第29話 復讐にも似た渇き
空き缶を投げ、ゴミ箱に放り込んだ天真は視線を落として俯いた。
話すかどうか少し迷っていたが、今となっては些細な意地に過ぎないことだった。
「当時、チームメイトだった部員の一人と、俺はレギュラーの座を競っていた」
運動神経は良い方だったが、天真は決して野球の才能があったわけではなかった。
だからそれを努力でカバーしようと死に物狂いで練習を重ねた。来る日も来る日もバット振り続け、部活後も一人で残り個人練習を続けた。知っての通り、不運ゆえに怪我が多く、練習時間も他人より天真は少なかった。それでも彼はその中で最大限の努力をしたつもりだった。
その時はまだ、自分の運命に抗うことを諦めてはいなかったのだ。
「だが結局ダメだった……。俺はレギュラーにはなれず終わった」
競っていた部員が先発メンバーに選ばれ、天真は景虎や和馬と同じく補欠となった。
現実は非情だったが、精一杯やったと自分で納得するしかなかった。そして彼はチームを外から支える側にまわることを決めた。
そんな折、競っていた部員と監督が部室で話している声が聞こえてきた。
会話の内容は平たく言ってしまえば買収だった。
プライドの高かったその少年は、レギュラーになるため監督に金銭を払っていたのだ。
「俺が必死になってやってきたことは、才能も努力も無関係な場所で切り落とされていた。俺はそれがどうしても許せなかった……」
天真は自らの不運を呪うことはあっても、一度たりとも他人の所為にしたことはなかった。
その時までは――。
「それで殴ったのか」
その場にいた部員と、さらに監督にまで天真は殴りかかった。
「しょうもない話さ。自分の怒りが抑えられなかっただけだ。だから他の部員達に恨まれても仕方がなかった」
これが他の誰かを守る為だったのなら、青春の一頁として美談で終わっていたかもしれない。
しかし蓋を開けてみれば、自分本位な暴力に過ぎなかったのだ。
その後、暴力沙汰で野球部は部活停止となり、地区予選の初戦で不戦敗。
それが結末だった――。
買収の話は景虎も和馬もハルナも知らない。だが和馬はそれとなく察していた。だから今でも天真のことを友人だと思っているし、相応の理由があったのだと気にかけてくれている。だが天真にとっては、そうした気遣いすら重荷になっていた。
「俺はどこまでいっても、誰かに迷惑をかけるだけの疫病神でしかないんだ」
別にその一件だけが原因で彼が腐ってしまったわけではない。
何かを得ようと欲すれば、端から崩れていくばかり。その癖、微々たる希望だけは撒き餌のように残る。それをまた追えば失敗する。そんな負の堂々巡りを繰り返し続けてきた。
「その割には随分と熱心にオウガの訓練をしておるではないか」
「最後に……もう一度だけ足掻いてみようと思った」
「ほう」
いまさら夢や希望にすがりつくつもりはない。折れたままの心でも構わない。
ただ胸の奥に残った燻りをぶつけられる相手が欲しかったのだ。
「他のことなどどうでもいい。これだけは今度こそやり遂げる。その結果、死んだとしても」
天真の心の奥底にあるのは、そんな復讐にも似た渇きだった。
「御主が死ぬような状況になれば、諸共に妾も巻き込まれる。勝手に死ぬことは許さん」
「そう……だな。ついでに俺からも一つ訊いておきたいことがある」
「なんじゃ?」
自身の掌を見つめながら、天真は問いを投げかけた。
「あれは一体何だ。何も知らない俺でも、あれが普通の兵器じゃないことはわかる」
「オウガのことか」
異変に気づいたのは二度目の戦闘だ。
あの時オウガが暴走したのは、天真のトラウマによる精神の乱れだけが原因ではなかった。明らかに別の意思が彼の中に流れ込んできたのだ。
「以前にも言った通り、オウガは機械ではなく式神じゃ。正確には〝屍鬼神〟という字を書くもので、ある骸を素体として妾が造り上げた」
(骸から造り上げた……?)
凛音の言い回しはそれ以上の追及を拒むもので、冷めた視線が天真に向けられていた。
天真はその視線から逃げるように頭を掻く。そして短い沈黙を挟み、彼は小さく息を吐き漏らした。
「その……前の戦いでは助かった。感謝している」
天真はそう言いながら、不器用に微笑んでみせた。それは凛音が彼と出会い、初めて見せてくれた笑顔だった。その微笑を目にした凛音は、赤面した顔を誤魔化すようにお汁粉を飲み干した。
「べ、別にあれは御主のためではない……」
「それと、前からずっと言おうと思っていたんだが」
「なんじゃ? 急に改まってからに」
逸らしていた視線を戻し、天真は凛音の顔を真っ直ぐに見つめた。その眼差しは真剣そのもので、凛音は不意を突かれてしまい顔がみるみる紅潮していく。
「て、てて天真?」
「……………………いや、やっぱり何でもない。きっと気のせいだ」
「ちょう待てッ!! 気になるんじゃが! 妾すっごく気になるんじゃが!!」
「ジャガジャガうるさい」