第25話 黄昏の少年
その日の帰り道、ハルナと共に天真は家路までの道程を歩いていた。
暮れなずむ街はどこか寂しげで、美しい夕焼けすら終末世界を描いているようだった。
街の外には何も無いのだ。疾うに終わりを迎えた世界の中で生きている。
いま傍らにいる少女も、自分自身もただの紙キレの中に封じられた残滓でしかない。
そんな世界を必死になって守る意義があるのだろうか。そんな風に考えながら、天真はハルナに声をかける。
「ハルナ」
「ん?」
「仮にこの世界がすでに終わっているとしたら、本当は俺達が死んでいるとしたら、ハルナはどうする?」
自分の問いに含まれた矛盾を理解しつつ、天真はハルナに答えを求めた。
「あははっ、シュレディンガーの猫かな?」
ハルナは風でなびいた髪を耳にかけ、子供のようにころころと笑う。
西日に照らされた幼馴染の横顔は、どこまでも真っ直ぐ世界の安寧を信じていた。
「仮定の話だ」
「んー、仮にそうだったとしても、私は生きている限り精一杯生きたいかな」
自分の口にした言葉に気恥ずかしさを憶えながらも、ハルナは胸元をぎゅっと抑えて天真の問いに答えてくれた。
「精一杯……生きたいか」
「生きてると思っている内は、きっと生きてるんだよ。シュレディンガー風に言うとね」
何の根拠も無い幼馴染の言葉は、少年にとって鼻で笑いたくなるようなものだった。
しかしそれが現実であり、真実であり、天真は自分が求めた答えだとも思える。
「ふっ、シュレディンガーも都合の良い解釈をされたものだ」
わずかに白い歯を見せて微笑む少女の言葉に、天真はどれほど救われてきただろう。何度も心が折れたことがある。その度に彼女は無意識にそれを察して、寄り添ってきてくれた。
同情するでもなく、無闇に励ますわけでもない。それが天真にとっては居心地が良かった。
そういう意味で彼女には好意を持っていると言ってもいい。ただその一方で、今の関係を壊したくないという想いもあった。だが鬼が現れたことで、その全てが奪われようとしている。
例え本当は死んでいたとしても、今こうして会話し、思考している。動けば腹も減るし、肉体がある時と何も変わっていない。触れ合えば温もりが伝わってくる。
「天真はきっと難しく考えすぎなんだよ」
「……そうだな」
彼の意思はすでに戦いへと向いていた。
(観測してやる。俺が俺の凶運に打ち勝つ結末を――)
少年は終末を迎えた世界で、自分の運命に抗う最後の決意を固めていた。
「こんにちは」
気が付くと、一人の少年が天真とハルナの前に立っていた。
野球帽を目深にかぶっていたせいもあり、顔立ちは分からなかったが、歳の頃でいえば中学生ぐらいに見える。声や雰囲気が幼い印象だった。
「花房山ってどこにあるかご存知ですか?」
「え、あぁ……それならこの坂を下って北に歩けばある。あそこに見えるのが花房山だ」
天真は夕焼けの中で黒いシルエットになっている山を指差した。
「でも今からだと着く前に日が暮れちゃうよ? あっ、これお腹空いたら食べるといいかも!」
ハルナは制服のポケットから飴玉を取り出し、少年に手渡した。
「飴玉じゃあ腹は膨れんだろう。お前は大阪のオバチャンか」
天真が呆れた様子でハルナの頭を小突いた。
「遭難したらチョコとか甘い物が良いっていうじゃん!」
「チョコレートはカロリーが高いからだ。飴では代用品にはならん」
「いえいえ、有り難く頂きます。――っ!!」
少年がハルナから飴玉を受け取ろうとした瞬間、針に刺されたような鋭い痛みが走った。
「だ、大丈夫!? 静電気……かな?」
「えぇ、みたいですね。どうも御親切にありがとうございました。それではまたの機会に」
ハルナから貰った飴を口に放り込んだ少年は、クスクスと愉しそうに嗤いながら道を歩く。
そして紅い瞳に黄昏を映して口の端を歪めていた。
「これ不味っ」