハルナがデカすぎるだけで妾は標準じゃ!」
「え、いや背のことなんだけど」
男は苦笑いを浮かべつつもデジカメでの撮影準備に入った。
「はーい、笑って笑って。では撮ります。3、2、1――……」
「――――ッ!?」
男がデジカメのシャッターを切った瞬間、視界にいた全ての人間が消失していた。
撮影をしていた男も、そして天真と凛音の傍らにいたハルナさえも。
残されたのは地面に落ちたデジカメのみで、園内にいた来場客も全て同時に形代へと戻っていた。
「これは……」
「どうやら、来たようじゃな」
少し遅れ、凛音のスマホへ陰陽連の秘匿回線から連絡が入った。
『御前、新たな鬼の反応が出ました。至急、本部へお戻りください』
「あいわかった」
天真は落ちていたデジカメを拾い、撮影された写真データを確認していた。
そこには三人の姿がしっかりと映っていた。形代へと戻る直前に撮影されたものだ。撮影履歴には過去の写真もたくさん残っている。そしてハルナが立っていた場所に落ちている形代を天真は茫然と見ていた。
「凛音……一つ訊いておきたい」
「どうした?」
「街に残っている形代は、もし破れたりしたらどうなるんだ?」
「微弱じゃが霊楔による結界で固定し護っておる。風で飛んだり、火で燃えるようなことはない。じゃが結界を破られ形代が破損すれば、その者の魂は行き場を失い消滅することになる」
(そういえば、やはりハルナの形代は奇妙じゃな。上位用にも関わらず、鬼が現れたと同時に形代へと戻った……。まるであの娘の存在を隠しているかのように)
それは凛音にしてみれば今はまだ些細な違和感だった。
「それより天真、急いで本部に……――ッ!?」
天真は今までに見せたことのない表情をしていた。そのあまりの威圧感と殺意に、凛音は言葉を失った。