第26話 特別補修
二体の鬼が襲来してから三日間の時が流れた。
あの日以降は平穏な日常が続いており、その間にオウガは修理を終えていた。
「ではこれより、特別補修を始めます」
天真と凛音の二人は京子に呼び出され視聴覚室にいた。
「補修ってなんじゃ。帰って水戸黄門みたいんじゃが」
「御前がどうしてもと言うから、特別に入学を許可しました。ですが、あなたの行動は非常識にもほどがあります」
凛音は転入してからというもの、数々の事件を境に相当浮いた存在になっていた。
「なぜじゃ、妾は別に問題を起こしておらん」
「問題を……起こしていない? 御前は今そうおっしゃいましたか!?」
眉間にしわを寄せながら京子は教卓を強打した。
「授業中に煎餅を食べる! 堂々とカンニングをする! 体育の授業で世界記録を出す! そして当然のように学食で飲酒! さらに酔った挙句、半裸で廊下を全力疾走! あなたは学校をなんだと思ってるんですか!?」
京子の言葉は全て事実であり、凛音のスクールライフには問題しかなかった。
「ちなみに飲んでいた酒は爺さんの仏壇からパクったやつな」
横に座る天真が凛音の罪を付け足した。
「飲酒自体に関していえば妾に罪はない! 妾は、えっと、そう! 『ごーほーろり』じゃからな!!」
「ど、どこでそんな言葉を……」
「むかし玄真が言っておったのじゃ」
「玄真さん、また余計なことを吹き込んで……。しかし何歳だろうと、学生が校内でお酒を飲むことは禁止されています。その言い訳は通用しません」
「ぐぬぬ……それで妾に何をさせたいのじゃ」
「御前には特別補修として、人間社会の常識を学んでいただきます」
「ほう、なかなか面白そうな催しじゃな」
京子は一枚のディスクをデッキへと挿入する。何やら面倒なことが始まりそうだったこともあり、天真は無駄だと思いながらも一応の確認した。
「なぜ俺まで補修を」
「天真、あなたの非常識さも大概よ。覗きの一件でそれを再認識したわ」
テレビモニターに映し出されたのは手作り感満載のタイトルロゴだった。
《チキチキ! 教えて京子先生!》
陽気でどこか気の抜けるBGMと共にコールされたタイトル。そしてモニターの端からデフォルメされた京子のキャラクターが出てきた。
《今日は君たち問題児に常識のなんたるかをクイズ形式で教えてあげる☆ 間違えたら天に代わって罰ゲームよ☆》
「「……」」
二人はモニターと横に立つ京子とを見比べ、冷めた表情のまま沈黙していた。その反応を見た京子の顔がわずかに赤らんでいる。
《一問目、映像資料から、その後の対応として適切だと思うことを述べなさい》
映像が切り替わり、画面に二人の男女が映っていた。
二人はハイキングに来ているようで、山道を登っている途中だった。その時、茂みの中から一頭の巨大なヒグマが姿を現した。
『きゃあぁ――っ!! A太さん、熊が出たわ!』
『B子さん! くそっ、こんな時に!! 一体どうすればいいんだ!!』
《二人は登山中に足を怪我しており、走って逃げることができません。この状況を切り抜けるためにはどうするべきでしょう?》
その場面で映像は一時停止した。
「これが常識クイズ? 中々にレアなケースだと俺は思うのだが」
天真はボソりと呟いた。しかし京子は至極真面目な表情のまま立っている。
「解答は早い者勝ちです」
凛音が勢いよく解答ボタンを弾き、《ぴんぽーん☆》とポップな電子音が鳴った。
「熊を殺して食べる!! あばばばばっばばばば――っ!?」
不正解した直後、凛音と天真は強烈な電気ショックに見舞われた。
「解答を間違うと、椅子に一〇万ボルトの電圧が掛かるので注意してください」
「ぐっ、何で俺まで……」
「一蓮托生よ」
「厄日だ」
「天真、絶対に正解しろ! 妾の為に!! ビリビリはもう嫌じゃ!!」
凛音の手前勝手な理由はともかく、思いのほか電圧が強かったことで天真も本気で考えざるをえなくなった。
(熊と遭遇した場合、死んだふりをすることで回避することができる。というのは迷信だ。これは引っ掛け問題。ただし怪我をしているせいで走って逃げることはできない。導き出される答えは――)
《ぴんぽーん☆》
「答えは、『相棒を差し出し、その隙に逃げる』だ。これが一番合理的で、且つ犠牲を最小限にっあばばっばばばばば――っ!!」
果たして二人は再び電気ショックに見舞われた。
《二問目》
今度の映像は暗い夜道だった。
仕事終わりの帰り道、男がふと地面を見やると女性用の下着が落ちていた。誰かの落し物だろうと思い、彼は何の気なしに下着を拾う。その時、たまたま通りかかった女にそれ見られてしまった。
《男性はこの状況をどう切り抜けるべきでしょう?》
「京子ちゃん、やはり例題がどこかおかしい気がするのだが」
「き、気のせいよ」
《ぴんぽーん☆》
またも素早くボタンを押下する凛音。天真はすでに電気ショックを覚悟していた。
「パンツを食う!! あでででででででで――ぃっ!!」
「いっつつ……、熊はともかく何故パンツまで食おうとする!?」
「夜道なら拾い食いで誤魔化せると思ったんじゃ!」
やはり凛音では話にならない。そう思い、今度こそ正しい解答を導き出すべく天真は熟考しはじめた。
(この場合、下手に隠そうとすれば疑いが濃くなる一方だ。女にプレゼントと称して渡すか? いや初対面の相手にそれはない。それではただの変態だ。ここは如何に自然な流れで、女の誤解を解くことができるかが肝。ならば導き出される答えは――)
《ぴんぽーん☆》
「答えは、『自分で履く』だ! パンツが自身の所有物だとアピールすることで、女に警戒心を抱かせず、ごく自然に事態が収束すっあばばっばばばばば――っ!!」
結局、天真の解答はただの変態だった。
それからというもの、凛音の暴走と天真の深読みによる誤解答がひたすらに続き、二人は電気ショックの浴びすぎで困憊していた。
京子はこめかみに触れながら嘆息する。
「まぁ今回はこのくらいにしておきましょう」
「妾、尻が痛い……」
「俺もだ」
京子が職員室へ戻ると、教師としての同僚でもある吉備マキが待っていた。
「四祈宮先生、補修はいかがでしたか?」
「もうなんか私までどっと疲れたわ。あんなので本当に天真のケアになるの?」
「あの心理テストは深層意識をデータ化し、そのデータを基に彼の形代を最適化。オウガとの同調率を引き上げるために必要なものらしいです。結果的に戦闘での負担は減るかと」
「戦闘での負担……ね。あんな子供に戦わせて、私たちは基地で指示を出すだけか」
補修授業などと偽って、何も知らない少年に対し心理検査を行う。それが天真を助けるために必要なことだとしても、京子にとっては気分の良いものではなかった。
「それはそうと、電気ショックには何の意味が?」
心理テストの映像はともかく、電気椅子の必要性が分からず京子はマキに尋ねた。それは両方とも彼女が用意したものである。
「面白いから」
マキはキーボードをカタカタと弾きながら真顔で答えた。
吉備マキ、二六歳独身。趣味、弟・景虎をイジること。彼女はいわゆるドSだった。